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昨日のフラグを回収することはなく、北の湖付近についた。
めぼしいものは、胡椒の実を見つけたことだ。大量に摘み、袋へ入れる。帰宅したら、魔樹にお願いして、すり鉢を作ってもらおう。魔樹への依存率の高さがわかる。
うん? 少し先にある湖畔に近づく、複数の生物の気配を察知する。身を隠しやすい大きな木に登り、息をひそめた。
しばらくすると、灰色の集団が、姿を現した。
鑑定が可能な距離のため、情報を入手する。
チーウルフ、狼の一種で、魔物。知能が高く、群れで行動する。灰色の毛が特徴。
1匹、集団の中で、明らかに毛色がちがうのがいる。白銀の毛をしたチーウルフが、仲間割れをしたのか、追いつめられていた。キャンキャンと、鳴きながら、必死になにかを訴えているようだ。
一触即発な雰囲気に、これは困ったなと、頭をかいた。日没の時間を考えれば、そろそろ戻らないといけない。胡椒に時間をかけ過ぎたことを悔やみつつ、灰色集団の様子を木の上からみることにする。
ありゃりゃ、ボコボコじゃないか。
リンゴを齧りながら、チーウルフたちの争いを見物していた。
白銀1匹に灰色6匹は、避けようがない。どう見てもふりだ。まあ、健闘はしているが……。これはそろそろ決着か?
一方的な展開に同情はするが、これも運命。これが弱肉強食の世界だと思う。
食事をしないと、精神負荷がかかるのも一理。この世界のルールなのだからしかたない。
次の果物を食べようと、袋に手を入れ、物色する。
少し小さい形に、木苺かと確認もせずに口へ運んだ。ガリッと、噛み砕いた音に、あーっ、お決まりのパターンねと、思った。
口に入れたのは、翻訳の玉だった。
先ほどまでの鳴き声が、日本語に翻訳されて聞こえる。聞きたくなくて、耳をふさぐが、聞きなれた懐かしい語音に、つい耳が傾く。
ほんと、この場面で、翻訳されるなんて、鬼かっ! とも思う。
白銀が「おれじゃないっ。おれはしらない。どうしてっ」と、ボロボロの身体で訴えていた。後ろ足を引きずっている姿は、かなり痛々しい。
チーウルフたちの中でも、一際大きな体格をした灰色が「うるせぇ。そんなこと、どーでもいいんだ。おまえさえ、消えれば、次のボスはオレだ! 弱っちぃくせに生意気なんだよっ! ぎんの毛が、なんだ! ボスもおかしいぜぇ。なぁ、みんな!」と言えば、他の灰色たちが、それに賛同する。「まさか罠にはめたのかっ……」と、白銀がお決まりの言葉を発する。
「さあ、オレはしらないなぁ」大きな灰色のその言葉が合図だったのだろう、白銀にむけて、いっせいに攻撃がはじまった。
その前からボロボロだった白銀は、ほぼ抵抗もなく、やられていく。
「……」
「死にたくないっ。だれか助けてっ!!」
あー。もう、はい。助けますよ!
チーウルフの集団の中に、弓矢を数発放つ。
バシバシッ。バシッ――。
「弓矢? 人間が魔の森にいる! どこにいる! 探せ!」
大きな灰色が、他の灰色たちに指示をだす。警戒心マックスのチーウルフたちが、付近の捜索をはじめた。
さすが魔物。俺の弓の腕では、身体にかすりもしない。ガッツリ狙ったのに……。
自信があったぶん、地味にへこむ。今度、魔樹に練習用の的を用意してもらおう。
さてさて、次こそ本命。
袋に手を突っ込み、白い玉を取り出す。袋への信頼が揺らいだので、念のため鑑定で確認する。
よし! まちがいない! あとはタイミングだ。
木の上でチーウルフの行動を観察し、その時を待つ。
チーウルフたちは、慎重に少しずつ、捜索の範囲を広げていく。俺がいる木のそばにも、チーウルフたちの捜索がはいり、緊張が走る。
見つかれば、木の上をつたって逃走だ。悪いな白銀。時には苦しい決断が必要な時があると、気障にきめていたが、チーウルフたちは、あっさりと俺のそばを離れていった。
あいつら、魔物で狼だよな。危機管理能力、気配察知は……。もう少し時間をかけようぜ。遠ざかっていく灰色を背にいらぬ心配をした。
チーウルフたちの焦りがみえはじめた。いるはずの人間が、自分たちの捜索に引っ掛らない。捜索範囲が広がっていく中で、捜索中も1匹で白銀を痛め続けていた大きな灰色が、とうとう動き出した。
白銀との一定の間隔を確認し、白い玉を大きな灰色へ投げつける。
辺り一面に、白煙が舞い上がった。
「なんだっ。前がみえない。臭い! 臭い! 鼻がきかないっ」
だろうよ。なんせ苦労して合成した俺お手製の煙玉だ。
白煙はもちろん、強力な刺激臭で鼻が利かなくなるのだ。強敵にであった時の逃亡用に所持していたのだ。
ただ刺激臭対策をしている俺でも、鼻が歪みそうだ。これは改良の余地があるな……。
チーウルフたちの混乱をよそに、白煙の中、白銀に近づく。その痛々しい姿に「遅くなってわるいっ」と、そっと胴体に手を入れる。傷ついた身体に負担はかけたくないが、この場合はしかたない。
「だれだ……。おまえっ……」
「助けてやるから、静かにしろ」
ほぼ無意識に近い状態で、白銀が俺を威嚇する。
その気の強さ、気に入った! 絶対に助けてやろう!
意識をなくした白銀を担ぎ上げ、その場所を離れる。そろそろ煙玉の効果が消える頃だ。
白銀が予想よりもはるかに重く、思ったより距離を稼げなかった。
徐々に白煙がはれ、俺たちの姿がチーウルフたちに見つかる。
「いた! あそこだ! なぜ気配を感じれなかった! 殺せ!」
げっ。見つかった。
チーウルフたちが、すごい早さで追いかけてくる。
やはりそうなる展開なのかー。くそっ!
俺は渾身の力をだし、全速力で逃げるのだった。