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「冗談でも……いや、本音だったんだけど……。人の不幸を願うのって、最低だよな……。人を呪わば穴二つって言葉が俺の世界にはあって、人の不幸を願えば、やがて不幸が自身に返ってくるって、意味なんだ。まじで腹は立つけど、強制したかったわけじゃないんだ」
俺の落ち込みように、白銀が俺の顔を舐め、身体に寄り添い、魔樹のツルが、優しく肩を叩く。
こいつらなりに励ましてくれているようだ。
「おまえら、いいやつだな」
白銀と魔樹のツルをまるっと抱きしめ、心を落ち着かせる。
――そうだ。まだそうなると、決まったわけではない。
承りの機械音は流れたけれど、お届け履歴にそれらしき表示はなかった。
前にも――かわいい相棒みたいなと、盛大なフラグを立てたけど、現時点でもお届け履歴に表示されていない。
受付後の発送キャンセルの可能性も捨てきれない。
チラッと白銀を見る。文句なしにかわいいけど、フラグの回収ではなかったようだ。
ほんの少し、そうかなーとも思ったけど、魔樹のように、お届け履歴に表示されないので、勘違いのようだ。
傷が癒えたら、森に帰す予定だし……寂しくなる。
本音は、ずっーと一緒にいたいけど、そこは白銀の選択を尊重する。
ただ、日に日に野性が、薄れているような気はする。なんだろう。狼の威厳? 風格? が、なくなったような……。俺のせいではないよな?
俺の凝視に「キャン?」と、白銀が首を傾ける。
ああーあざとかわいい。こいつまじで、狙ってないか。絶対かわいいポイントを抑えているよな。
白銀のペット化が、加速しつつある。
選択云々より先に、森へのリハビリを視野に入れないといけないかもしれない。
「あっ! ああーー!!」と、本日一番の絶叫をあげる。
膝の上にいた白銀が、その声にビクッと反応し、魔樹のツルが、俺の肩付近で中途半端に止まっていた。
「わるい。わるい」と、二人に謝るが、その一方でふつふつと怒りが込み上げてくる。
いま気づいた。人を呪わば穴二つなんて、他人様に迷惑をかけるなんてと、すごく気にしていたが、いるのだ。
俺の能力が届く範囲で、俺をこの世界へ飛ばしたやつが、存在するのだ!
自然的怪現象で、たまたま俺の家の玄関が、この世界に通じた可能性も考えていたが、やはり誰かが関わっていた。
意図的だったのか、偶発的だったのかは、さておき、世界を渡らせる能力があるなら、俺に説明ぐらいあってもいいと思う。
くぅー。考えれば考えるほど、腹が立つ。拳をプルプルさせ、怒りを抑えるため、緑の玉を飲んだ。
すっと、熱が冷めたように、冷静になる。
もういまさらだ。俺はこの世界に来てしまったし、いまは魔樹の助けもあり、生活ができている。
たしかに、何の説明もなく、急に異世界へ連れ出した謝罪はしてほ……謝罪いると思うが、それだけだ。だけど――サクッ。
また負の感情が、湧いてでそうなため、慌てて、袋からリンゴを取り出し、噛りついた。サクサクッと、リンゴを食べる咀嚼音が、部屋に広がる。
やはり状態異常解除は、常備するに限る。コスパのいい緑の玉の評価が、また上がる。
雨で探索ができなかったので、基礎本を訳しつつ、試しに半日ほど食事を抜いてみた。いまの俺のレベルでは、半日も精神負荷に耐えられないようだ。
まだまだ精進が必要だと、追加の果物を口にした。
翌日の夕方――。
今日の探索を終え、安全地帯に足を踏み入れた。
しばらく歩いていると、魔樹の方角から「ワオーーン」との遠吠えが、聞こえた。
白銀が、俺の姿を見つけたようだ。
数分もしないうちに、白銀が俺の元へ来るだろう。
傷が完治するには、まだ時間はかかるが、走れるほどには回復している。
比較的安全な西側エリアなら、連れ立ってもいいかな。
魚も食べたいし、よし明日はさか――。
『お届けが完了しました』
聞きなれた機械音が、頭に流れる。
しかし、いつもとちがうアナウンスに戸惑いを隠せない。
えっ? 俺、キーワードを発してないよ? えっ? 無意識に願った? いやいやそれはないよな?
疑心暗鬼になりつつも「お届け履歴」と発する。透明なプレートが、目の前に表示された。履歴をスクロールすると、昨日届いた商品の中に、疑似体験0、入荷予定なしとのグレーアウトされた表示を見つけた。
どういうことだ? 俺は、疑似体験なんてした覚えがないぞ。いまからか?
いやちがう。アナウンスは『お届けが完了しました』だ。
疑似体験は、もう終了しているんだ。
あっ! もしかして、俺をこの世界へ飛ばしたやつが、俺と同じ経験をした?
たしか――俺と同じ経験を1日と願った。
正確にはわからないが、昨日願った時間帯と、ほぼ同じ時間帯だ。
うわぁー。悪いことをした。俺をこの世界へ飛ばしたやつ、すまん! 手を合わせ、合掌する。
けれど、疑似体験でよかった。俺と同じ状況になったら、しゃれにならん。それに申し訳なさで、精神的に死ぬ。まじで、疑似体験でよかった。
ん? あれ? お届け便さん? なにかをお忘れではないか。一番大事な、誠心誠意の謝罪は、どこへ届けにいった?