第2話
優しかったエリオット様の怒声が記憶に蘇る。
そう、あれは確か入学してから2年後に行われた卒業パーティーの時だった。
『アンティローゼ・レファ・エリオンフィール! お前が今まで陰で行っていた、ルシア・トニ・キーティング伯爵令嬢への嫌がらせは私が知るものとなっている! お前がそんな浅ましい女だとは思わなかったぞ! お前との婚約を破棄し、ルシアを我が妻として迎える!』
彼の傍には、怯えた表情で私を見つめるルシアがいた。殿下の服を掴み、小動物のように震えながら潤んだ瞳を向けている。
私たちの関係は、学園入学後も変わらなかった。
しかしルシアが転校してきてから、状況は一変する。
あの女はいつの間にかエリオット様に近づき、彼の心を奪ってしまったのだ。
ルシアがエリオット様と会う時間が増えるにつれて、私と会う時間が減った。
ルシアに向けられるエリオット様の笑顔が増えるにつれて、私に向けられる笑顔が減った。
私から殿下に声をかけると、あからさまに不機嫌な態度をとられることが多くなった。
元々は政略結婚。
愛がない夫婦など、貴族社会にはごまんといる。
しかし諦めるには、私のエリオット様への想いは深くなりすぎていた。
深くなりすぎた想いは、ルシアへの嫉妬へと変わった。
一度、彼女に警告したことがある。
エリオット様は私の婚約者だと。彼に近づき色目を使うのは、伯爵令嬢としていかがなものかと。
しかしルシアは、笑顔でこう言った。
「しかしエリオット様が会いたいと仰ってくださいますから。王太子の言葉に誰が逆らえますか?」
と、とても嬉しそうな表情で。
どう考えても強要されているようには思えない笑顔で。
その日から、私はルシアへの嫌がらせを始めた。
たかが伯爵令嬢に、公爵令嬢である私が嫉妬に燃えるなど愚かしい。今思えば、私が正式な婚約者なのだ。ドンと構えていれば良かったのに、それができなかったということは、私もその程度の器でしかなかったということ。
だけど、今まで私に向けられていた笑顔が、彼女に注がれていると思うと、正気を保つことができなかった。
ルシアへの嫌がらせは、日を追うごとに過激になっていった。
もちろん、エリオット様の寵愛を一身に受けている彼女が、私から受けている嫌がらせを彼に伝えないわけがない。
そして卒業パーティーの際、私は皆の前でルシアに行っていた愚かな行為を公表され、エリオット様から婚約破棄をされたのだ。
ルシアに嫌がらせをしていたのは本当だったから、言い逃れなどできなかった。
あの場にいた皆が、私に対し冷たい視線を、ルシアに同情するかのような視線を向けていたのを思い出す。
誰一人、味方はいなかった。
しかし私は愚かしくも、公爵令嬢らしからぬ醜態を晒したのだ。
殿下の足元に額をこすり付け、涙ながらに許しを請うと、エリオット様への愛を口にする。しかし目を背けられたため、今度は見っともなく服にしがみついた。
エリオット様はまるで汚物を見るかのような冷たい視線を私に向け、強い力で振り払った。
その拍子に私は後ろに倒れ、近くにあった机の角で頭を――
そこからは何も覚えていない。