人前でのキス
「失礼します。早瀬光一です。」
光一は瑠花の左側に座った。
「健ちゃん、紹介するわ。
彼が私の恋人の光一よ。
嘘ではなかったでしょ」
「本当に瑠花の恋人かい?」
「はい……」
「証明できるか?」
「……」
「恋人でなかったらこんな事は、
出来ないでしょう」
瑠花が光一の首に手を回してキスを
してきた。
まさか人前でキスされるとは思ってなかった光一は、ビックリした。
「光一は健ちゃんとは違って
純情なのよ。そこに私が惚れたのよ。」
健ちゃんは友達。
男女間の友情は存在しないと言うけど、私と健ちゃんは友情で結ばれているんだよ」
「俺の片思いだったと言う事か……。
分かった。
これからは、付きまとわない。
友達して瑠花の側にいるよ。
おい、光一よ。
瑠花を幸せにしてくれよ。
不幸にしたら許さないからな」
健一は一気に喋ると、椅子をガタッと
引いて席を立って出口へ向かう。
「光一、店を出るまで演技続けて。
ステーキを食べてビール飲みながら
恋人の役を続けてね」
「分かった」
ステーキが運ばれてきた。
分厚いサーロインステーキでミディアム。
久しぶりのステーキに光一は舌鼓を打った。
ステーキを食べると身体の中からエネルギーが湧きだしてくるようだ。
恋人の役を演技して、相手がすんなり引き下がった事で、一気に緊張が揺るんで
アルコールの酔いがいつもより早い。
そろそろ、この店をでなければと光一は思った。
「もう少し、良いでしょう。
このビールを飲んだら帰りましょう」
瑠花が生ビールを二杯注文した。
早くビールを飲みほして、明菜の待ってる場所に行こうと、光一は飲むスピードを早める。
その時、テーブルに置いてある光一のスマホからメールの着信音が鳴った。
「光一、メールがきているよ」
瑠花が呼び掛けても、光一は眼を閉じて首を30度傾けて反応しない。
「困った人ね」
ニヤリと笑いながら瑠花は、テーブルに置いてある光一のスマホを手に取った。
そして新着メールを開いた。
『光一さん。仕事は時間通りに終わりそうなので、待ち合わせ場所には9時30分前に到着します』
「残念ねぇ」
ボソッと呟きながら、瑠花は返信メールに入力している。
『ごめんね。仕事が急に入って行けなくなってしまった。この埋め合わせは後日するからね』
「よし!」
そう呟きながら、瑠花は送信ボタンを押した。
予定より早く仕事が終わり明菜はロッカーから、社員割引で買ったケーキを出しテーブルの上に置いた。
鼻歌を歌いながら、いつものように、お店の暖房器具の電源を落とし、部屋の電気を消す。
「点検良し」
小さく呟きながらお店のドアを閉めて
鍵をロックした。
外に出ると、真っ暗な空から粉雪が舞い落ちてきた。
粉雪は歩道に吸い込まれて行く。
風があるのか首筋に、粉雪が当たった。
「うっ、寒い」
『ガラガラ……』
明菜は、身体を震わせながらシャツターを降ろして、いつものように、鍵を締めようとするが締まらない。
「アレッ? 変だな」
シャツターを上に持ち上げて、再び鍵を差し込んだ。
今度は、すんなり鍵が閉まった。
「よし!」
そう呟きながら、鍵をバッグにしまいスマホを取りだした。
仕事が早く終ったので、予定通りに待ち合わせ場所に行ける、と明菜は光一にメールをした。
瞬時に光一から返信メールが届いた。
顔をほころばせながら、
メールを開いた明菜の顔が一瞬曇った。
「うん、大丈夫よ」
自らを奮い立たせるように、
半回転する。
『ドーン』
左手に持っていたケーキの箱が、知らぬまに通行人にぶつかった。
「ご、ごめんなさい」
ケーキは無惨にも箱から半分はみ出して
路上に転がった。
箱には1回転して転がった反動で、泥水が付着している。
明菜は、茫然としてケーキの箱を見つめていた。
「大丈夫ですか?
ごめんなさい。避けきれなくて」
「いえ、私が悪いんです」
そう言った明菜の瞳からは、
大粒の涙が溢れていた。
男は自分の手提げ袋を軒下に置いた。
そして、手提げ袋からビニールの
袋を出した。
「このケーキは駄目だな」
男はそう言って、
破れたケーキの箱の一部を破いた。
それを手に取り路上に
散乱している泥の付着している
ケーキの破片を1ヶ所に集めた。
そしてビニールの袋に入れだした。
「大丈夫です。私がやります」
「大丈夫だ。通行人の邪魔に
なるから、少し下がっていて。
ぶつかった腕は痛くは無いかい?」
「はい。大丈夫です」
やっと冷静になった明菜は、その男の顔を見つめた。
その男は睫毛が女性みたいに長くて美形だった。
(アレッ、誰かに似ているな?)
『あっ! 』
明菜は、小さく呟いた。