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「ただいま」と、扉を開ければ「キャン」と、尻尾を振って、俺を迎えてくれる白銀。かわいいやつめと、全身をなでまわしてやる。所どころ傷の跡は、残っているが、ほぼ完治したといってもいいはずだ。
そろそろ、森へ帰すことを考えなければ……と、甘えてくる白銀を尻目に、また果物が残っていることを確認する。
「おまえ、また食べてないのか?」
俺のとがめる声に「キャン」と、耳と尻尾を下げ、反省した素振りをする。
あざとかわいいその姿に「はあー。しかたねぇなぁ」と、頭をなで、エサの皿を引き寄せる。俺のその動きに「キャン」と、尻尾が上がり、キラキラとした目で、俺の次の行動を待っている。
はあー。ここまで懐かれれば、もう誰だって折れるだろう。エサの皿から果物をとり、次々と白銀の口へ運んでいく。
最初の餌づけが気に入ったのか、果物類は、俺の手からしか食べなくなった。はじめは、水も飲まなかったが、そこはきっちりと叱り、水は飲むようになった。
たぶん、もっと強く言えば、果物も自分で食べるだろう。肉などは、自分で食べているのだから。
まあ俺もいやではないので、ずいぶんと甘やかしている自覚はある。俺への依存に拍車がかかっているようにも思う。
森へ帰すことを考えているが、こいつ俺なしで生きていけるのか? と、本気で心配している。
最後に選ぶのは、白銀なので、俺との共存を望めば、それを受け入れる覚悟はできている。
白銀には、とことん甘いのだ。
コンコンッと、魔樹が俺を呼んでいる。
もう水やりの時間かと、白銀のそばから離れ、ジョウロと袋を持つ。
なにやら白銀が、木の壁にむかい「キャンキャン」と、吠えていた。魔樹になにか抗議をしているようだ。魔樹もそれに応え、木のツルで「コンコン」と、応答している。
「おまえら、仲良くしろよー」と、軽くとがめれば、「「キャン」コンッ」と、返事は返ってくる。おそらく、わかっているよーと、言っているのだと思う。
白銀を家へいれる際、一悶着あった。
魔樹が、木のツルで扉を封じて、白銀を家にいれるのを拒んだのだ。
考えてみれば、害があるかもしれない魔物を自分のテリトリーに、快く迎えいれることはできない。俺だったら、絶対にいやだ。
白銀には、早急な治療と療養が必要であることを魔樹に伝え、時間をかけて説得する。しかし、木の扉からツルが離れることはない。
困ったと思うが、魔樹の気持ちを考えれば、こればかりはしかたない。白銀を抱えなおし、木の扉から離れる。
魔樹へ「とうぶんは、別の場所で過ごすから、心配するなよ」と、声をかけ、歩きだすと、木の葉がザワザワと騒ぎはじめる。そして、伸びた木のツルが、俺の身体を掴み、木の扉の前まで運んだ。
「いいのか?」と、尋ねれば、ツルが、木の扉を開けた。
ジョウロで水をやりながら、魔樹に声をかけるのは、日課だが、最近は木の扉の横にできた穴に、魔石と採取した素材を入れることが追加された。
魔樹が不要と判断したものは、木のツルで返却される。返却されたものは、不用品として、チャージしている。
これは、魔樹の新たな能力だ。魔樹自身で生産できない素材を取り込むことで、いままで作成不可だったものが、作れるようになったようだ。例えば、いま着ている服も魔樹お手製の品である。
白銀を連れ帰った日、白銀の治療を終えた俺は、疲労困憊で、そのまま寝てしまった。
ひどい悪臭で、目が覚める。
「くっせぇ」と、鼻をつまみ、臭いの原因をさぐる。
日々強くなる体臭にも慣れはじめ、悪臭に強くなった俺がえずくほどの臭いを漂わせていたのは、脱ぎ忘れていたスウェットだった。
「あー。脱ぎ忘れてた。水に浸けるの忘れてた。くっせぇ」
白銀の血がベッタリとついたスウェットは、丸二日洗われず、泥まみれの上、俺の体臭もあり、菌が繁殖して悪臭化していた。
これはまずいと、外でスウェットを洗うが、血の痕跡は消えず、布の傷みは広がり、若干悪臭が残っているようにも感じた。
「とりあえず、干すか」と、魔樹に登り、枝にかけた。
幹に背を預け、着るものをどうするか、動物の毛皮で作るかと、考えていると、俺が勉強しているこの世界の言語を書いた紙を魔樹が持ちだしてきた。
んっ? その動きを注視していると、木のツルが『アナマセキカワイル』と、文字を指した。
俺になにか伝えようとしているのはわかるが、意味がわからない。
ただ魔樹が文字を理解していることはわかったので、簡単な意思疎通ができると喜び、魔樹を褒めた。
褒めたことが、嬉しいのかザワザワと、木の葉が揺れる。
さてそろそろ白銀の様子を見に戻ろうと、腰を上げると、魔樹が木のツルを袋に突っ込んだ。だが袋がそれを弾きだす。慌てて「大丈夫か?!」と、魔樹に声をかけ、木のツルを確認するが、怪我はないようだ。
魔樹の不可解な行動に「どうしたんだ?」と声をかければ、木のツルが『マセキ』と文字を指し、続いて『カワ』と指した。
「魔石と皮が欲しいのか?」と問えば、ザワザワと木の葉が揺れる。
袋から魔石とウサギの毛皮をだすと、木のツルが、俺を木の扉の横に運び、そこにできていた穴を指した。
「これを穴に入れればいいのか?」と問えば、ザワザワと木の葉が揺れる。
穴の中に、魔石とウサギの毛皮を入れる。再び木のツルが『マセキ』『カワ』と文字を指した。その催促に苦笑いしながら、魔樹が求めるまで、穴の中に魔石とウサギの毛皮を入れ続けた。
次の日の朝、机にあった服をみて、魔樹に感謝しまくったのは、いうまでもない。
明日は、別小説の更新をするため、お休みです。