手先の器用な魔法使い
――「兄ちゃん魔法使いみたいじゃん!」
俺も魔法使いになりてー! なんてマジックが得意だった兄によく言っていたのを思い出す。
お前でもなれるよ、こんなので魔法使いになれるなら。なんて兄も言っていた。
あれから何十年、とうとう俺は魔法使いになった。童貞のまま30歳を迎えたのだ。都ブスとか言われている間はまだ笑っていられたが25になった頃には周囲も割りと本気で心配してた。そして魔法使い、魔法使いになる瞬間は自宅でひとりの夜を過ごしていた。生きてるのがひたすら辛かった。
「すげー!!」
魔法使いにあこがれた俺はマジシャンになった、数年後名実共に魔法使いになるとは知らずに。彼女ができないのは職業のせいにしていたがここにきて自分が悪かったと悟りを開いた。最近は大きな遊園地でパフォーマーとして採用されたから収入がやっと安定してきた。
「おじさん魔法使いじゃん!」
お兄さんだよと言い返そうとしたが自分がそう呼ばれてもおかしくない歳になったことに気付いた、と同時に悲しくなった。悲しみを顔に出さないように微笑みながら彼のサイン入りトランプの入ったペットボトルのお茶を渡した。もちろん未開封。
「俺もおじさんみたいな魔法使いになれる?」
「魔法使いはやめた方がいいかもな」
え~、と残念そうな顔をした少年の健やかな成長を心の底から祈った。今年一番にうれしそうな反応をした少年のことを考えては悦に入り、有頂天で独りの帰路を歩いていた。このままなんでもない日が続くと思っていた、あの日までは。