ロザリオの聖女 ~婚約破棄され全てを奪われたけれど、わたしのロザリオの方が完璧だったようです。さようなら、伯爵~
「ロサ・ウィルトゥス、婚約破棄だ!」
プルウィア伯爵はそう怒りを滲ませて仰った。
「……そんな、酷いです。あまりにも酷すぎる……。全てを奪ったのですね、ネブラ・テネブラエ……」
従妹に人生をムチャクチャにされた。
どうして……こんな事に。
――三週間前――
幼い頃に力に目覚め、白の聖女として『ロザリオ』を生成し続けていた。わたしの仕事は万能の魔除けアクセサリーを作り、人々を守る事だった。
「聖女ロサ・ウィルトゥス様ですね?」
ある日、突然男性が教会を訪ねて来た。彼の名はシルワ・ソムニウムという。プルウィア伯爵の名で知られ、名高い貴族だった。
二十らしく、赤髪の隻眼だった。左目に眼帯をされて、もう片方の瞳は緋色だった。カッコよくて素敵な男性だなって感じ、でも、どうして此処へ来られたのだろうという疑問に至った。
「……はい。わたしがロサ・ウィルトゥスです。数百年続くこのアルブス教会でずっとロザリオを作り続けております。もしかして、ご入用ですか」
彼は静かに頷き、わたしをその赤い瞳で見据えてきた。異性にそんな優しい瞳で見られた事が今までなくて、ドキッとする。
「いえ、私は貴女の噂を耳にしましてね。白の聖女ロサ様のロザリオ生成は大変素晴らしい。その魔除けアクセサリーのおかげで、人々はモンスターから守られている。そんな素晴らしい力を持つ貴女に魅力を感じましてね。そこでどうでしょう、まずは我が屋敷に来られませんか」
「え……伯爵様のお屋敷にですか。ですけど……」
「不便はさせません。もし気に入って戴ければ、私と婚約を結んで頂きたい」
「わ、わたしとですか……?」
再び優しい目で見つめられ、わたしは初めて感じる感情に心臓が高鳴る。ずっと教会暮らしだったわたしにとって、これは願ってもない出会いだった。
それから、わたしは伯爵のお屋敷でお世話になり、幸せな時間を過ごしていた――はずだった。
一週間後、異変が起きた。
「ロサ、ちょっといいかい」
いつのものように大広間で紅茶を楽しんでいると、プルウィア伯爵が険しい表情で現れた。どうして、そんな顔をされているのだろうと不思議に思って、わたしは返事をした。
「は、はい……なんでしょうか」
「ロサ・ウィルトゥス、婚約破棄だ!」
……?
突然そう言われ、わたしは茫然となった。いきなり、伯爵は何を仰るの? 婚約破棄? どうして?
「あ……あの、意味がわかりません」
「お前は白の聖女として優秀ではあった。だが、それ以上の存在が現れたのだよ。紹介しよう……彼女は黒の聖女ネブラ・テネブラエだ」
長い黒髪、黒の瞳。黒ベールに頭を包む少女。細身で、黒い修道服。その殆どが黒に包まれている。肌は病的に真っ白。若干、病んでいるような目元は、なんだか恐ろしい。
……この子。まさか。
「従妹のネブラ・テネブラエ? そうでしょう? どうして、このお屋敷にいるのですか?」
「久しぶりね、ロサ・ウィルトゥス。相変わらず、ムカツクくらい美人ね、そこだけは認めていた……でも、品性とロザリオの生成能力はわたくしの方が上。彼はね、そこを高く評価して下さり、認めてくれたの」
にやっと笑うネブラは、伯爵の右腕に絡みつく。
「ちょっと! 彼はわたしの……」
「いいえ、もう貴女は婚約破棄されたのでしょう。これから彼は、わたくしのモノです。ロサ、貴女はもう用済みなの。さっさとお屋敷を出て行ってくれるかしら?」
そんな、そんな事って……。
「伯爵、嘘、ですよね……何かの間違いですよね」
わたしは必死に問いかける。
けれど、彼はつまらなさそうに答えた。
「ロサ……言っただろう。婚約破棄だって。君にはなんの魅力もないし、つまらない女だよ。本当につまらなかった。けど、ネブラは最高だ。彼女はね、君以上の魔除けのロザリオを作ってくれた。最近はかなり活躍しているんだよ。それに、会話も弾んでとても楽しい……この私を飽きさせない魅力がある」
そう、伯爵はネブラの唇を奪っていた。
わたしの目の前で――。
「――――」
……そんな事って。
「……そんな、酷いです。あまりにも酷すぎる……。全てを奪ったのですね、ネブラ・テネブラエ……!」
「奪った? さあ、なんの事かしらね。それより、伯爵……わたくしをもっと愛してください。ロサよりも」
「ああ、そうだな。ロサよりもずっと愛してやろう」
二人はわたしに構わず……もう見ていられない。こんなの、こんなのって……。涙が沢山溢れてきて、今にも激しい眩暈で倒れそうで……でも、お屋敷にはもう居たくもなくて、わたしは飛び出した。
「……」
全てを奪われた。何もかもを失い……ただ、走り続けた。
闇雲に駆けていれば、薄暗い森の中だった。途中、石か何かで足を引っ掛けてしまい、つまずく。
「…………わたし、もう」
今更、裸足だった事に気づく。泥で全身も汚れ、身も心もぼろぼろになってしまった。辛い……辛すぎる。いっそ、このままモンスターに食べられてしまった方が……。
この森には、危険な狼がいるって聞いた。
その通り、狼が現れたのだけど――わたしを見るなり、引き返していった。……あ、そっか、魔除けのロザリオの効果で。
「やっぱり、効果あったんだ。でも、もう意味がない……死ぬ事も許されないなんて……」
やがて、大雨が降りだして……
わたしはずぶ濡れになった。
このまま瞼を閉じ、自然に身を委ねて――。
「――あの、そこの方」
不思議な現象が起きた。こんな薄暗い誰も頼らない森で、男の人の声がしたからだ。
「あの、君。大丈夫ですか」
「え……」
瞼を開けると、そこにはオーシャンブルーの瞳を向けてくる金髪の青年がいた。高身長の痩躯であったけれど、鍛えられた肉体も垣間見えた。
整った容姿を持ち、美麗だなって思った。最後にこんな幻を見れるだなんて――違う。幻ではない。
「白の聖女ロサ・ウィルトゥス様ですよね? まさか、このような森で倒れられているとは……僕が助けましょう」
手を伸ばし、わたしを起こしてくれた。
「あの、あのあの……わたし」
「ええ、お辛い事があったのでしょう。もう大丈夫、この僕がいますよ」
優しく手を包んでくれた。
とってもあたたかくて、心に沁みて……わたしは涙がぼろぼろと零れ出た。
「あ……ありがとう、ございます」
――彼は、わたしを優しく包み、運んでくれた。
ナトゥーラ家というお屋敷に入った。初めて見る大きなお屋敷に、わたしは驚いた。此処って……帝国の中でも一番かも。
お風呂を借りて、わたしは身を清めた。服もドレスを借りて、いつもの修道服ではない豪華な格好になった。こんな華やかなドレスは初めて。
「ロサ様、大変お綺麗です。……おっと、それよりも自己紹介がまだでしたね。僕はレクス・ナトゥーラ。マグナ辺境伯とも呼ばれていますが、良ければレクスとお呼びください」
宝石のような綺麗な瞳で見られ、わたしはソワソワした。なんて輝かしくて、お美しい。そっか、マグナ辺境伯だったの。有名な魔法使いらしく、その噂くらいは聞いたことがあった。どんな魔法を使われるかまでは分からないけれど。
「分かりました、レクス様。その、ここまで良くしてくれて、本当にありがとうございます。感謝してもしきれません」
「いえ、僕は偶然、帰り道を通りかかり……当然の事をしたまでです。それにしても……プルウィア伯爵に婚約破棄されたと……」
わたしは、ここへ来るまでに今まで起きた事を話しておいた。そうだ、思い返せば、辛い出来事が多すぎた。
「……っ」
「安心下さい、ロサ様。僕は決して貴女を見捨てないし、歓迎しますよ。ずっとこのお屋敷にいてもいいです」
また泣きたくなったけど、必死に堪えた。彼の目の前ではもう泣かないと決めた。ここまでしてくれた以上、何か恩返しがしたかった。
「嬉しいです。わたしでよければ、お料理でもお洗濯でもなんでもします。ですから、住む場所を下さい」
「ええ、白の聖女ロサ様に不便はさせません。聞いたところによると、貴女はロザリオを生成できるとか」
「はい……聖女の力です。魔除けになるんですけれど……でも、最近は従妹の黒の聖女ネブラ・テネブラエが優位に立っているようで……わたしのアクセサリーは人気が落ちているみたいなんです」
そう落ち込むと、レクス様は微笑まれた。
「なるほど、黒の聖女ネブラ・テネブラエ様ですか。彼女は確かに優秀でした。でも、以前にお会いした時に見せて貰ったアクセサリーですが――」
そう彼は懐から、黒の聖女ネブラ・テネブラエが作ったロザリオを取り出された。持っていたんだ。
けれど、それには『聖なる力』が感じられなかった。これでは、なんの効果も持たないアクセサリーだ。
「あれ……どうして」
「そうです。彼女の生成したロザリオは、一時的には素晴らしい魔除け効果を発揮するのですが、その持続時間が短いのです。その期間はたったの三時間。対し、ロサ様は三日も持続するんです。だから、この事実に気づき始めた帝国の人間達は、今や怒り心頭。ロサ様のロザリオを求めているんです」
「そ、そうだったのですか」
それは知らなかった。
それからレクス様は、時間が解決してくれると仰ってくれて、その言葉を信じる事にした。
――三日後――
久しぶりに教会へ向かうと、凄い人だかりがあった。
「黒の聖女ネブラ・テネブラエのロザリオはゴミだ!」「そうだ、三時間しか効かないとかクソだ!」「こんなの使えねえよ!」「そうだ、この帝国は囲いもねぇから、聖女様の魔除けが必要なんだよ」「たった三時間じゃ、家を守れねえ」「あぁ、三日も持つ白の聖女ロサ・ウィルトゥス様のロザリオの方がいい」「効果よりは、持続時間だもんなあ」
「そんな……嘘でしょ……」
教会の出入り口で、ネブラは青ざめていた。次第に民衆の不満が高まり、彼女の作ったロザリオが投げつけられていた。それが彼女の体にぶつかる。
「いたっ、いたい! こんなの、こんなの……わたしが劣っていたというの!?」
――その後、直ぐにネブラは婚約破棄され、プルウィア伯爵に捨てられていた。その更に数日後に、わたしは伯爵に呼び出された。あの森に。
「す、すまない……ロサ。黒の聖女は役に立たなかった。アイツはダメだ……もう信頼も失墜して、自信も喪失してしまって引き籠ってしまった。それでどうだろうか、ロサ、私とやり直さないか? いやぁ、ぜひ戻って欲しい。このままでは、我が家もピンチでね……頼む、この通りだ」
そう懇願されるけど、わたしにはもう心に決めた方がいた。
「この方に近づくな、伯爵。ロサ様は、僕と婚約を結んでくださった。もう二度と目の前に姿を現すな」
「レクス……貴様! 私の婚約者を盗ったのか!! この!!」
掴みかかろうとする伯爵だったけど、レクス様は魔法を使われた。その初めてみる光景に驚く。
指を鳴らしただけで、プルウィア伯爵の足を凍らせた。スゴイ、あんな一瞬で……。
「これ、もう動けないですよ」
わたしはその光景に驚く。
「くそ、歩けない……足が凍って……」
「いきましょう、ロサ様。この森は狼が出るので危険です」
「分かりました、レクス様」
――そう、この森は危険な狼が出る。魔除けがなければ、一瞬で襲われる。わたしを捨てたプルウィア伯爵は、黒の聖女ネブラ・テネブラエの三時間しか持続しないロザリオを所持していたようで、その効力は切れていた。
「ぎゃあああああああああああッ!!!」
遠くからそんな断末魔が聞こえたような気がする。……きっと、気の所為ね。
「幸せに暮らしましょう、ロサ様」
「はい、わたしはレクス様を心より愛しております」
――その後。
わたしは、レクス様と幸せに暮らした。