39話 助けに行くのです
ジェード視点
「まだアリスは見つからないのか、もう何時間もたっているのに!」
ダニエルが力任せにテーブルに拳を叩きつける。彼が分かりやすく取り乱しているお陰で私は幾分か冷静でいられた。といっても大差無い程度だが。
私達は街の宿屋をアリス捜索の拠点として借りていた。
アリスが居なくなったのは昼間、通行人から馬車が襲われたと聞いて王家の馬車かと思い確認に行ってみればローゼン公爵家の馬車だったらしい。
自警団によればローゼン公爵の令嬢が拐われたとのことだ、公爵令嬢を襲うような悪人がまだ捕まってないと聞いた私達は急いでアリスの元へ戻った。
しかし、時すでに遅し。
その場所にはアリスも護衛のエリックも居なかった。
慌てて街人に尋ねると少し前に人拐いがあったという、相手は刃物を持っていて少女を人質に取っていたため街の男達も手が出せなかったと。拐われた少女と一緒にいた少年が犯人を追い掛けて行ったそうだ。
追い掛けていった少年がエリックだとするならば拐われた少女と言うのはアリスの事だろう。
それを聞いたダニエルはすぐに城に連絡し騎士団を動かした。
騎士達を総動員してその人拐いの情報を街人達から聞き出して、宿屋を借り情報を纏めあげ捜索隊を派遣して今に至る。
けれど犯人と思わしき人間、もしくは連れ去られたという少女が見つかったという連絡はない。
日はすでに落ちている、時間が過ぎるにしたがってダニエルの焦りは募っていく。対する私も内心ではかなり焦り始めていた。
アリス様…今何処に……。
手の中のリボンをぎゅっと握り締める。
これは私がアリスに貸していたものだ、私に返そうと持っていたものだろう。彼女がいたはずの場所に落ちていた。
祈るようにリボンを握りしめていると外が騒がしくなった。
「アリスが見つかったのか!?」
ガタンと音を立ててダニエルが外に飛び出し私も後を追った、けれどそこにいたのは探していた人物ではなかった。
泥が跳ねた服に乱れた黒髪、靴も履いておらず裸足の少女がそこにいた。
少女は姿を現したダニエルを見るなり取り、取り押さえようとする騎士達には目もくれず声を限りに叫ぶ。
「ダ、ダニエル様!私です、ジュリア・ローゼンです!早く、早くアリス様を助けてください!」
「……ジュリア嬢!?」
ダニエルが目を見開き駆け寄ると取り押さえようとしていた騎士達を制する。
彼女のあまりの変貌ぶりに私は一瞬言葉を失う。
「その姿は一体……それよりもアリスの場所が分かるのですか!?」
「はい!私も同じ場所に捕らえられておりました。すぐにご案内します、急いでください!」
自分の姿など気にするそぶりも見せず急いでアリスの元へ案内しようとする彼女を、ダニエルは突然軽々と抱き上げた。
「っダニエル様っ!?」
「ジェード、馬と捜索部隊を準備しろ」
「はっ」
戸惑う元婚約者を他所にダニエルは命令を下す。私はすぐに捜索部隊とダニエルのと自分の馬を連れてこさせた。
彼は腕の中で硬直している元婚約者に優しく微笑みかける。
「こんなになってまで私に知らせようと必死になって下さったのですね、ありがとうございます。申し訳ありませんが急を要します、アリスの元へ案内していただけますか?」
「は、はい!勿論ですわ!」
「ダニエル殿下、こちらに」
馬の準備が出来たことを知らせるとダニエルは元婚約者を馬に乗せ、その後ろに自分も乗り込む。
「ジュリア嬢、しっかり捕まっていてください。アリスの元へ急ぎます」
「はいっ!」
その声と共にダニエルは馬を走らせる。
「殿下に続け!」
声をあげて私も馬を走らせれば捜索部隊として編成された騎士達がついてきた。
ようやく…迎えにいくことが出来る。
アリス様、今迎えに参ります…どうかご無事で…!
切実にそう願いながら私はダニエルの後を追った。
◇◇
「あれです!あの空き家から奥が牢屋に繋がっていましたの!」
馬を走らせること暫く、たどり着いた場所には古びた空き家があった。
「ジュリア嬢はここでお待ちください。ジェード、来い」
「はっ」
私とダニエル、そして捜索部隊の半分が空き家へと足を踏み入れる。
そこには誰もいない…けれど月明かりが一本の剣を照らしていた。それはこの国の騎士が帯刀を許された剣だ、柄の部分に私が持つ剣と同じ紋章が刻まれている。
「エリックのものか…」
ダニエルも気がついたのだろう、ぽつりと呟く。
「殿下!こちらに通路のようなものがあります!」
その時、捜索部隊の一人が声をあげた。駆け寄ってみれば地下に続く通路のようだ。大きめの足跡がいくつかと、何かを引きずったような痕がある。
「この奥か…」
「私が先導します、殿下はお下がり下さい」
この先に敵が待っているかもしれない。
その為ダニエルを先頭にするわけにはいないので私が最初に通路に足を踏み入れる。
その後ろをダニエル、そして他の騎士達がついてくる。
私は駆け出したくなる気持ちを押さえながら慎重に薄暗い通路を進んだ。




