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雨の様子を見に、木の扉から外へ出てみる。
ザーッ。ザーザーッ。
雨脚が激しい様子に、今日の探検は難しいと判断する。雨に濡れることはない、大きく広がった樹の下で、幹に背をあずけ、静かに目を閉じた。
しばらく自然を堪能したところで、雨の恵みで、十分な水を確保している樹に、ここ最近の習慣がでてしまう。
腰にある袋から水を取り出すと、瓶の中にある水をすべて樹の根元にかける。立派すぎるほど大きく育った樹に「ありがとうな。大きくなれよ」と、いつもどおりの言葉をかけた。木の葉がそれに応えるように、ザワザワと動いた。
たった7日で、拠点に大きな樹がそびえ立ち、住居ができた。
7日前――。
一日のルーティンを終え、就寝の準備に入っていた。
蔓で作成したベットに、横たわる。寝つきはいいほうだが、やけに目が冴えていた。鹿と対峙した興奮が、まだ冷めていないのかもしれない。あと一歩だった。追い詰めたあの場で、左上の岩場に飛び乗るとは、想定していなかった。次は絶対に仕留める。鹿肉だ。鹿肉、待っていろよ。月明かりの中、拳をあげる。
さて明日も早いと、気持ちを切り替えて目を閉じるが、やはり眠れない。別のことを考えようと、拠点のレイアウトを想像する。――あそこが台所で、リビングは大きくて、トイレは――。ここには、ソファが欲しい。『ポイントが――』との機械音声で、現実に戻される。
せっかくいい気持ちだったのにー。夢ぐらいみたっていいじゃん。水を差すなよな。だけど、拠点の目印? 象徴みたいなものがあってもいいよな。ここ何もねぇもん。例えば、じっちゃん家の庭にあった立派な桜の木――。いや、あれよりも大きく立派で、全てを包み込むほどの大きさで、生命力に溢れた木が、拠点の象徴でそびえ立っていたら――。カッコイイ! まじ欲しくなるわ。
『承りました』
ドンッ。
枕元に木の苗が現れた。
慌てて、身体を起こす。いまのは希望的観測だろ。
それでもヒットするんですか……。肩を下げ首を落とす。
欲しい関連は、もう少し慎重に考えて使わないと、まぁ届いてしまったものは仕方がない。
いまのポイントで届くとなると、この世界の素敵アイテムか?
月明かりの中、木の苗を凝視するが、心なしか弱弱しく感じる。なんだか瀕死寸前に見えるんだが?
嫌な予感がして、鑑定すれば、枯れかけた木の苗とでた。
「おいっ!」思わず声がでる。
お届け履歴を確認すれば、木の苗、0ポイントとなっていた。ご丁寧にグレーアウトもされ、入荷予定なしとの表示もある。
えっ、まさかの処分品ですか? 0ポイントの意味を考えるが、なにも思い浮かばない。
まぁこれも縁だしな。枕元にある袋から木の棒をだして、寝床のすぐそばに穴を掘る。連日の落とし穴作りで、穴を掘ることには慣れたもので、スムーズに穴ができた。いまにも折れそうな幹に気をつかいながら、木の苗を植える。袋から水をだすと、瓶の中にある水を惜しみなくすべて注いだ。「頑張って、生きて、大きくなれよ」と、声をかけて、その日は就寝した。
翌朝、身体の右側が少し浮いているような違和感で目が覚める。
なんだ? と、目を開ければ、木の葉が視界にはいった。
まじかっ。木の生長ぶりに驚く。
「おまえ、素敵アイテムなのか?」と、寝ながら腕を伸ばし、木の葉をさわり木に語りかけるが、返答はない。
ギッギギッ、ギィー。
いやな音がした。蔓のベッドの右側を確認すると、一部の蔓が折れ、木の根元が見えていた。
「あぁー。超大作だったんだぞ」と、木に愚痴をこぼしながら、ベットから降りる。
腕一本サイズから、俺の胸元ほどに育った木をみて、地球の常識とはちがうのだと改める。
まさかこんなに成長が早いとは、寝床のそばを選択したのは、間違いだった。
ベッド動かせれるか? あぁ、無理そうだ。蔓が根に絡まっている。ベットは諦めよう。冗談でも、目が覚めて起きたら、俺が木の下なんてこと……ありそうでこわい。今日は地面で寝るしかない。
この木は大きくなりそうだ。根の張りかたが、他とはちがうようにみえる。木を育てたことはないけどな。一つ気になるのは、幹の細さだ。若干、元気がないきがする。鑑定をすると、栄養失調な幼木とでた。
成長過程でなにが必要かは、わからないが、植物は水だろう! と、瓶の水を半分、根元にかけた。
「悪いが俺も飲まないと精神が壊れるんだ。だからいまは、半分づつな。出かける前にたっぷり水をやるからな。負けずに、大きくなれよ」と、声をかけた。
3日目になると、俺の身長をはるかに越え、成木に成長していた。
「おまえ大きくなったなぁ」と、木に話しかけ、水をやる。これは朝晩の習慣となっていた。
4日目、5日目と、どんどん成長していく木に、瓶1本の水だけで大丈夫かと心配になったが、健康チェック代わりの鑑定には、成木とでるだけで異常を警告する情報はなかった。
変わったのは、幹の間にできた窪みが、俺の新たな住居になったことだった。
6日目、ポツッポツとの小さな水の音で目を覚ます。
少し肌寒さを感じながら、幹の窪みから身体をだし、草原を確認する。
太陽は雲に隠れ、ぱらぱらと雨が降っていた。この世界にきてはじめての雨だった。
安全地帯でも、外部の天候に左右されるのかと思いながら、この雨なら外へ出れるなと、朝食の支度をする。
ふと幹の奥に目を向けると、木の取っ手ができていた。目を擦って、もう一度見直すが、見間違いではない。
おい、おいっと、突っ込みながらも、木の取っ手を掴み、扉を開いてみた。
そこには大きな空洞があり、外の明かりが微かに入っていた。
日本へ帰還できるかもと、少し期待した分、感動が薄れてしまったのは、反省した。
雨が強くなり、少し早めに拠点に戻った。木に「ただいま」と挨拶をして、木の扉を開ける。
今朝は何もない空洞だったが、木のベッドができていた。
もう驚きはしない。鑑定しても木のベッドとしか情報がでない。
鶴の恩返し、もとい、木の恩返しなのか。
7日目、木のベッドの上に、ウサギの毛皮を敷き詰めてみた。獣臭いが、快適な睡眠がとれた。
こんなにも長く寝たのは久しぶりだと、ベッドの上で伸びをする。
昨晩から強くなった雨はどうなっただろうと、外の様子を見るためにベッドから起き上がる。
ん? なんだあの黒いもの。目を凝らしてよく見ると、木の机ができていた。
立派な机だが、椅子がないことに気づく。製作段階なのかと思い「ありがとうな。助かるよ」と声をかけ、木の扉から外へでた。
今日の鑑定には、愛情たっぷりに育てられている樹木とでていた。