第1章 第18話 ラブラブセット
「……それでね、その時絵里先輩がこう言ったの。それってぬか漬けなんじゃないかって。わたしも美樹も驚いちゃってさ。絵里先輩すげーべって……。そうそうそれで絵里先輩が……」
小野塚さんのことを知りたいと思ったら部長さんのことにくわしくなった。何を言っているのかわからないと思うがあたしもわからない。いやわかる。小野塚さん、フリートークだと部長さんのことしか話さないのだ。体感七割が部長さんで、二割が扇さんで、残り一割は訛り。さっきの想いは嘘だったんじゃないかと思うほど興味がなくなってきているのが自分でもわかる。
「あ、ごめんねわたしばっかりしゃべってて。退屈だったよね?」
「……そんなことは……」
「だべー? 絵里先輩の話が退屈なわけねぇもんな! でね絵里先輩が……」
「ごめんなさい嘘ですもうやめてください」
正直な話、部長さんへの興味は欠片もわかない。なんか優しそうな感じはしたが、それ以上でも以下でもない。その理由は……。
「……絵里先輩と言えば双蜂さんなんだけどさ、あの子何者? あの絵里先輩と対等に話してたよね? 思ってたよりずっと上手かったしあのサーブ……取るの水空さんでも難しいよね?」
「確かにスパイクサーブのモーションから多彩な威力、軌道、無回転まで操ってくるから強力ですけど難しいってほどじゃないです。あの人何でもできますけど唯一パワーだけがないんで、ちゃんと捉えられれば上がりはします。ただ曲がるからどうしても正面から取ることは難しいですよね。そこで回転数をよく見て腕の角度を調節して……」
「ぁ……ごめん、バレーの話禁止だったね」
「……でしたね」
いけない。わかっていたのにバレーの話が出た途端語りすぎてしまった。それ以外……バレーの話以外だと……。
「……すみません。あたしからバレーを取ったら何も残りません」
バレー禁止。それだけであたしからは何もなくなってしまう。ずっとバレーだけをしてきた。バレーだけをやっていればそれで満足だった。そしてそのバレーがなくなってしまうと、あたしは途端に……。
「そんなことないと思うけどな」
だがそのあたしは、小野塚さんのきょとんとした顔で否定されてしまった。
「だっておしゃれさんだべ? それにクールだけど失言も多い。あんまり他人に興味なさげだけど、目の前の人に向き合おうっていう気持ちもある。ほら、バレーしてない時の水空さんだってちゃんとおもしろくてかわいい子だよ」
そう……だろうか。小野塚さんがあまりにも平然と言うもんだから、自分では少し受け入れられない。
「それを言うならわたしだって絵里先輩を除いたら何も……」
「そんなことないです。こんなあたしのことを気にかけてくれてすごい行動力があって、時々出る訛りもかわいらしいっていうか、すごい素敵な先輩だと思います」
「そ、そうかなぁ!? えへへ、そう言ってもらえるとその……やっぱ恥ずかしいべ……」
自分で言っていて、よくこんなにも平然と言葉が出たなと驚いてしまった。あたしこんなに小野塚さんのこと知ってたか……? でも嘘偽りは全くない。
「なんかわたしたち似てるかもね。わたしが絵里先輩で、水空さんはバレー。大好きでそれ以外なくて、でも他にも素敵なところがたくさんあって……自分で言うのは恥ずかしいけど」
「……そうかもですね」
あぁそうか。あたしは本当に、心の底から想えたんだ。こんなバレーにしか興味ないと思ってたあたしが、他のもののことを。
「あっ、そうだ。さっき頼んだのカップル限定じゃん? でもお互い苗字呼びだとそう思われないよね」
「え……名前呼びですか……?」
「そっちの方がいいって! わたしどうしてもグッズほしいもん! じゃあわたしは環奈ちゃんって呼ぶから……」
「梨々花先輩……ですか……?」
「先輩って……呼んでくれるんだね……」
「それは……その……ぁぅ……」
小野塚さん……梨々花先輩の部長さんトークにあてられて先輩呼びしちゃったけど……ないない! あたしそんなに梨々花先輩のこと好きじゃないもん! 梨々花先輩……梨々花先輩……。
「梨々花先輩……」
「おまたせしましたー! ラブラブ! あなたのことが大好きなのセット……ってリリーとかんちゃんじゃん!」
「日向!? バイト先ここだったの!?」
言いなれない呼称に戸惑っていると、ドリンクを持ってきたギャルっぽい店員さんがあたしたちの姿を見て声を上げた。誰だ……? 梨々花先輩の知り合いっぽいけど……いやでもなんか見たことあるような……。
「あ……!」
そうだ思い出した! バレー部二年の外川さんだ! 週に二回くらいしか来ないから全然覚えてない!
「なになに浮気ー? エリーちゃんという者がいながらー」
「環奈ちゃんとはそんなんじゃないって! そもそも絵里先輩ともそんなんじゃないし……」
あー……でもまたすぐ忘れそうだな……。バレーが下手でやる気のない人はどうしても記憶に残らない。下手なだけなら全然いい。上手くても下手でもバレーはバレーだから。でもやる気がない人はそもそも論外。あたしの人生にとって不要な人間だ。
「そうだいいこと思いついた! このセット、二人一緒に飲んでる写真撮るの決まりになってるからね!」
「思いついたって思いっきり言ったじゃん。まぁいいけどね」
外……なんだっけ? なんちゃらさんの適当な言葉に従ってストローに口をつける梨々花先輩。……え? 興味なさすぎて一瞬どうでもよかったけど……ほんと? このハート型のストローに二人一緒にって……え?
「ふぉふぁふぁふぃほぉ?」
困惑していると、片方の飲み口を咥えたまま梨々花先輩が何か言いだした。たぶん飲まないの? だと思うけど……いやそんなの……。わ、リップもつけてなさそうなのに梨々花先輩の唇きれい……じゃなくて!
「の……飲んでみせますよ……!」
別に梨々花先輩とあたしはそういう関係じゃない。ただの先輩後輩超健全!
「んん……」
「んふー」
しっかりと覚悟を決めて反対側の飲み口を咥えると、楽しそうににこにこと笑う梨々花先輩と目が合った。あたしはどうしても目を合わせられなくてなんちゃらさんの方に視線を逸らして……。
「おぉー……これは大炎上待ったなしだね……!」
なんかスマホで連写されてる! と思ったらスマホに通知が。あたしと梨々花先輩のこの写真がバレー部のグループに貼られてるんですけど!?
『怨』
『呪』
『殺』
『死』
『怨』
『呪』
『殺』
『死』
『怨』
『呪』
『殺』
『死』
『怨』
『呪』
『殺』
『死』
しかも扇さんがめちゃくちゃ物騒なメッセージを連投してる……! これ大丈夫!? あたし殺されない!? バレーで死ぬのならともかくとして呪殺なんて死に方絶対にいや……! なんとかして誤解を解かないと……!
「……ん?」
慌ててメッセージを送ろうとすると、個人通知が飛んできた。まさか扇さん個人でもあたしを呪おうとしているのか……と思ったが、差出人が違う……。
『紗茎モールだよね? 今から会えないかな?』
それは連絡先を交換したきり全く話していない人物。
『梨々花抜きの、二人っきりで』
梨々花先輩が大好きな、部長さんからのデートのお誘いだった。




