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孤独の逃夜行

友との秘密基地は今

作者: 渡 遊歩

男はまたも夜に旅に出る。今宵は車に乗り高速をひた走る。


 今宵も私は逃避行をする。夜なのだから逃夜行とでも名付けようか。



 仕事に悩殺される日々が続いていたが、ようやくひと段落着いた、ような気がする。少なくとも、しばらくは忙しさに追われることは無いだろうと私は心底安心しているのだ。

 都会は、昼夜を問わずせわしない場所だ。日をまたいでも電車は動き続けているし、街から明かりがなくなることは決してない。不夜城とはまさに、ここ、この場所のことなのだと思う。

 この空間の中にいると、私という存在がどんどん薄れていって、最後には消えてしまうかのように思えて私はときどきうすら寒くなる。私が街という空間を、この歳になっても内心で好きになり切れないのはそこなのだろう。

 だから、明日が休みという時に、よく街から逃げるようにどこかへと流れていくのは私にとってごく自然なことなのだった。

 家族に、今日は家で過ごさないことを伝える。家族が、私がそういう癖があることを理解してくれている節があり、私を止めたりは特にしない。とてもありがたいと思っていて、私はそれに甘えているのだ。

 車に乗り込み、高速に乗る。夜の高速、街灯が指し示す夜闇のアスファルト上を快速に飛ばす。少しずつ街の明かりが遠ざかっていくのがなんとも胸がすく。

 街から離れ、山道に入った。街の明かりは山の向こうに消え、私の車のヘッドライトの照らす目の前だけしか見えなくなる。興味本位で、ヘッドライトを消してみた。瞬間、当たりは一切の闇に包まれる。底知れぬ恐怖を感じ、すぐにライトをつけた。吸い込まそう、とはこのような気持ちなのだ。軽い気持ちでやることではない。

 ときどき、パーキングエリアで休憩。眠気覚ましにコーヒー缶を一本。自動販売機の明かりが目に痛い。ぽつりとたたずむパーキングエリアには孤独が満ちていた。

 また走らせて、高速を降りて、山の中、一つの公園の駐車場に車を止める。街灯は一つも無く、だからこそ、そこからは眼下に夜景が美しく望むことができた。

 今夜はここで一泊だ。どこで、となるが、この車の中で、である。俗に言う車中泊である。車の中にはランタンやちょっとした調理道具、寝袋などが積んである。それらを準備して広げれば、車内はちょっとした秘密基地になる。

 そう、秘密基地だ。男なら、誰もが一度は憧れるだろう秘密の基地。ランタンの明かりで雰囲気は上々。アウトドア道具を使って洒落た夜食をこしらえれば、フフ、と得意げな笑いが出てしまうくらいに小粋さだ。

 ポータブルのオーディオからお気に入りのジャズを流しながら本を開く。手で持てるサンドイッチ型の夜食にしたので、頬張りながら読み続けられる。行儀が悪い、そうだろうがそんな悪いしぐさでいることが心安らぐ。

 ――また、この基地に来ようよ。

 秘密基地……このような独りの時間を過ごすようになったのはいつからか。そもそも、秘密基地とは、もっとたくさんの人々とわいわいしてやるものだった。少なくとも子供の頃は。それが、いつからだろう……。

 よく遊んだ親友がいる。子供の頃からよく遊び、大人になってからも、多くの同級生とは疎遠になっていく中で、変わらず関係を保ち続けられている数少ない人間。そんな彼とも、秘密基地を作って遊んだりした。

 長く付き合っていたから、私はずっと信じていた。彼はこれからもずっと、変わらず彼のままでいてくれると。そう信じてやまなかった。だから、私はあのときにとても大きなショックを受けたのだ。




「もっと早くに言ってくれたらよかったんだが、いきなりは無理だよ」

 そう言った彼の声に、呆れの色があるのが私には分かった。

 ある年の、夏の日だった。コンクリートジャングルの真ん中は熱の反射でとても暑く、席の鳴き声が汗を拭きださせるのに拍車をかける。どこか排ガスくさい熱風を吸い込むことに嫌気がさした私は、ふとしたとき、山の緑の中で過ごすことが恋しくなって、キャンプに行きたくなったのだ。

 しかし、独りで行くのもどこか寂しい気がする。親友を誘ってみることにした。彼もまた都会で働く身であり、昔からの彼を知る私としては、彼もきっと私と同じ思いを抱いているに違いないと思ったからだ。

キャンプ道具を安価で揃えた私は、彼に電話をかけた。思い返してみれば久しぶりの電話だったが、気軽に遊びの約束のために電話をかけていたあの頃のように、彼の電話番号への通話ボタンを押した。

「もしもし」

 彼の声に、私はあの頃へと心が戻った思いだった。私は伝えた。どうだ、次の休みにキャンプに行かないか。そう、あの頃のように、きっと断られはしないと確信しながら。

 だからこそ、ショックだった。一瞬彼が何を言っているのか分からなかった。

 私は、冷静さを失って彼に食い下がってしまった。もっと悪い言い方をすれば、駄々をこねてしまった。どうしてだ、お前は遊びの約束を断る奴じゃなかっただろう、

 ――また、基地を作って遊ぼうじゃないか、と。

 だから、彼も不機嫌になるのは当然で。

「もう、そんなことを簡単にやるような歳じゃないんだよ」

 彼がそう言ったのが耳について取れなかった。

電話を切って、私はしばらく呆ける。冷静になってみれば彼の反応は当たり前だった。大人として、社会人として当たり前。また、彼にはすでに家族がいることを私は知っている。結婚式にも呼ばれたからだ。子供をもう大きくなっているだろう。

 だから、他人である私の誘いを、二つ返事で了承するはずはないのだ。他人の私より、家族のことを、彼らの生活を優先することはごく自然なこと。

 そうだ、彼は大人になっていた。あの頃から変わっていないはずも無かった。また、彼とはずっと関係もつないできたが、彼には彼が築いてきた私の知らない関係がたくさんあって、それらがすべて、私よりも優先度が低いなんてことは無いのだ。

 彼は、変わっていた。遊びに誘えばすぐに乗ってくれた彼ではなくなっていたのだ。いや、変わっていたことは何をおかしいことじゃない。

 むしろ、おかしいのは変わっていない私の方なのかもしれなかった。




 私が独り、秘密基地を車内で作って過ごすのは、そういうことがあったから……なんて自分に酔ったものじゃないが、少なくともきっかけの一つではあると思う。

 都会の忙しなさから離れたくて、独りになりたくて、都合を合わせることで相手に迷惑をかけたくなくて。そんな思いが綯い交ぜになり、元来独りを好む私に、このような過ごし方を見出させたのだ。

 車内だけでなく、テント泊もあるしホテル泊も過ごした。だが、そのすべては独り。私は、昔よりも孤独を愛している。愛するように、なった。

 あれ以来、親友を誘うことは無くなった。関係が無くなったわけではない。時々は会うし、会えば楽しい。しかし、昔のような気軽な誘いは、もうしなくなった。あの後他の友人に同じ誘いをしようとしなかったのも、彼との通話で、私はどこか悟ってしまったからだ。

 とても寂しく思うことがある。あの頃は何も考えなくてよかった。誘えば大抵は、それは叶った。今は、計画、企画などを立てないとまず誘いは断られる。

 それは自然なこと。互いに互いの生活があり、世界がある。でも、それが私にはとても寂しい。そう思うのは、わがままなんだろうが……でも、わがままでいたい自分がいる。

 独りなら、その寂しさを感じることは無い。初めからこの狭い世界には私独りで、世界を作ることも閉じることも私独りなのだから。

 昔は友人たちでにぎやかだった秘密基地の中。今は私独り、誰にも邪魔されず時を過ごす。……たまらない。独りきりという開放感は、麻薬めいて魅力的だ。夜というのかさらに良い。世界すべてに私だけしかいなくて、日々の忙しなさを忘れさせてくれる。

 もしかしたらこういうところが、私のあの頃から変わったところなのかもしれない。夜の独りきりの世界を楽しめる。夜の中で独りきりでいることは怖いことの思い怖れていた頃から、私は確かに変わった。ああ、これが大人になったということだろうか? 私は少し笑ってしまった。

 ……ああ、そろそろ眠くなってきた。明かりを消そう。

 眠ろう。空が白んでくる前に。

 おやすみなさい。




 朝になった。鳥が鳴いている。ああ、朝が来てしまった。

 ぶしつけな目覚まし音に起こされて、私は眠い目をこする。起きないといけない。

 朝の陽ざしが窓か差し込んでくる。世界は、せうでに私だけのものではなくなっていた。

 帰らないといけない。秘密基地は、基地であって家ではない。家には帰らないといけない。

 私は車のエンジンを点けた。エンジン音が、さらに私を現実へと引き戻す。

 家族が待っている。そして、また私は忙しい日々に身を投じないといけない。眠らない街の中で、人々の中で翻弄され続けないといけない。

 ――また、基地に来ようよ

 でも、またしばらくしたら、私はきっと秘密基地を作る。そう、あの頃に戻って。

 そう思うと、私はアクセルを踏む足に力を少し込めることができた。


夜が明けました。語りはここまで。

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