第1章 第10話 超強豪
〇梨々花
ほんの少し前……そう、三年くらい前まで、バレー界で岩手県はそこまで有名ではなかったはずだ。小学校も中学も高校も、全国ではグループ予選落ちだったりトーナメントも一、二回戦負けが多かった気がする。
でもわたしが中二の時、中学の県代表校が全国制覇を果たしたと聞いた。初めは一度くらいならそういうこともあるだろうなと思う程度だったけど、それから中学バレー界は岩手県の一強状態になるまでそう時間はかからなかった。
紗茎学園中等部。それが三年連続中学の大会全てをトップの成績を飾った最強の学校の名前。一番とんでもないのはわたしと同学年の子だという話を聞いたことがあるが、印象的なのは一個下の代……『金断の伍』と呼ばれる五人の化物たちだった。
セッター・『業火剣乱』。
オポジット・『暴風騒嵐』。
ミドルブロッカー・『億木極悉』。
アウトサイドヒッター・『霹靂雷光』。
そしてリベロ・『激流水刃』。
風の噂でその内三人は別の高校に進み、残り二人がそのまま内部進学して高等部に進んだと聞いた。そして今体育館に現れた二人。対戦したことはないけれど、幾度も体育館で見た顔だ。
「ユース合宿以来だね、環奈。めんどくさい先輩と仲良くなるって意気込んでたけど調子はどう?」
スパイカーだとしても高身長と呼べる、胡桃さんレベルの高身長。蜻蛉の羽を想起させるリボンがついたカチューシャをつけた、水空さんのような軽い雰囲気の美人。『業火剣乱』・飛龍流火。
「か……環奈ちゃん突然ごめんね……。流火ちゃんが来たいって言いだして……。迷惑ならすぐ帰るから……っ」
目測180cmくらい……でも高いというより大きいという言葉が似合う、ムチムチとした身体つき。そんな大きな身体とは正反対に声は小さく、大きな身体を縮こませて前髪を目元まで伸ばしているかわいい子。『暴風騒嵐』・蝶野風美。
そんな二人を擁している、前年度の県大会では全て優勝している超強豪。紗茎学園高等部が初戦の相手なんて……。いや、でも……。
「流火……その腕、どうしたの……!?」
水空さんがわたしも気になった部分に触れる。飛龍さんの左腕にはギプスが嵌っていて、布で繋がれている。おそらく骨折……あるいはそれに近い何らかの怪我を負っている。合宿以来ってことは、二週間ほど前には負っていなかった怪我なのだろう。
「そうそうこれこれ。これを伝えるためにわざわざ来たんだよ」
問われた飛龍さんはヘラヘラ笑いながら答える。
「一年に正セッターを盗られたのが気に食わなかったらしいね。三年のベンチ連中にやられちゃった。ということで県予選に私は出ません」
紗茎は県内トップ2の一角。部員数は多いし、レギュラー争いだって苛烈なはず。でもそれで……あんな怪我まで負わせるなんて…いや。わたしは他人のこと言えないか。今はある程度割り切れたけど、あの時の……体育倉庫の時の精神状態なら、わたしだって同じことをやりかねなかった。そうならなかったのはただの結果の話でしかない。最後のチャンスをぽっと出の一年生に奪われる。その辛さはわたしにはよくわかる。でもたぶん……。
「うぷっ……」
「水空ちゃん!?」
一度収まったはずの泡が再び口から漏れ、美樹が水空さんを抱きかかえる。そう、わたしはその気持ちがわかる。でもたぶん、水空さんはわからない。どんなことをしてでも試合に出たいという気持ちが。だから、こうなった。
「あーあんまり気にしなくていいですよ。環奈のこれ、すぐ良くなるんで」
「ほんとに!? 白目剥いて失神して痙攣してるけど!?」
「だから来たんですよ。試合の直前にこうなったら困るでしょ? まぁ環奈のことだからレギュラーは降りたんでしょうけど」
いや、正リベロは結局水空ちゃん……そっか連絡してないんだ。元チームメイトでも今は敵同士。その辺りの分別はついているらしい。どうやらわたしのことはめんどくさい先輩と愚痴っていたみたいだけどその辺は許してあげよう。
「用は終わったみたいだし、悪いけどそろそろ帰ってもらえるとありがたいな。初戦で戦う相手には知られたくないこともあるしさ」
「そうだそうだ! なんだかんだ言いつつも結局は偵察のつもりかもしれないしなぁ!」
絵里先輩と朝陽さんが部外者を帰らせようとする。試合までもう残り一ヶ月。そんな状態で対戦校に来るなんてそもそも非常識。多少凄んでようが文句を言われる筋合いはない。
「ひぇっ。しゅっ、しゅみませ……」
「ん? あー、まぁ、そうですねぇ……」
朝陽さんに真正面から睨まれ蝶野さんが涙目になる中、飛龍さんはそれでもわたしたちを見渡しながら笑ってこう言った。
「別に大丈夫でしょ。偵察なんてしてもしなくてもこっちが勝ちそうだし」
うちは万年一回戦負け。向こうは全国を戦う強豪校。その評価は概ね正しい。でもいくら何でもこの言い方は……っ。
「今のは流火が悪い。ちゃんと謝りなさい」
「ぴぇぇっ!?」
「げっ……なんでバレてんの……」
体育館にやってきた新たな人物に、全国有数の選手である二人が顔を青くさせる。その理由は、彼女の顔を見ればわかった。
「はじめまして。私は……」
「自己紹介は結構よ。はじめましてではないからね」
口を開こうとした彼女を胡桃さんが止める。普段物静かな胡桃さんがわざわざ声をかけるなんて珍しいし……ここまで好戦的な態度を取るのなんて稀すぎる。でもそうまでしたい相手だというのは、よくわかる。
「そうでしたね、真中さん。おひさしぶりです」
「あなたと会ったのは一度だけだけどね。覚えていただいていて光栄だわ、双蜂天音さん」
「それはもう当然。県予選決勝の対戦相手でしたから」
「……それは。喧嘩を売っていると捉えても?」
「まさか。誉め言葉ですよ」
「……どうだか」
髪をサイドテールにまとめた、落ち着いた感じの美女。背は蝶野さんと飛龍さんのちょうど真ん中辺り。それでも実力は、『金断の伍』を優に凌ぐ。自己紹介は不要というのは間違っていない。彼女を知らないバレーボールプレイヤーなんて県内にはいない。全国最強のウイングスパイカーと呼ばれる、わたしと同い年の化物中の化物。面と向かって会うのは初めてだ。
「すみませんね。うちの無鉄砲が初戦の対戦相手を知った瞬間部活から逃げ出しまして。大方環奈に今の紗茎のことを話すつもりだったんだろうけど、それがどれだけ失礼なことかわかってるよね?」
「はい……すみませんでした……」
「私じゃなくて花美の方々に謝る。風美も流火の勢いに流されないで」
「「すみませんでした……」」
すご……『金』の二人を完璧に従えてる……。たった一年先輩ってだけなのに……。
「……失礼だって理解しているのなら、落とし前でもつけてもらおうかしら」
「胡桃さんが朝陽さんみたいなこと言ってる……!」
「おいコラどういうことだ梨々花コラ」
朝陽さんが何か言っているけど、ともかく。落とし前ってどういう……。
「そっちはボクたちみたいな弱小校は眼中にないだろうけど、こっちにだってあなたたちレベルの化物が三人ほど揃っているのよ。少し見せてもらえないかしら。世界レベルのバレーボールを」
……化物? それって一体誰……。
「梨々花さん、翠川さん、水空さん。弱小校の底力を見せてやりなさい」
「「えぇ!?」」
化物って……ポジションを奪われたわたしと、身長だけでほぼ初心者の翠川さんと、いまだに失神してる水空さんのこと……!? そんな三人が……高校トップと練習なんて……そんな馬鹿な……!




