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41話 お迎えです

鈍い衝撃と共に何か暖かいものに抱き締められる、その感覚に私は思考が戻ってくるのを感じた。

とても優しい声がする。

視線を向けるとその人の顔が近くにあって私の髪を撫でてくれる。


この人を私は知ってる…そうだ、この人は…


「ジェード……様…?」

「はい、お迎えに上がりました。アリス様」

そういって微笑む彼が私の体を離すと手にぬるりと何かが触れた。

「ひっ…」

そこに視線を移して息を飲む。

私の手は血で真っ赤に染まっている、カランと音を立ててナイフが床に落ちた。

同時にジェード様が腹部を押さえながら膝をつく。


私が、やったの…?


「ジェード!」

兄が駆け寄って上着を脱ぎ、ジェード様の傷口に押し当てる。私も慌てて駆け寄り傷口を押さえた。

「ごめんなさい、私……こんなことっ…ごめんなさい…」

状況から見て私がやったのに間違いないだろう。ルパートが使ったという変な薬のせいかもしれない、それでもやったのは私だ。

声が震えて恐怖と後悔に涙がボロボロと落ちる。

「アリス、落ち着いて。騎士団の増援ががすぐ到着する、大丈夫だ。ジェードはこの程度でへばるような男じゃない」

安心させようと微笑む兄に私は泣きながらこくこくと頷いた。


その後、部屋に乗り込んできた騎士団の人たちによってジェード様はすぐに医師の元に運ばれる。

私も兄に付き添われ外に出ると駆け付けた騎士団の中にジュリアが居た。その姿は泥だらけでボロボロだ、誰が見ても公爵令嬢には見えないだろう。


ジュリアは血で赤黒く染まった私の手と服を見て顔面蒼白になりながら駆け寄ってきた。

「す、すぐ手当てを…っ!」

慌てて告げるジュリアに私は首を横に降る。

「私の血では…ありません…これは、ジェード様の……私のせいで…私が、捕まったりしたから…」

唇を噛み締め手を握りしめるとその赤黒い手をジュリアは躊躇いもなく両手で包み、私の視線に合わせるように地面に膝をついた。

「アリス様、貴女が自分を責める姿を見てダニエル様が喜ぶと思いますか?」

私が目を見開いて兄を見上げると、兄はこちらを見ながら首を横に振る。

「…思い、ません」

「ならば自分を責めるのは間違いですわ。こう言う時は『自分のせいで』と考えるのではなく『誰かのお陰で』と考えるのです」

「…『誰かのお陰で』?」

「えぇ。ダニエル様達のお陰でアリス様は助かった、騎士団の方々のお陰でまたご家族にも会える。その方が自分を責めるよりも皆様が安心しますでしょう?それにごめんなさいより『ありがとう』と伝えた方が相手も笑顔になるのではなくて?…皆様、アリス様を助けようと必死でした。その方々に伝える言葉は『ありがとう』が一番ですわ」

ジュリアはまっすぐ私の目を見つめている。包まれた手のひらが暖かい。


私は再び兄を見上げて躊躇いながら言葉を紡ぐ。

「お兄様…助けに来てくださって、ありがとうございます」

その言葉に兄は口元を緩めたかと思うと優しい手つきで私の頭を撫でてくれた。

「どういたしまして」

頭に触れる温もりと手に触れる温もりに再びじんわりと視界が滲む。


悲しい顔をさせるより、笑ってもらった方が…嬉しい


「ジュリア様、助けを呼んできてくださってありがとうございます」

向き直ってそう告げるとジュリアは驚いたように目を瞬かせてからにっこりと微笑んだ。

「どういたしまして、ですわ」

その微笑みは以前のジュリアからは想像もつかないほど優しい顔だった。







◇◇

城に戻った私はまずジェード様とエリックの無事を確認した。

二人とも暫くは安静とのことだが命に別状はないらしい…本当によかった。


私はその後、相当心配して居た両親に揉みくちゃにされ兄が助けにはいるまで両親に抱き締められ続けていた。

父には号泣されてしまったので後で心配してくれた感謝と共に謝らないといけない。

部屋に戻ればマリーとメアリーにも泣かれてしまった。二人にも凄く心配をかけてしまったようだ、謝罪の後に感謝を述べたら二人ともさらに号泣した。

なんだか申し訳ない。

捕まっていた時にルパートにつけられたチョーカーはメアリーが工具を持ってきて金具ごと壊してくれた。


その後、お風呂に入り着替えた私は疲労していたのかベッドに横になるなり数秒で眠りについてしまった。

眠るまでマリーとメアリーがついていてくれたこともあって私はぐっすりと眠ることができた。

早い時間に寝たこともあり、翌朝は日が昇る前に目が覚めた。

外を見ると空が明るくなり始めている、もうすぐ朝日が昇るのだろう。


本当に、無事に戻ってこれてよかった


そう思いながら私はマリーが起こしに来るまでずっと窓から外の景色を眺め続けていた。




その後朝食を終えた私はエリックのお見舞いに行くことにした。

城の料理長に頼んで果物を分けてもらい、それをエリックの元に持っていくことにした。

騎士団の宿舎は各々個室になっている、広さはあまりないけれどプライベートな空間は確保されている宿舎だ。

エリックに宛がわれている部屋を訪れると、彼はすでに起き上がって体力作りをしていた。


「エリック…、もうそんなに動いて大丈夫なの?」

確か彼は怪我を治すために休むように言われていたはずだ、それなのに。

私がじっと見つめるとエリックは困ったように視線を伏せた。

「…私がもっと強ければ、アリス様をあんな目に合わせることもなかったのです。ですから私はもっと…強くなります、今度こそどんな人間の手からも貴女を守れるように」

「…でも貴方がいてくれたからジュリア様は逃げられた、ジュリアが逃げられたお陰でお兄様達は助けにくることができた。私はエリックが居てくれたから助かったのよ?」

私の言葉にエリックは首を横に降る。

「それでも…私は弱い。大事な人一人、守ることもできない…だから強くなりたいんです」

エリックの気持ちはかなり真剣なものなのだろう、私が想像しているよりずっと。


なら、私が口を出すことじゃないよね

決めるのはエリックなんだから


「わかったわ、でも絶対無理はしないで。体を壊したら本末転倒だもの」

そう告げるとエリックは顔をあげて頷いた。

「はい、気を付けます」

「よし、いい子いい子」

私が頭を撫でればエリックは少し複雑そうな顔をしていた。年下の私に子供扱いされたのだから複雑な心境にもなるのだろう。


その後エリックに怪我しっかり治すように釘をさして私はエリックの部屋を後にした。

おまけ

エリック「好きな人に子ども扱いされるなんて……男として悔しいものだな」


メアリー「姫様は大人びていますからね、私も時々子ども扱いされます。私の方がかなり年上なんですけどねぇ…」


エリック「へぇ…私だけじゃないんですね…ってメアリーさんいつからそこに!?」


メアリー「うふふっ…壁に耳あり障子にメアリーですわ!姫様のお傍はもちろんどこにだって私は存在できますのよ!」


エリック「ショージ…?というか気配が全くしなかったんですが!?」


メアリー「情報通足るもの気配を消すことなど朝飯前ですのよ!それでは失礼致しますわ!」


メアリー、窓から退場。


エリック「なんなんだあの人……」


謎多き侍女、メアリー。


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