大聖女と海のまち
「うわ、またですか~」
暑さがやわらぎ、少々冷え込んだ早朝。
部屋の扉が開き、女のささやき声が響く。
「どこへ行かれたんでしょう?」
人を探しているらしい。が、ここにはいない。
2人分の寝台の上に、折り畳まれた布団、寝間着、そして聖女服。その向こうに、開けっ放しの窓が見えるだけだ。
外は薄曇り。窓から女に、冷めた風が吹きつけた――
まだ、起床の振鈴は鳴らない。
念のため……と、静かに他の部屋も確かめる女。やはり誰もいない。
彼女は廊下を戻り、薄暗い階段を降りていく。
◇
降りた先に、2人の男がいる。若い聖騎士――教会所属の戦士たちであった。
女の姿を認めた男たちは、彼女に一礼する。
「あ、姐さん。おはよう!」
「おはようございます!」
青ざめた、いい顔だ。不寝番を終えたところらしい。
「おはようございます。 ……お二方、大聖女さまを見ませんでしたか?」
女の問いかけに、彼らは首をひねる。
「いや~、知らないっす」
「俺も分かりませんね……」
「そうですか……ありがとうございます」
「いえいえ。お勤め、ご苦労様です……」
互いに一礼すると、男たちは仮眠室へ、女は人探しに戻っていった。
◆
“旧大陸”と呼ばれる陸地の、北の果て。大陸の最北端といわれる半島がある。その周りには、遠浅の海が広がっている。
半島の付け根あたりに、1つの島がある。
島はまるごと、石造りの要塞と化している。それが、この辺り一帯を護る大聖堂である。
そう。この地には、「大聖女さま」がいらっしゃるのだ――
◆◇◇
その「大聖女さま」は、今――
「ん~、美味しい……」
最寄りの港町“メルロー”で、朝市を楽しんでいた。
「呑気ね……」
隣を歩く、同年代の少女に呆れられながら。
「脂の乗った身が、口の中でホロホロ崩れて、はふ……塩加減もちょうどいい……。“やはり海鱒はメルローに限る”、です」
「それは同感ですね」
あまり人のことは言えないようだ。
◇◆◇
大聖堂の女は、島じゅうをくまなく探しまわった。
いつの間にか、鮮やかな青空が、薄雲の間から顔を見せていた。
「何の成果も、得られませんでした……」
などと言っている場合ではない。ないのだが……
「おそらく本土にいらっしゃるのでしょう。しかし、もう潮が満ちている……」
この大聖堂の島と、岬へ続く本土との間には、引き潮の時だけ現れる一本道がある。
そちらを見ると、海だった。道はもうない。
こうなると、打てる手は限られる……
「はぁ……小舟、出していただけるかどうか……」
女はまた引き返していった。
◇◇◆
その頃、「大聖女さま」達は……
「道、沈んじゃいましたね。どうします?」
メルロー港のはずれ、砂浜を歩いていた。
“大聖堂の島”がよく見える。彼女ら2人も、島からよく見えるだろう。
前を行く少女が、大聖女のほうを振り返って、問いかける。
「……“お昼まで待てば、潮が引いて渡れる”と精霊たちが」
「そんなに待てるわけないでしょう?」
どこかズレている大聖女。その呑気な答えに、彼女は頭を抱えた。
「じゃあ魔法で水を退ければ………」
「やめてください騒ぎになりますよ ??」
「う゛っ゛……たしかに」
10秒ちょっとの沈黙を、前の少女が破った。
「仕方ありませんね。待ちましょう、お迎え」
「わかりました。じゃあそれまで、あちらの切り株で一休み……」
少女たちはまた、歩きはじめる。
“聖女に休日なし”――といわれる彼女たちが勝ち取った、束の間のひとときであった。
お読みいただき、ありがとうございます m(_ _)m
続きはありません、ご了承ください。
……“名前出せ”? 無礼ですね。
大聖女さまは偉大ですので……
【追記】
評価、リアクション等ありがとうございます m(_ _)m
・一部修正しました
(2025/06/21)