第1章 第14話 理解
「さて。次で終わりにしようかな」
タイムアウトが終わり、24-16。あと一点取られたら負けが決定する。そしてサーブは変わらず、六点連続で点をもぎ取っている双蜂さん。
「水空さん、がんばろうね」
「はぁ……っ、はぁ……っ」
タイムアウト中は冷静だった。普段の軽さからは考えられないほど冷静に双蜂さんのサーブについて解説していた。だから落ち着いているかと思ったが、それとは正反対だった。
わたしの声が聞こえていないのか顔中汗まみれで肩で息をし、歯を食いしばりながらサーブを待ち構えている水空さん。まだサーブ前だけど、わかる。強打に備えすぎていて軟打がくれば、足が動かずボールを落としてしまう。
「…………」
正直これは練習試合だから負けてもいいし、この点差では逆転も難しい。でもそれで終わらせてはならない。この試合をきっかけに、水空さんのスランプを終わらせる。そのためにも……。
「ふっ」
双蜂さんが放ったサーブは、スパイクサーブのモーションからの軟打。しかも水空さんが苦手な無回転。不規則に変化するボールがネット際に落ちてくる。
「……っ、……っ!」
横の水空さんの顔をチラッと見る。歯を食いしばりながら上半身だけが前に動こうとしている。でも強打に備え腰を落としていた身体では脚が前に進んでくれないだろう。このままでは失点する。何も変われず負けてしまう。それを避けるためにも、リベロである水空さんを差し置いてわたしがオーバーでレシーブを上げた。
「水空さんトス!」
「は、はい!」
同じ人が二連続ボールに触れてはいけない。3対3だからリベロの攻撃不可というルールはないけど、そもそもわたしたちの身長じゃスパイクは不可。だからわたしがファーストタッチした以上、トスを上げるのは水空さんになる。慌てて水空さんがセッターの位置に入ったが、
「ご、ごめん高い!」
アンダーで上げたトスは普段絵里先輩が上げているトスよりも高いものになった。低すぎるのはネットから手が出ず論外だけど、高すぎるのもそれはそれで打ちづらい。初心者でありポジション的に高いトスに合わせる練習をしていない翠川さんなら尚更。
「フェイント! 前に落としなさい!」
コートの外から胡桃さんの指示が聞こえる。ブロッカーは蝶野さん。翠川さんより身長が低いとはいえ、年季が違う。真っ向勝負は危険だと判断したのだろう。そして翠川さんは跳び上がる。それと同時に蝶野さんもブロックに跳んだ。
「……高い」
そう漏らしたのは、蝶野さんだった。翠川さんのスパイクが、蝶野さんのブロックの上を貫いたのだ。直前まで同じチームで練習していたからわかる。さっきよりも断然高くなっている! 全国トップの技術を目の当たりにして何かが変わった……!?
「中々いいんじゃない?」
でもスパイクはサーブを打った直後の双蜂さんに拾われてしまった。綺麗なAパス。レシーブ力ももしかしてわたしよりあるんじゃないの……!?
「弱小校相手に上取られてんじゃないよ風美! やり返せぇ!」
「……うんっ」
トスの先は蝶野さん……高すぎずも低すぎずもしない、完璧なトスだ。
「翠川さんブロックは止めるだけじゃないわよ! 相手のコースを塞ぐように! 腕を高く伸ばしてぇ! 相手の最高打点とあなたの最高到達点を合わせるのよ!」
ボールが宙にある間、うるさいまでに胡桃さんが翠川さんに向けてアドバイスを送る。突然試合を申し込んだり、今日の胡桃さんはどこか様子がおかしい。そして声が終わると同時に、翠川さんと蝶野さんが跳び上がり……。
「ナイスワンチ! 天っ才! あなたが天才よぉ!」
「さっきからうるさいんですけど!?」
翠川さんのブロックは蝶野さんのスパイクを止めることは叶わなかったが、威力を確実に弱めることに成功した。胡桃さんの言う通りナイスなワンタッチ。ブロックの役目は止めることだけじゃない。見事にそれを証明してみせた。
「もっかいもっかい!」
翠川さんが弱めてくれたボールを拾い、水空さんにつなげる。でも、
「っ! ご、ごめ……っ!」
綺麗につないだはずのボールだったが水空さんは弾いてしまい、翠川さんとは逆の方向へと飛んでいく。
「こ……のっ!」
ラスト三打目、わたしが向こうのコートに返したことでなんとかプレーはつながったが……。
「水空さん落ち着いて……!?」
「うぶ……ぅぅぅぅ……っ」
水空さんは、泡を吹いていた。精神が限界を迎え、口からブクブクと泡を吐きながらも、それでも立っていた。
「どんな……精神して……!?」
いや今は気にしている場合じゃない。ボールは簡単に拾われて最強のスパイカー、蝶野さんへとつながれている。わたしと水空さん、同時にコート中央に寄って強打に備える。
「翠川さんさっきと同じように!」
「はい!」
少し前と同じ対戦。だが違うのは、蝶野さんが打ったコース。身体の向きそのままにクロスを塞いだ翠川さんだったが、蝶野さんはそれを避けるようにストレートの方向へとスパイクを打ち込む。でもそれがイコール翠川さんの失敗ではない。クロスを塞いでおいてくれたからこそ、わたしもストレートの位置にいれた。ボール真正面……大丈夫、拾える!
「……え?」
「ぁ……」
そう思った次の瞬間、水空さんが飛び込んできた。ボールを拾うために、わたしの前に。だがボールは水空さんの腕を弾き、はるか遠くに飛んで床に落ちる。これで25-6。わたしたちの負けだ。
「……どんまい。本番では……」
「ごめんなさい……!」
水空さんは、泣いていた。泡を吹きながらわたしの身体に抱き着き、必死に必死に縋ってくる。
「ごめんなさいごめんなさい……! あたしがあなたの分まで完璧にこなさなきゃいけないのに……! あたしのせいで全部だめになっちゃったからあたしが……あたしがやらなきゃいけないから……! なのに……ごめんなさい……ごめんなさいぃ……!」
あぁ。ようやく、なんとなく、わかった気がした。水空さんの気持ちが。どんなことを考えていたか。
わたしのことを気遣ってくれている……くらいだと思っていた。でも違った。わたしを背負っているんだ。わたしの絵里先輩への想いを全部、受け止めてしまったんだ。あの体育倉庫での出来事のせいで。だから受け止めきれなくて、溢れてしまっているんだ。
初めは嫌な後輩だと思っていた。軽いくせにわたしよりも上手くて、上手いくせに勝ち負けなんてどうでもいいなんて言って。全然考えていることがわからなかった。
でもこうやって、一緒にバレーをやって、ようやく理解できた。
この不器用で、でも一生懸命な、かわいい後輩のことを。




