言えないだけ。
お初にお目にかかります。七尾バターと申します。
BLに生きる人間です。
私、以前から思いついたネタをメモする習性がありまして、そのメモを文に書き起すことに致しました。
このお話は、そのメモ第一号です。
拙い箇所もありましょうが、お楽しみ頂けましたら幸いです。
「どした?颯。浮かない顔してるね」
放課後の教室、友達から声をかけられる。どうやら、俺は浮かない顔をしているらしい。
「......う......」
心配してくれる優しい友達に、じわりと目頭が熱くなる。そう、指摘された通り、俺は今浮かないのだ。
つまり悩んでいるのだ。
「うわっ、ちょっと...泣かないでよ...何、どうしたの?」
「うぅ......お、俺...今日も樹生に好きって言えなかった......」
「......はあ、また間宮のことか。あほらし。心配して損した......僕の良心返してよ」
「あ、あ、あほってなんだよ!俺は真面目に悩んでんだよ......っ」
「さっさと言えばいーじゃん。付き合ってるんだからさ」
「うっ.....そ、それはそうなんだけど.....」
樹生というのは、俺の幼なじみ...もとい彼氏だ。高身長でイケメンで、頭も良くて、運動もできる。性格も、悪くは無い......というよりは「他人に無関心」に近いけど。
でも、ぼーっとしてるように見えて実は結構優しかったりする。
始まりは、小学生の頃の話である。
俺が帰り道で足をひねって歩けなくなった時、たまたま通り掛かった樹生が家までおぶってくれたことがある。その時まで樹生とは話したことも無かったし、同じクラスになったことも無い。
俺は素直になれない性格で、あの時樹生に「足をひねっているから助けて」とは一言も言ってない。それでも樹生は、一目見て俺の状況を理解して助けてくれたのだ。その優しさと判断力と賢さに、俺はあっという間に恋に落ちた。
気付いたのは中学生の頃だった。
樹生が女子に告白されてるのを見て、胸のあたりがもやもやして、嫉妬してるんだって気付いて、樹生を好きだと分かった。でも別に驚きとかはなくて、むしろ「ああ、なるほど」と納得してしまった。そして、「樹生は俺の言うことをなんでも聞くし、いつでも一緒にいるし、樹生も俺のこと好きに違いない!」と同時に考えた。
問題はここからである。
予定では、俺はスマートに「お前が好きなんだ......付き合ってくれ。樹生」と告白、樹生はときめいて「颯......はい♡」と頷いて、俺がいつでも樹生をかっこよくリードする......はずだった。
だが実際はどうだろう。いつ切り出そういつ切り出そうと思っている間にあれよあれよと時が過ぎ、いつの間にか中学校の卒業式の日になってしまった。ちなみに高校も一緒なのでまあ中学校の卒業式と言っても、という感じではあるが、雰囲気に呑まれるのが人間という生き物である。
卒業式が終わり、離れていく友達と一緒に泣き合う女子たちや後輩に泣かれる同級生を横目に、俺も樹生と話していた。
すると、一人の女子が「あ、あの、間宮くん...今ちょっといいかな......」と寄ってきた。
呼び出された樹生が俺の方を見るので、行ってこいよと目で言う。女子に着いていく樹生の背中を眺めながら待っていた......なんて殊勝なことはなく、もちろん後をつけていった。
「ま、間宮くんのことがずっと好きでしたっ、つきあってください...!」
必死だな、頑張ってるな、と思いながら聞いている俺も大概必死だった。なぜならその女子は、学年で一番可愛いと言われている小柄で清楚な子だったからだ。おまけに性格もいい。だからさすがの樹生も頷くかもしれない.....と危惧していた。
「ありがとう。でも、ごめん」と落ち着いた樹生の声。俺はほっとしたが、女子はすかさずこう聞いた。
「なんでですか?理由は、教えてもらえませんか...?私、ダメなところあったらなおすから...」
なるほど。この子、結構樹生に本気なんだ...でも確かに理由は気になる。まあ樹生のことだから、恋愛に興味が無いとか君のことよく知らないからとかそういうことなんだろうな...と俺は思っていた。
だから、樹生の答えに動揺した。
「君のどこがとかじゃなくて...俺、好きな子いるから」
.....えっ?好きな子?いんの?樹生に好きな子、いんの?俺のこと好きって、俺の思い違い...だったのか...?
目の前をさっきの女子が泣きながら走り抜けていく。
俺も同じようにできたらよかったけど、樹生に見つかった。
「...あれ、颯。ここで待ってたんだ」
「あ...た、つき......」
「...?どうした?どっか怪我してる?」
多分、俺はどっか痛そうな顔してたんだと思う。実際胸の奥がめっちゃ痛かったけど。
「お前、好きな子いんの...?」
「...ああ、聞いてたんだ。いるよ、好きな子」
「っ......き、聞いた事、ない......」
「言ってないから」
淡々と答える樹生。なんだよ、「言ってないから」って......言えよ。俺が一番の親友だろ......
「なんで言わないんだよ」
「聞かれなかったから」
「聞かれたら答えんのかよ」
「聞かれたら答えるよ」
「っじゃあ、誰なんだよ...!」
樹生の表情は変わらない。いつもと同じ無表情だった。黒く丸い目が、俺を見つめた。
「颯だよ」
「......えっ」
「俺が好きなのは、颯だよ」
驚きのあまり、俺は固まってしまった。
え、俺?俺が好きって言った?しかも二回も......
「帰ろう」と何事も無かったように言う樹生。
「お、おう......」と頷いてしまう俺。
会話がない帰り道は、カラスの声にせっつかれてやっと歩いていた。少し頭が落ち着いた。
「.........」
「...........お前が、...」
「.......?」
「お前が、どうしてもって言うなら...その...付き合ってやっても...いい」
ぼそぼそと喋る俺の声には恥じらいしか隠されていない。素直になれない俺の、精一杯の告白だった。
「...じゃあ、付き合って」
そう樹生が言う。俺はおう、と頷く。
そんなこんなで付き合いだして、何事もなく今まで普通に過ごしてきた。というか、手も繋いでないしキスとかもしてない。本当に何事もなく普通に過ごしてきたのだ。
俺も男だから、少しはいちゃいちゃとか...してみたくはないこともない。否、めっちゃしたい。なのになんで樹生は何もしてこないんだ?と知恵熱出して寝込むほど考えた結果、「樹生は俺が嫌々付き合ってると思ってるから手を出してこない。だから俺も好きだと意思表示しなければならない」という結論が出た。
そして言えるはずもなく現在に至る。
「無理だって!絶対言える気しねーよ!」
「でももう時間ないんじゃない?早く言わないと」
「え、時間ないって何...?」
「え、だってもうすぐ卒業だよ?二人、進路別れるんでしょ」
そうだった。迂闊だった。俺は家業の花屋を継いで就職、樹生は上京して進学。そう簡単に会える訳ではなくなる。
「は、はやく言わないと...!」
そう焦る俺に、友達から鋭い一言が飛んできた。
「てか女々しくてちょっとキモイ」
「!!!!」
「ちょっと、泣くなって!めんどくさいなぁ...あ」
何かに気付いた友達の視線の先を見ると、委員会から帰ってきた樹生が立っている。
「ごめん、待たせた。帰ろう」
そう言ってこちらへ来る樹生。
「あっ...お、おう。じゃな」
友達に手を振り、教室を出た。
二人で歩く。いつもの帰り道のはずなのに、何故か心が苦しくなってくる。
もう少しで樹生と離れなきゃいけなくなるのか...
寂しい、と思いながら歩いていると、樹生が俺の顔を覗き込んできた。
「...何か嫌なことでもあった?」
樹生が俺を心配してくれている。胸がよりいっそう苦しくなる。
「別にっ...な、なんでもねーよ...」
そう言って俺は俯いた。
なんでいつもこんな言い方しかできないんだよ!せっかく樹生が心配してくれてんのに!
でも樹生は俺の考えることなんか全部分かってるから、俺がなんて言ってても勝手に分かってくれるんだよな...
「言いたくなったら話して」
優しい樹生の声。俺はうつむいたままで、樹生の顔もまともに見れない。少し前を歩く樹生の手が見えて、とっさに掴んでしまった。
「......どうした、颯」
「っ...行くなよ......」
「先に帰ろうとはしてないけど...」
「行くなよ...!」
涙が溢れてくる。それでもやっぱり樹生の顔は見れないままだった。
「......月に1回は帰ってくるから」
そう抱きしめてくれる樹生。
樹生とこんなに距離が近いのは初めてで、少しどきっとした。
「、っ......絶対、だからな...約束だからな...っ」
「うん、絶対...だから泣かないで。俺も寂しくなる」
そう言って、樹生は優しく頭を撫でてくれた。
寂しくなる、と言った樹生の声は、いつもより少し掠れていた。
それから、俺が少し落ち着くと樹生が「うちよってく?」と聞いてきたので、俺は頷いた。
家に着いて樹生の部屋に上がると、「飲み物持ってくるから」とひとりで部屋で待つことになった。きょろ、と見回す。
そういえば、昔はよく遊びに来てたな...たしか、中学生くらいになってから急にもう来るなって言われたんだっけ。よく考えたら何でだ?と思っていると、ちょうど樹生が戻ってきた。
「お茶でいい?」
「おう。さんきゅ」
茶を受け取って、少し飲んでから樹生に向き直る。
樹生がきょとんとした顔をしている。
そう、俺はこのとき、最初から意識していた本来の目標を果たそうと決意していたのだ。
「た、樹生。俺、その...えっと......」
「何?」
顔から火が出そうなほど熱い。
樹生はよくあんなにさらっと言えたな...
「っ....す、.........」
だめだ。言えない。言葉が出てこない。
たった二文字だけでこんなにも胸が詰まる。数は少ないのに、質量が大きすぎるんだ...
「......何か俺に言いたいことがある?ちゃんと聞いてるから、ゆっくりでいいよ」
樹生の優しい声がする。落ち着いたようすで、俺の言葉を待ってくれている。
「お、俺...」
「うん」
「その......樹生のことが...」
「...うん」
「.........好きだ」
不思議と自然に言葉が出てきた。きっと樹生が落ち着いていたおかげだ。
樹生の顔を見る。嬉しそうに笑っていた。
「...知ってる。ありがとう」
「...!」
「俺も颯が好きだよ」
幸せそうに微笑む樹生の頬は珍しく緩みきっていて、つられて俺も顔が緩んでしまう。
「でも、なんで急に素直になったの?いつもそんなこと言わないのに」
「え...そ、それは...まぁ、なんとなく...っべ、別にお前が手出してこないからとかそういうんじゃねーから...」
自分で言いながら墓穴を掘った自覚がじわじわ滲んでくる。この感覚が恥ずかしくて、いつも嫌な性格だと自分を呪う。
「そっか...不安にさせてたんだね。ごめん」
「ふ、不安とかじゃ...」
羞恥心からしどろもどろになる俺に、樹生がぐっと近寄ってきた。
「...?た、樹生...?」
「......手出してもいいなら、出すよ」
「え...?」
「颯は純粋だから時期を見てたけど、俺も男だからそろそろ我慢の限界...かも」
じっと樹生に見つめられる。止めるなら今だ、と言われている気がする。
樹生が我慢してるとか全然気付かなかった。我慢してたから部屋に入れて貰えなかったのか...
俺も腹をくくった。存分に手を出してくれ、樹生!
そう思いながらぎゅっと目を瞑る。
「........」
「........」
あ、あれ...?何も無い...?何でだ?
そう思って目を開けた...瞬間、樹生にキスされる。
「っん...!」
ま、まさか俺が目を開けるまで待ってたのか...!?
樹生の顔が離れていく。う、なぜかいつもよりかっこいい......
「...ふ、颯かわいい」
そう言って樹生が笑う。あれ?こいつ意外と意地悪なんじゃ...?
そう思っている間にもう一度キスされ、そのままあれよあれよとそれはもう存分に手を出された。
俺の羞恥心の引き出しを全て片っ端から引っ掻き回されるような恥ずかしさだった。
「......あー、母さん?今日俺、樹生ん家泊まるから...、.......うん。...うん、わかってるって...はい....はい。じゃ。」
電話を切る。樹生の家の電話は、いつもちょっと音質が悪くてたまに聞き取りづらい。
あれから結局俺たちは何事もなくスムーズに事を終え、普段通りに過ごしていた。そこに樹生んとこのおばさんから「今日仕事終わりに飲んじゃって車で帰れないからホテルに泊まる」という旨の連絡が来て、現在に至る。
「颯。お母さん、なんて?」
「ご迷惑かけないように、だってさ」
「そう。俺の方が夜通し迷惑かけそうなくらいだけどね」
「.....明日が休みでよかったよ.....」
そんな冗談を言いながら、二人で高いアイスを食べた。
騒がないようにしながら、ゲームしたり漫画読んだりした。
そんで、たまに見つめあっては笑ったりしてた。
友達みたいな夜更かしでも、やっぱり彼氏だよなって思ったりしてちょっと変に緊張したりする。
深夜3時になって、同じ布団に入って電気を消した。
「...あ」
「?なんだよ」
「見て。星、すごい綺麗」
樹生が窓の外を眺めている。
「......おう。そうだな」
正直、樹生の方が綺麗だと思った。
それはこいつがもうすぐ東京に行くからかもしれない。
離れていくものの方が綺麗に見えたりする。
それでも、いくつも遠い空に浮かぶ星よりは
すぐ近くで笑ってるお前の方が綺麗だと思ったんだ。
...まぁ、言ってやらないけどな。
「おやすみ、樹生」
どうも、前書き振りですね。前書きを読んでいらっしゃらない方は、お初にお目にかかります。七尾バターと申します。
さて、このお話はいかがでしたか。
私もこのような青春時代を過ごしてみたかったと思うお話です。
颯の愛や樹生の優しさに少しでも何かを感じていただければ幸いですが、書き起した本人である私が何も考えておりません故、皆様も頭を空っぽにして読んでいただいた方が良いかもしれませんね。
いずれ樹生が東京へ出た後の話でもまた書き起す所存ですので、期待せずゆるりとお待ちください。
では、また逢いましょう。