78話 猶予期間は過ぎたのです
………これは間違いなくお説教ね…
父の待つ謁見の間に足を踏み入れながら覚悟を決める。
先程の騒ぎが父の耳に入らないはずはない、いくら子供に甘い父とは言えこれだけの騒ぎを起こした私達にお咎め無しと言うわけにはいかないのだろう。
謁見の間では玉座に険しい顔の父が座っていた。
その横に並ぶように母が座っていて困ったような笑顔を浮かべいる。
その視線は私や兄だけでなく兄の後ろにいるジェード様にも向けられている。
ジェード様は言わば被害者なのだが騒ぎを起こしたメンバーに含まれてしまっていた。
「ダニエル……自分が何をしたか分かっているのか」
私達の到着を待っていた父は眉間に深いシワを寄せ口を開いた。
「……はい………個人的な感情に流され、私的な理由で行動し騎士団の信頼を失いかけました。次期国王として配慮や冷静さに欠けていたと反省しています…」
「そうか、分かっているのならば次は信頼を勝ち取れる様に行動で示せ。信頼を得るのはとても時間がかかる、けれど失うのは一瞬だ。一時の感情に流されて失ってしまえば取り返しがつかなくなる。お前は王子であり次の国王になる者だ、その事をしっかりと心に刻み己の言動には気を付けなさい」
「はい」
注意だけで済ませるあたり父はやはり子供に甘い。
「次にアリス。騒動を起こした原因はお前だと報告を受けたが本当か?」
「はい。私が剣を習いたいと我が儘を言った為にお兄様と騎士団の方々を巻き込んでしまいました。私の責任です」
「それは違っ…!」
「ダニエル、今はアリスに聞いているのだ。黙りなさい」
兄が私の言葉を否定しようとするが父に止められる。
「……ならばアリス。お前には責任を取ってセドレイ公爵の子息、エドワードと婚約してもらおう」
その言葉に私だけでなく兄やジェード様も驚いて父を見つめる。
「約束の期限はとっくに過ぎている、お前は条件を満たすことができなかった。以前言ったな、『もし駄目だったらその時は大人しく婚約でも婚姻でも結ぶ』と。婚約すればその我が儘も治まるだろう。以上だ……下がりなさい」
「父上、それはあまりに…っ!」
「ダニエル、発言を許した覚えはない。下がりなさい」
呆然とする私と抗議する兄に視線を向けることなくそう告げると父と母は出ていってしまった。
「正しい理由も聞かずに婚約だなんて……横暴だ!今からでも父上に直談判して」
「お兄様…もういいのです」
悔しげに両親が出ていった扉を睨み付ける兄は今にも飛び出して行きそうだ。その兄を引き留めて私は首を横に降る。
「いいわけないだろう!ジェード、お前からも何か言ったらどうだ!お前だって本当は―」
「もういいから!やめてお兄様!」
感情のままにジェード様に掴みかかろうとした兄を止めようとしたら思わず叫んでしまった。
兄とジェード様が驚いて動きを止める。
兄が『次期国王』であるように私は『王女』なのだ。
それでも『アリス』として好きな人を追いかけ、好きになってもらいたくて行動することを…期間付きとはいえ許して貰えただけでもありがたいと思わなくてはいけない。
町娘とかに転生してたら…もっと自由に恋が出来たのかな…
そんな考えが頭を過ぎるけれどそんなものは現実逃避に過ぎない。
父のくれた猶予期間はとっくに終わった。
『アリス』としての我が儘が許される期間は終わったのだ。
婚約を受け入れこの恋心に蓋をしなければいけない。
「お兄様、先程お父様に注意を受けたばかりで感情的になってはいけません……私はお先に失礼致します。ジェード様、ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」
二人の顔は見ないで足を動かし謁見の間を出て自分の部屋へと向かう。
嫌だ、嫌だ、諦めたくない。
ジェード様を好きな気持ちを押し込めたくない…私はジェード様が好きなのに!
心の内から聞こえるその声が溢れてしまわないように唇を噛み締める。
思い切り噛む事で生じる痛みは心の痛みを誤魔化してくれるような気がした。
その頃の父。
「いくらアリスのためとはいえやり過ぎた気しかしないぞ……お父様嫌いと言われたら…私は、私は……!」
「あら、それを覚悟で婚約話を引き合いに出したのでしょう?『自分の気持ちと向き合い不安を乗り越えることの出来ない男に可愛いアリスはやれない』って」
「そ、そうだが……しかし、それでヤツが本気にならなかったらどうする?本当にセドレイ公爵家との婚約を進めるのか?」
「あらぁ、大丈夫よ。アリスはとっくに彼の心を射ぬいているわ、だから本気にならないはずがないもの。必要なのは……きっかけよ」
情けない夫に微笑みながら王妃は静かに笑ってみせた。




