第1章 第12話 目覚め
〇梨々花
動きづらく女子しかいないとはいえやはり気になる制服とスカート。借り物のシューズに、何よりセッターは怪我のせいで片腕しか使えない。この好条件でありながら……正直。まるで勝てる気がしない。なんせ相手は県下最強チーム……中学時代なら三年連続全ての大会で優勝を収めた化物軍団。
〇
風美
流火 天音
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きらら
環奈 梨々花
3対3は2対2と同じでローテーションはない。加えて飛龍さんが怪我をしている関係でサーブは誰でもいいというルールになった。これはかなりありがたい。翠川さんはアンダーハンドでしかサーブを打てないし、水空さんにいたってはアンダーサーブでもほとんどネットを超えないという超非力体質。付け焼刃とはいえまともにサーブを打てるのはわたしだけ……でも。まずは向こうのサーブを取らないとこちらのサーブもない。180cm近い長身……筋肉と体重のあるムチムチボディの蝶野さんのサーブを……水空さんが上げなければいけない。
「ぃ……いきます……っ」
耳を澄ましても聞こえるかどうかの掛け声を上げ、蝶野さんがボールを宙に放る。そのモーションと立ち位置からどんなサーブが来るかはわかった。美樹と朝陽さんの上位互換……!
「左手の、スパイクサーブ……!」
その予測が当たったと気づいた次の瞬間。わたしの腕に痛みが走り、身体が大きく吹き飛ばされていた。そしてボールがさらに遠くの床へと落下する。わたしがサーブで、真正面から点を取られた……!
レシーブは水空さんに任せると約束したのに、避ける間すらなかった。かといってわたしが完全にサーブレシーブから外れるのも難しい……一人でコートを守るには、あのサーブは速すぎる。
「……水空さん。あのサーブ、上げられる?」
「普段ならまぁ……上げられなきゃリベロの意味ないですし……」
……スランプでも言葉がナチュラルに嫌味ったらしいのは変わらないなぁ。ついさっきわたしがサーブレシーブミスってたのにそういうこと言う? 普通ちょっとは気を遣うでしょ……もう慣れたけどさぁ!
「っ! あ、で、でもっ! あたしもいつも完璧に上げられるわけじゃないですよ!? 百本に一本は……じゃなくて! ああもう……!」
それに気づいて慌ててフォローしようとしてるけど遅すぎるし今はどうでもいい。問題なのはあのサーブだ。普通の右利きのサーブとは正反対の回転がかかる左利きのサーブ……しかも真正面から捉えても完全に力負けするレベルの威力。美樹で慣れてるから左利き相手なら勝ってる? どれだけ驕っていたんだか。
「風美ー、もう一本ナイッサー」
サーブ権はまだ向こうのまま。そしておそらく今度も間違いなくわたしの方に打ってくるはず。わざわざ水空さんに向けてサーブを打つ理由なんてない。でもその予想は外れた。
「ぁ……」
サーブを打った瞬間蝶野さんが小さく声を漏らす。少しミスをしたのか、元々コントロールが悪いのか。ボールは水空さんの方へ……。でも今のスランプ状態の水空さんが拾えるかどうか……!
「小野塚さん、早くネット際に」
再び予想は外れ、水空さんはあのサーブを真正面から受け止めると後転。強烈なサーブの威力を小さな身体全体を使って上手く殺し、完璧にセッター位置にボールをつないでみせた。
「ナイスレシーブ……!」
ボールが上がるのを見ながら急いでセッター位置に向かう。水空さんはわたしのせいでスランプに陥っている。それは間違いない。それでもボールは上がった。水空さんの不調の原因はメンタル的な要因。考える間もない速度のサーブはある意味で相性がよかったのかもしれない。
「翠川さん入って!」
「はい!」
蝶野さんはサーブを打った直後でネット際まで来れていない。飛龍さんは怪我でブロックは無理。何より真正面から全国トップのブロックと戦う技術はない。レシーブが綺麗に上がった今、ここは一択。高さよりも速度重視の速攻で決める!
「……高い」
速いトスを上げた瞬間、宙にいた翠川さんがぽつりと声を漏らした。翠川さんの身長はこの場の……いや、高校バレー界の中でトップ。その翠川さんより、高かった。双蜂さんの高いブロックが、翠川さんのスパイクを阻んだ。
「君、初心者かな? ボールに気を取られすぎてせっかくの高さが台無しだよ。まずは自分の武器をちゃんと自覚しなきゃね」
翠川さんを完全に止めた双蜂さんが余裕のアドバイスを送る。これが全国トップ選手のブロック……。トスを上げる先が実質翠川さん一択だということを無視したとしてもさすがの技術だ。
「ははっ、天音ちゃんの言う通りだね。セッターの仕事はスパイカーに打たせること。スパイクが決まらないのはセッターのせい。そんくらい割り切って跳んだ方がいいよ」
セッターの最高峰、飛龍さんもずいぶん厳しいアドバイスをくれた。……なるほど。絵里先輩は普段からこんなプレッシャーを抱えてたんだ。それでも尚、あんなに綺麗なトスを上げてくれる。やっぱり絵里先輩には全然敵わないなぁ。
「翠川さん、ごめんね。次はちゃんといいトス上げるから」
「……いえ」
いつも元気な翠川さんが上の空の返事をする。まさか唯一の武器である高さで負けて自信喪失しちゃったとか……それはまずい。このチームで攻撃ができるのは実質翠川さんだけなのに……!
「真中さん、ありがとうございます。自分をこの場に立たせてくれて」
……今日はずいぶんと予想が外れる日のようだ。翠川さんの顔を……。悔しそうながらも晴れやかなその表情を見れば、彼女がどういう状態なのか理解できた。
「これで自分は、強くなれます」
トップの技術を間近で見て、始まったんだ。誰よりも才能のある彼女のバレーボールが。後は……。
「もっといいレシーブしないと……小野塚さんに……小野塚さんを……」
「……わたしたちだけだね」
完璧なレシーブを上げたのにも関わらず苦々しい顔をしている天才と、唯一の武器が奪われたわたしだけ。わたしたちがこの状況を乗り越えないと、紗茎には敵わない。




