私の恋はJ-Pop
短編。
頑張る女の子へ。
「他に好きな子が出来たから。」
在り来たりな捻りのない一言で、私たちは別れた。
――ああ、そうですか。
付き合い始めて三ヶ月。
正直なところ、ドキドキしたのは最初だけ。
だからこの別れの言葉も、意外なほどすんなりと受け入れられた。
私が望んでいたことだったから。
私が彼と付き合い始めて、その直後。憧れていた先輩。
何時も綺麗な黒髪の、制服違いの彼女と歩いていた先輩。
その先輩が、あの彼女と別れたという噂を耳にした。
文化祭の実行委員で一緒だった時、交わした言葉の『いつもありがとう』って社交辞令的な言葉に映る、ちょっとした気遣いにくらくらしていた。私にだけ見せてくれた仕草が、余計に気になっていた。
いろいろ気になり始めた時には、先輩の隣には見知らぬ誰かが居たけれど。その先輩が別れた、と。
申し訳ないのだけれど、その噂を知った時から、私の気持ちはそこで停まってしまったのだ。
憧れの先輩のその右隣に立ちたかった気持ちを、私は自分で掘り当ててしまった。
だからわざわざブリーチして染めてた髪を元の黒髪に戻した。
ストレートパーマを掛け直して、整えた。ピアスも1つ外した。
彼は『それも似合うじゃん』って笑っていたけど、気に入っていなかったのかもしれない。
今思えば、それすらもう目に映っていなかったのかも。
付き合ってる彼の左隣で、先輩の影を追う自分の罪悪感。
そんなことに気を取られているから気付かなかったのだ。
この彼が、自分と同じ、明後日の方向を向いていたことに。
「うん、分かった。」
罪悪感があったから、彼の一言に、他に好きな子が出来たからの、雑な一言に私は安心して。
寂しさとか悲しさとかそう言う気持ちを全部すっ飛ばして、安心していた。
「お前なら、すぐ別の奴、見つかるから。」
ただ私を見透かしたような『元カレ』は、そこで余計な一言を付け足した。
その時私は一体どんな顔をしたのだろうか、見当もつかない。
ただ一瞬『元カレ』は、肩をびくりと動かしたように見えたから、複雑な顔でもしてたんだろう。
踵を返して『元カレ』は元来た道を戻って行く。がら空きの左を抱えて一人で帰って行く。
学校帰りの川沿いの土手道は、夕日を映して、影絵のように綺麗だったけれど。
そのオレンジに照らされた私の顔は、きっと怖かったに違いなかった。
誰かを好きになることは、傷付くことを覚悟することだと。
優しさなんてて、知りたくなかったと。
両手に孤独を握りしめた私は、スマホのボリュームを限界まで上げる。
イヤホンから流れるラブソングの歌詞が、始めて耳に入る。
ゴメンが痛くて、サヨナラはそれほど辛くなくて。
振られたはずなのに、罪悪感が拭えなくて。
だからせめて『元カレ』が、あの人が、次に恋するその人と、笑顔になれるようにと身勝手に祈ってしまう。
そんなに好きでもなかったくせに。
流れと勢いだけで付き合い始めただけだったのに。
――ああ、そっか。
当時を、と言ってもほんの3ヶ月前だけれども、ちょっとだけ私は思い出す。
あの人に言われたんだ。ピアスがカワイイって。
ママにもパパにも、妹にも馬鹿にされたその三つ目のピアスを、褒めてくれたんだって。
勢いで開けた三つ目の、私がやりたくて開けたそのピアス。奇数個目のそれ。
別に、誰に褒めてもらわなくても良かったのだけど。
風が頬を撫でる、夕日の河原道。
前髪がふわりと横に流される。
――美容院、そろそろ行かなくちゃ。
憧れの先輩に寄せた髪型、髪色。
先輩の右隣に居た彼女に、寄せる自分。
『元カレ』と反対方向に歩き出す自分は、誰のコピーを目指してるんだろ?
何時の間にか他人の『好き』に合わせることが正しいと、私は思っていた。
自分の『好き』を貫きたいために、相手の『好き』に合わせる。
変な話。おかしな話。
だけど、それが手っ取り早く好きになってもらえる第一歩なことくらいは、私の歳でも処世術として身に付いた。
相手の興味が惹けるなら、きっとキッカケは何だっていい。
そう思っていたし、そうしようとしている。
そんな自分の胸に刺さるあの言葉。
「お前なら、すぐ別の奴、見つかるから。」
余計なお世話。ホントに余計な一言。
どうせ今好きになった人は、これから付き合うであろう『彼女』は、よく廊下で会うあの子。
一つ下の、手作りクッキーが似合う、肩上で揺れる栗毛の髪をしたゆるフワ彼女だろう。
良かったね、おめでとう。
「…はい、はい。カットとカラーでお願いします。」
足早に帰る道すがら、美容院へ予約の電話を入れた。
そう、やっぱり私は私だ。
私はお守りのように鞄の底にしまっていた小さなアクリルの、アクセサリーケースを取り出す。
長く伸びた黒髪をかきあげると、左耳の上に開けた三つ目のその穴にピアスを付けた。
もう一つ、どこか隠してた自分を私は再び身に着ける。
決戦は金曜日、なんて古い歌があったみたいだけど。
私の勝負は月曜日。
玉砕覚悟の告白を、先輩にすると決めた。
このままの私で当たって砕けてやる。自分の恋を嘘にしないために。






