4話
「――なる、ほど」
俺の話、そしてテレサの話を聞いたのちに母さんは改めて頷いて見せた。
その様子を見、テレサは「その、お母様」と恐る恐る尋ねて見せたが、それに対して母さんは「お?」とどこか期待通りの反応を貰ったと言わんばかりに目をきらりと輝かせた。
「それはつまり、このセリフを言うべきなのかしら」
「え、その」
「貴方にお母様と呼ばれる筋合いはないわ!」
「ええっ!」
がーん。
ショックを受けたテレサが涙目になりこちらを見てくる。
「ど、どうしよ……!」
「いや、ただのテンプレートというか、ジョークだから安心して良いよ」
「私としては貴方が昔から言っていた子がこんなにもカワイイ女の子だなんて知らなかったから、割とショックよ」
「む、昔から?」
首を傾げるテレサに対し、母さんは「子供の時からずっと言ってたのよ」と言う。
「自分は転生者で、俺には好きな女の子がいるんだーって、昔から言ってたの。惚気てたとも言うわね」
「お、お母様はそれを、信じたのですか?」
「私の息子は冗談は言うけど嘘はあまり言わない子だもの。それに、自分の好悪については絶対に嘘は吐かない。だからきっといずれその女の子を連れてこの家にやって来るって事は、それこそこの子が産まれた時から覚悟をしていたわ」
「そ、そうなんですね……」
「そんな事より!」
母さんはにやりと笑い、それから如何にも芝居じみた感じに「あら~、そう言えば買い物し損ねたものがあったわ~」と言って席を立つ。
それから荷物をぱっぱと纏めて部屋から出て行こうとし、その前に「にやり」と笑った母さんは俺に向かって言う。
「3時間は帰ってこないわ。その間に決めなさい」
いらない気遣いだと思った。
とはいえ有難かった。
「え、ええ……!?」
そしてテレサは案の定あわあわしていた。
ていうか彼女にも聞こえる清涼で言うなよと思った。
「そ、そんな! え、えとお母様。私は――」
「良いの良いの、貴方の具体的な人柄とかはまだ分からないけど、少なくとも悪い子じゃないってのは分かったし、それに知っていたから」
「で、でも」
「だから、テレサさん。これは私の、その子の母としてのお願いであり。そして一人の女としてのお願いよ」
母さんはそれから少しだけ真面目そうな表情をし、一度こちらに戻って来る。
テレサの方に顔を近づけ、何かを言う。
それに対し、顔を真っ赤にしたテレサは「は、はい!」とがくがく頷いて見せた。
一体何を言い聞かせていたんだろう?
気になるけど、藪蛇そうだったのでこれもまた聞かないでおく事にした。
「じゃ、行ってくるわねー」
元気に家を出ていく母さん、本当にエネルギッシュだなと思うと同時にこれからきっとテレサの事で話す事が山積みだろうなとも思った。
とはいえ、大丈夫だきっと。
その時にはきっと、俺の隣には――
「それじゃあ」
「え、えと」
二人きりになり、モジモジとするテレサに俺は告げる。
「……とりあえず、俺の部屋に行こうか」
「う、ぅん」
小さく頷いた彼女は、何かを期待しているかのようだった。
その期待の正体が俺の想像通りだったならば嬉しいな、そのようにも思った。
そわそわとしながら俺の部屋に入った彼女は物珍しげに部屋の中を観察する。
きっと緊張を和らげるためなのだろうが、しかしあるところでピクリと体を強ばらせる。
彼女の視線の先にあるものを確認し、そして首を傾げた。
そこにあったものは俺と幼馴染との記念写真であり特別なものが写っているわけではなかったが、しかし彼女は何が気になったのだろう。
少し考え、合点がいった俺は彼女に先手を打って説明をする事にした。
「それは、幼馴染との記念写真だよ。お隣さんで、夢道桜子って言うんだけど」
「なる、ほ、ど……仲が良いのですか?」
「君が想像しているような関係ではないよ。確かに俺と彼女は幼馴染として仲は良いとは思う。よく昔は一緒に遊んでいたし、彼女が俺の事を好きだった時もあったかもしれない」
ぎくりと身を震わせる彼女に「でも」と続ける。
「俺はずっと君の事が好きだったし、それは彼女にも伝えていた……まあ、転生云々の事は信じていなかったかもだけど」
「そう、ですか」
少しホッとした様子を見せ、それから慌てて「べ、別に私は貴方に好きな人がいても別に良いんですけどねっ」と手を振ってみせた。
「わ、私は所詮過去の人間ですし、だから貴方に好きな人が出来ていたとしても、うう、おかしくはないですから……」
「ごめん、心配させるつもりはなかった。俺も、1000年の間に君に好きな人が出来ていたらと思った事は何度もあるし、だから気持ちは理解できるよ」
「私の気持ちを舐めないでください、これでも身持ちは固いつもりです。ずっとずっと、ずーっと貴方の事が、好きですから」
「そ、そうか」
「……な、なんか恥ずかしい事言ってますね私━━と、とにかく私は貴方一筋って事です! わ、分かったかっ」
顔を真っ赤にして言う彼女に俺も頬が赤くなっていくのを感じつつ「お、おお」と頷いた。
同時に、1000年と言う月日の間、彼女を一人にさせてしまっていた事がとても申し訳なく感じてくる。
輪廻転生と言うのは、死に生まれ変わるものだという認識をしている。
それならばなぜ俺はあの時に死に、そしてすぐに生まれ変わらなかったのだろうか?
それとも輪廻転生というのは時間という概念に囚われない現象だという事なのか、どちらにせよ世界と、そしてそれを作った神様は意外と鬼畜だなという感想を抱いてしまう。
それでも、彼女と再会させてくれた事だけは感謝するべきだろう。
そして彼女は「本当に、怖かったんです」と俯いて白状してくる。
「貴方が転生したとして、私と再び会う時には既に好きな人が出来ていたらって。私の事なんて忘れて、忘れたい過去の思い出にされていたらと思うと」
そんな事はない。
俺はずっと昔から、君の事が好きだったのだから。
その思いを捨てた事も、裏切った事も一度としてない。
「……べ、別にそれでも貴方が幸せなら良いのですが」
「俺は、テレサ。君とこうして再会出来なかったら、何もかもがどうでも良くなってしまうくらいだったよ」
俺は、君の事が好きだから。
「どれだけ言葉を重ねても足りないくらいに。きっと積み重ねてきた時間は君の方が多いだろう、だから想いの重みもきっと君の方が重いのも当然だと思う」
「わ、私を重い人間みたいに言わないでくださいっ」
「だけど、俺だって君の事が好きなんだ━━もう、君を一人にしたくない。これからずっと君と生きていきたいんだ」
「ま、まるでプロポーズですね」
「プロポーズって言ったら、どうする?」
「そうですね……」
彼女は。
まるで答えは1000年前から決めていたかのように。
にこりとはにかみながら、答えた。
「鈴谷真人くん、貴方の人生を私にください」
そしてその答えもまた、16年前から既に決めてあった。
「俺の人生を、貴方に捧げたい」
テレサは微笑み、涙を浮かべる。
俺はゆっくりと彼女の身体に近づいて、それから遠慮がちにその身を抱きしめた。
びくりと身体を硬直させ、抱きしめ返してくれる彼女。
――そうやって、俺の事を拒絶してくれない事実。
ただそれだけで俺は、この人生がとても幸福なものであったと、そのように信じる事が出来たのだった。




