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54話 王子と騎士です

ジェード視点です

「父上が今日、アリスの婚約者候補を連れてくるらしい」


「は?」


思わず素が出てしまい、慌てて彼の部屋の回りを確認する。幸い侍従達は所用で席を外しており、部屋の前にはルシオとアシュトンしかいない。

多少無礼な物言いが聞こえても聞こえないふりをしてくれるだろう。


「…王女殿下は婚約、なさるのですか」

「私がさせると思うか?」

書類を捌きながら眉間に皺を寄せるダニエルの言葉に思わず安堵してしまう。


「誰がうちの可愛い天使をあんな小僧にやるものか」


八つ当たりでもするかのようにダニエルは纏め上げた書類をばさりと机の上に放り投げる、その衝撃で一番上の書類がひらりと床に落ちた。

それを拾い元の場所に戻すと不機嫌そうなダニエルにがしりと腕を捕まれた。


「あんな小僧にくれてやるくらいならお前の方がはるかにマシだ。今から父上に直談判してこい!」


「無茶を仰らないで下さい、私は一騎士に過ぎません」


「謙遜するな、すぐに騎士団長だろう。そのくらいの地位を確立すれば父上も文句は言わない、あれで優しい方だからな。それにお前も少なからずアリスを想っていることぐらい知っているぞ」

「……っ」


言葉を返せないでいると肯定と取ったのか、ダニエルは少しだけ楽しそうな表情で私に向き直る。

「私が認めてやるのに何が不満なんだ?……まさか、アリスに不満があると!?」

「そのようなことあり得ません!」

「だろうな、私のアリスは天使だ」

自分の言葉に勝手に機嫌を損ねかけるダニエルに慌ててそう言えばにやりとした笑みを返された。

私は零れそうになるため息をぐっと押さえ自分を落ち着かせる、ダニエルの挑発に乗ってはいけない。


「ジェード、お前はアリスとどうなりたいんだ?」


冷静に、と自分に言い聞かせているのにダニエルは構うことなく言葉を投げ掛けてくる。

書類を捌く手は止めて、じっと此方を見つめる瞳は真剣なものに思えた。ひとつ呼吸を飲み込んでから言葉を口にする。


「どうも何も…私はただの騎士で」

「身分や立場を一切無くして考えたとき、お前という男はアリスとどうなりたい?ジェード・オニキス」


言いかけた言葉を遮られ、フルネームで呼ばれたことで逃げ場がなくなったような気になる。


私は…一人の人間として、彼女とどうなることを望んでいるのか。

見守っていられれば今はそれで嬉しく思う…けれど、この先でそれ以上を望むようになるのかもしれない…


思案して黙り混んでしまうとダニエルはひとつため息をついて書類に向き直る。

「お前は昔から剣術馬鹿だからな、色恋沙汰に慣れてないのも仕方ないが…どうなりたいのか答えがでないうちはアリスはやれん」


「ダニエルは…どうだったんだ、ローゼン公爵令嬢とのこと。どうやって答えを出した?お前がまたあの令嬢といい仲になるとは思っていなかったぞ」


声量を抑えて素で話し掛けると、ダニエルは顔を上げて目を瞬かせた。

「私も思っていなかったさ。……お前も知っているだろうがジュリア嬢はがらりと人格が変わった。その理由を尋ねてみたんだ、そしたら『私が向き合うべき相手はフィオナ嬢でも殿下でもなく私自身だと言うことを理解しただけです』と言われた………その言葉を聞いて私も自分のあり方を考えてみた」


そこまで言葉にしてダニエルは口許を緩める。

「私は王子と言う身分と何でもできると言う自分の才能に胡座をかいていたのだと気が付かされたよ」

「…才能自慢か?」

「最後まで聞け」

私の言葉にダニエルは苦笑を浮かべる。


「私は以前のジュリア嬢の噂をよく思ってなかった。彼女自身の言動も悪かった事もあり、向き合うことすら諦めていた…けれど本当に彼女が全て悪かったのかと言われればそうではない、彼女を正しき道へ導こうとしなかった私にも落ち度があったんだ。元々彼女は横暴な性格ではなかった……正式な手順で婚約者となり王妃教育を頑張っていたにも拘らず、それを妬んだ他の令嬢達が彼女の悪い噂をばら蒔いたそうだ。それにショックを受け王妃教育にも耐えられなくなった彼女は噂通りになってやろうと横暴な態度をとるようになったらしい…………私はそれに気がつけなかった、噂に流され彼女の事を嫌っていた。相談に乗ることさえ出来なかった…。自分ができるのだから相手にも出来て当然だと、私は無意識のうちにジュリア嬢を見下していたんだ。彼女の言葉で私は醜い自分の心に気がついた」


そう語り聞かせるとダニエルは胸元を飾る小さなブローチを指でなぞる。

いつの間にか彼がつけるようになったそれは、ジュリア嬢がダニエルに贈った手作りのブローチだ。深海の様に青い宝石のついたそれは誇らしげにダニエルの胸元に飾られている。


「それからいろいろ考えて……自分の至らない所に気が付く度に、それを乗り越えたジュリア嬢の心の強さに惹かれていった。そして私の自分勝手な気持ちを彼女は受け止めて許してくれた……その時に彼女と添い遂げたいと強く思った、それが私の答えだ」

その言葉で締め括ると「だからお前も悩み抜いて答えを出せ」と告げる。


彼のように答えを出せるだろうか…


そう思案してみるも、今の私にはこれからアリスとどうなりたいのかという明確な答えを出せそうにはなかった。


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