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お届け便  作者: フクフク
本編
1/23

1




『ポイントが不足しています。チャージして下さい』


「なんでだよ……」


 もう何度目になろうか、聞き飽きた機械音が耳に流れる。

 大草原の中、スウェット姿の成人男性が、独り頭を抱え地面に身体を投げた。


「まじで詰んだ。やべぇー……。ネガティブなことしか浮かばない。あぁーー、もういやだーー」


 叫ぶだけ叫んで、気持ちを落ち着かせたあと、身体を起こして、髪についた砂埃を振り払う。このままだと体力よりも精神が病む。冷静に、いま起きている状況を整理しよう。何かヒントがあるはずだ。

 頭に手をあて考え込むスウット姿の男のそばで、空になったピザの箱と、透明な瓶に入った水が、暗闇の中、月の光に反射して光っていた。




 土曜の昼間、BGM代わりのローカル番組をつけ、コメンテーターの発言に「それはちがうだろ」と、独り言を呟きながら、普段とほぼ変わらない休日を過ごしていた。少し違う点は、遅く起床をしたことだった。

 昨日、半年以上も粘り続けた大型企画が通り、同僚たちと前祝いをした。今後の仕事量を考えれば憂鬱にはなるが、それよりも企画が通った喜びと、この企画を大成功させるとの一致団結した思いが強く、同僚たちとの絆を深めた楽しい夜になった。

 お酒の量も増えたが、自他ともに認めるザルのため、前日のお酒は抜けきっていて、起床時には、ただただお腹が空いていた。時間も時間なので、手っ取り早くお腹を満たすため、ポストに入っていたチラシを思い出し、朝食兼昼食のブランチに、宅配のピザを選択した。

 ピザが届くまでの間に、顔を洗い、身支度をすまして、今日は一日家だなと、レンタル店で借りた映画を見る準備をする。独身男性のごく一般的な休日を過ごす予定だった。


『ピンポーン』


 呼び鈴が鳴り、画面越しに配達員を確認する。


「はい」

「高橋さん、ピザの配達です」

「いま行きます」


 きたきたきたっ! と、小躍りしたい気分で、玄関に向かう。お腹はすでに最高潮に空いていた。

 玄関の施錠を外し、ドアノブを押すと、辺り一面に草原が広がっていた。

 ――そっと玄関の扉を閉める。


「疲れているのかなっ。はっははは……」


 頭を掻きながら、乾いた笑いがでる。ハッと、背後を見渡し、部屋に違和感がないことに安堵する。

 目の錯覚? 脳がやられたか? 昨日飲み過ぎたか?

 考えにふけていると、コンコンと、扉を叩く音とともに「髙橋さん?」との配達員の怪訝な声が、扉越しに聞こえた。「はい。いま出ます」と、ドアノブに手をかける。

 玄関扉が、やけに重く感じ、手のひらは、汗をかいていた。ゴクリッと、唾液を飲む音が、やけに大きく聞こえた気がした。

「嘘だろっ?!」と、眼下に広がったリアルな風景に、思わず声が出ていた。掴んでいたドアノブに力が入った。




 玄関の扉を開けた先は、広大な草原でした。


 完。




 冗談を言える余裕はあるんだな、俺。

 人間、非現実な事が起きると、割と冷静になれるって、誰かが言ってた気がする。正にそれ、正論。

 驚きが一周して、なぜか落ち着いた。

 いまの科学技術で、この風景を再現することは難しい。草は自然と風に揺れているし、緑の匂いがする。これを再現することは不可能だ。

 所謂、SF的展開だな。よし確定。

 それでだ。どうするよ俺。このままだと家から出れないだけではなく、生存の危機だ。外部との接触ができない。すなわち食料を調達できない。つまり詰む。一時的な現象なら、俺の七不思議で終わればいい。永続的であれば……。

 待てよ。ベランダはどうなんだ? ――とりあえず、ドアノブを持ったまま考えるのはよそう。誰もみてないが滑稽すぎる。一旦扉を閉めて部屋で対策を練ろうと考えた瞬間、突風に襲われた。


「うわぁー」


 やべぇー。そう気づいた時には遅く、突風で扉が大きく開き、玄関から足を一歩、踏み出していた。それと同時に握っていたドアノブの感触が消え、背後の部屋も草原となり、スウェット姿のまま放り出された。


「お決まりのパターン。はっははは……」


 乾いた笑いが辺り一面に広がり、空気を読まないお腹がギュルギュルと鳴る。

 最後に食した物は、きゅうりの漬物だっけ? 最期の晩餐が酒の肴かよ。食生活の反省はあとでするとして、いまは、どう帰るかだ。

 思考を切替え、見渡す限りの大草原を前に、腰を据えた。




 ――数時間後。

 何の進展もないまま、夕暮れが迫っていた。暗闇に不安が募る。

 この場所から動くのは、得策ではないと結論づけ、じっと留まってはいたが、いっこうに何も起きないストレスに、先行きが見えない不安、空腹のイライラ感で限界が近づいていた。昼間の出来事が、数日前の感覚だった。


 ふと、ピザの配達員は、もう帰ってしまっただろうかと思った。返事はあるのに開かない扉を前に何を思っただろう。悪いことをした。

 俺が注文したピザは、破棄されたのだろうか。ピザを想像しただけで、口に唾液が溜まり、お腹がギュルギュルと鳴った。


「食べたいな。欲しい(・・・)な。ピザ」


『承りました』


「へぇっ?」


 突然、頭に機械的な音声が流れると、俺の足元にピザの箱が現れた。

 状況に頭が追いついていないが、箱の中からただよう匂いにつられ、理性よりも先に本能が動いた。

 ゴクリッ。もう我慢の限界だった。


「うっまぁ。ピザって、うっま!!」


 箱の中身は、俺が注文した新メニューのピザだった。ピザを口に次々と運び、無我夢中で食していると、器官にピザが詰まった。


「ゴホッ。ゴホゴホゴホッ。ゴホッ。みっ、みず、水が欲しい(・・・)


『承りました』


 機械的な音声とともに、透明な瓶に入った水が現れる。

 何の躊躇もなく、瓶に口をつけ、水を飲む。

 ハァーー。大きく息を吐いた。お腹が少し満たされたことで、気持ちに余裕ができる。残りのピザは、ゆっくり味わいながらたいらげ、水も飲みほした。

「ごちそうさまでした」手を合わせ、感謝する。

 お腹が満たされた満足感と、帰還の糸口が見つかった高揚感に包まれる。

 たくさん検証をしていたが、まさかこの言葉が、キーワードだったとは。


「家が欲しい(・・・)


『ポイントが不足しています。チャージして下さい』


「オッシャ。当たり!」


 大きくガッツポーズをする。

 これで帰還の糸口は掴んだ。あとはこの能力をどう活用するかだ。時間はある。それにこの場所は、安全地帯(セーフエリア)であると思われる。

 留まっていた間、動物や生物の気配が全くしなかったのだ。広大な草原で、鳥や虫の声が聞こえないとは考えにくい。どこまでが安全地帯かは謎だが、俺が大の字で寝転んでも大丈夫な範囲で、安全なことは確認できている。。


「さてそれでは検証! テントが欲しい(・・・)


『ポイントが不足しています。チャージして下さい』


「うん。まぁ初期で、テントは難しかったよな。では、寝袋が欲しい(・・・)


『ポイントが不足しています。チャージして下さい』


「おいっおい、待てよ。寝袋でポイントが不足……。――毛布が欲しい(・・・)


『ポイントが不足しています。チャージして下さい』


「タオル――。ハンカチ――」


『ポイントが不足しています。チャージして下さい』

『ポイントが不足しています。チャージして下さい』

『ポイントが不足しています。チャージして下さい』

『ポイントが不足しています。チャージして下さい』

『ポイントが不足しています。チャージして下さい』




 ――冷静にいま起きている状況を整理して、振り返ってみたけど、ヒントどころか、俺の能力、ピザと水で終了したっぽい。えっ、まじで詰んだか?

 ポイントをチャージするにも、方法がわからないし、手探りにも限界がある。説明書みたいな、なにか能力を解読するものが欲しい(・・・)


『承りました』


 コロッ――。

 俺の足元に、白いビー玉のようなものが現れた。

 えっ?! いま俺、何か発言したか? えーーっ、待てよ。思考も反映されるのか?! 新しい発見だ。

 となれば、これは、ただの白い玉ではなく、能力の説明書ってことだよな。足元に転がっている白い玉を手のひらに乗せ、見つめること数分。何も起きない。

 本やアニメなら、パァっと光って、何かでてきたりするのが、お約束じゃないの。

 まあ、そんなに甘くないって、わかっていたけどさ……。設定難易度高すぎないか?

 ねぇ誰か、その説明をして欲しい(・・・)な。


『ポイントが不足しています。チャージして下さい』


 現実は、俺に厳しい。






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