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チーウルフたちのしつこさには、驚いた。
あれから刺激臭なしの煙玉を2個使い、木の上へ避難した。
俺の全速力なんて、たかが知れている。しかも、すっごく重い白銀を抱えているのだ。野生の狼に追いつかれるのは、当然の結果だった。
しかも、木の上だと、なぜか見つからない。
知能が高いとの情報だが、所謂、狼の中ではということだったのだろうか。
血の匂いが充満しているので、チーウルフたちが、その場を離れることはなく、ただ時間だけが過ぎていた。
残念ながら俺お手製の煙玉は、あれが最初で最後だったのだ。
身を隠した木の上で、匂いの跡をたどるチーウルフたちの姿に、あきらめてくれと願うしかなかった。
「キャン……」と、白銀が俺の胸元で弱弱しく鳴くが、翻訳の玉の効果は切れていて、白銀がなにを訴えているのかは、わからない。
止血は、回復玉のおかげで止まったが、完全に傷を治すまでには、至らなかった。
ポイントが不足したようだ。これがいまの俺にできる限界だった。
所有ポイントの可能な限りで、こいつの怪我を治すものが欲しいと、願った。
イチかバチかの賭けだったので『承りました』の機械音が流れた時は、思わず「よし!」と、ガッツポーズをした。身体の傷を治すものを購入できたのは、これがはじめてだった。
傷を治すものが、相当高価なものであることは、過去に撃沈した事実から把握していた。状態異常解除の10ポイントが、異常に安すぎるのだ。副作用はないと信じている。お届け便の価格基準は、ほんとうに謎だ。
所有ポイントの可能な限りと、とっさに言葉をつけ足したのは、上出来だった。
お届け履歴の確認はしていないが、おそらく所有ポイントの範囲で治療する回復玉ができたのだと思う。
ただの直感だが、これはもう使えない気がする。
まだチーウルフが、付近を捜索しているため、この木の上で、夜を過ごすことを決める。
なにげに、安全地帯以外で夜を過ごすのは、この世界にきてはじめてだった。
白銀の身体を考えれば、安全地帯に戻りたかったが、身を守るアイテムもポイントもほぼないいま危険を冒すことはできず、苦渋の決断だった。
狭い木の上で、簡易的な食事をすませ、膝の上にいる白銀に声をかける。
「おまえ、このままだと死ぬぞ」
俺の言葉は理解できているのだろう。瞼を開き俺を見るがすぐに閉じる。
木の皿にある果物はおろか、水さえ口にしようとしない。
魔物に、負荷が適用されるのかは、わからないが、水分を取らないのは、まずい。
あれか? さっき無理矢理、回復玉を口に押し込めたのが、気に入らなかったとか?
いや、あれは治療で必要な行為だったのだから、俺は悪くないぞ。
この体勢か? 膝の上だから水が飲みにくいとかか?
さすがに、このスペースで2人分を確保するのは難しいんだが……。
考えたすえ「大サービスだからな」と、木のスプーンで、水をすくい、白銀の口元によせる。
俺の行為に戸惑っているのか、白銀がチラチラと俺の顔とスプーンを交互にみる。
じっと待っていると、白銀が口を開いた。
水を飲んだことに「よし。えらいぞ」と褒め、そのあとも何度か水を口に運び、果物も素直に食べた。
気がつけば、用意したものはなくなり、白銀に「おかわりは?」と聞いていた。
白銀は、目を伏せ、身体の力を抜くように俺にもたれてくる。
これはもういいということだろうか?
そうとらえ「よく食べたな。ごちそうさま」と、白銀の毛をなでた。
動物を飼ったことはないが、餌付けって、楽しいかもしれん。
どれぐらい寝ただろう。
まだ日は昇っていないが、早朝なのだろう。森が朝の活動をはじめていた。
さすがにチーウルフたちも、あきらめたようだ。気配が消えていた。
それにしても身体のあちらこちらが痛い。
唯一動く首を回しながら、座りながらの就寝は、今後は避けたいと思った。
白銀を腕に抱えながら、安全地帯に足を踏み入れた。
瞬時に森林が大草原へと変化する。拠点の象徴である魔樹が、遠目からでもしっかりと見え、帰ってきた安心感に包まれる。
これで一安心。魔物たちに襲われることはない。寝ている白銀を抱えなおし、拠点に向け足を進める。
そしてはたと気づいた。白銀は魔物だ。安全地帯に入ることは不可能なはず……。
慌てて、白銀の様子をうかがうが、特に変化はない。弱弱しくも規則正しい呼吸と体温に安心する。
害がないとの判断か? だとしたら、鳥や虫がいないのは説明がつかない。
俺が抱えているからとか? まさかな……?
まあ、その辺は、白銀が元気になってから考えよう。
だんだんと魔樹が近くなる。
大きく育ったなあと、まじまじと見上げ、どこまで大きくなるのか楽しみだとも思う。
世界一高い木はたしか……某女神を超える大きさなんだよな。
ザワザワと、木の葉の音が聞こえる。魔樹が、俺の姿を確認したのだろう。
いつもより大きな木の葉の音が、心配したよーと、言っているようだ。
「ただいま」
白銀を腕に、魔樹へ帰宅の挨拶をした。