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35話 巻き込まれるようです

兄が怒るような出来事が何処にあったのだろうかと考えていると馬車が止まった。次の目的地についたらしい、先程の店からそう遠くないようだ。

馬車のドアが開くと甘い匂いが漂ってくる。

降りてみれば目の前には大きな造りの喫茶店があった。出迎えた支配人に案内されて店内にはいれば大きなホールにテーブルとイスが並べられお客さん達が思い思いにケーキや紅茶を楽しんでいる。軽食なども取り扱っているのか、サンドイッチを食べながら何か書き物をしている人もいる。

服装のためか私達が王族と気が付く人は居ない、どこかの貴族のように思われているのだろう。


お客さんのいるフロアを横切り、私達は応接室に案内された。

そこでもメインで話をするのは兄だ。対応している姿を見れば先程の怒ったような空気は感じられない。

気のせいだったのかもと思い始めた頃、兄と支配人の話が終わった。

甘い香りのするホールを再び抜けて馬車へと戻る。

支配人に見送られて馬車が動き出すと兄が口を開いた。

「さて、これで視察は終わりだ。アリス、どこか行きたいところはあるかい?さっきの装飾品店では何も買ってあげられなかったからね」

そう言われて私はぱっと顔を輝かせた。待ちに待った自由時間だ!

「街の屋台を見てみたいです!」

「わかった、それじゃあ行こうか」







◇◇

馬車を街外れに止め私達は屋台の並ぶ広場へと向かう。屋台の種類は様々で雑貨からお菓子の店、干物を取り扱う店もあり活気に溢れていた。はぐれないように兄と手を繋ぎ見て回る。

すると屋台が並んでいないところがあり、そこには簡易ステージが設置されていて一人の男性が手品を披露していた。この世界にも手品があるようだ。

「奇術師の催しだね、見てみようか」

「はいっ!」

兄に手を引かれてステージへと近付く。街の人たちも男性を囲んで目の前で起こる手品に歓声をあげていた。

有り得ない場所から鳩を出してみたり、手のひらを刃物が貫通してみたり、手が触れていないのにグラスの中にコインが落ちたりと男性は次々に手品を披露していく。

最初の方はそのタネを見破ってやろうと意気込んでいたが、一通りの見世物が終わる頃には私はすっかり街の人たちと一緒になって男性に拍手を送っていた。


「凄かったですね、お兄様!私、コインが移動するの見えませんでした」

手品を見終えて話し掛けると兄は少し険しい顔をしている。

兄だけではない、エリックやジェード様も何かを警戒するように辺りに視線を巡らせていた。

「……お兄様?」

不安になって声をかければ握られていた手がそっと離される。

「アリス、私は少し用事ができたからここでエリックと待っていてくれるかい?」

「えぇ…それは構いませんけれど…」

「すまないね」

兄はそう言って微笑むとジェード様を連れ、私とエリックを残して人混みの中に消えていった。

急に用事ができたと言うことはもしかしたら何か良くないことがこの辺りで起こったのかもしれない。目立った出来事は起きてないけれど兄達にわかる範囲で何かが起きたのだろう。


「エリック、何かあったの?」

不安に思いながらエリックに尋ねると彼は私を安心させるように優しく微笑む。

「大丈夫ですよ、何があっても私がアリス様をお守りしますから」

その言葉に頷くけれど不安は拭えない。


そのまま移動せずに兄達を待っているとふと向こう側から見知った顔が歩いてくるのが見えた。

身なりは整っているが人相があまり良くない男に寄り添われ顔を真っ青にしながら歩く女性。

服装や髪型はだいぶ変わっているけれどあの顔は―――。


「ジュリア様…?」


思わず声をかけると私に近づいていた彼女はぱっと顔をあげて私を見た。

「あ…」

青ざめた顔で何かを口にしようとするが付き添いの男がそれを遮る。

「失礼ですがお嬢様のご友人ですか?」

ジュリアの事をお嬢様と呼ぶこの男、どう見ても彼女の家の使用人ではない。

それどころか不自然なまでにぴったりとジュリアに寄り添う男の腕にはキラリと光るものが握られている。


もしかして…刃物?


一瞬見えただけだから確信はないけれどエリックが然り気無く身構えたのを見るとその可能性は高い。

なぜ彼女がこんなところでこの男に刃物を突きつけられて歩いているのか知らないけれど、兄が来るまで時間稼ぎできれば何とかなるかもしれない。

このまま見て見ぬふりをすれば十中八九、ジュリアの身に危険が及ぶだろう。


私はジュリアの友人を装い、男に微笑みかける。

「えぇ、ジュリア様とは親しくさせていただいておりますの。貴方は新しい執事かしら?」

そう言って首をかしげれば男は胡散臭い笑顔を浮かべる。

「そうなんです、最近お仕えするようになったばかりで…申し訳ありません。お嬢様の交遊関係を把握仕切れておらず…」

本来ならば執事が主の言葉を遮ることはめったにないし、交遊関係が分からないだなんてまず有り得ない。

そう言ったことは仕える前に叩き込まれるはずだ、その点を覗いてもこの男は怪しすぎる。

「いいえ、構いませんわ。そうだ、ジュリア様、もしお時間宜しければお茶でもいかが?」

「あ、アリス、様…申し訳ありませんが…私は用事がありまして…」

そう言う言葉とは裏腹に視線が私に助けを求めている。

「……そう、それは残念ですわ」


どうしよう、まだお兄様は戻ってこない。

どうしたらいい…!?


出来るだけゆっくりと会話をしているつもりだが兄達が戻ってくる気配は一向に無い。

必死に考えを巡らせていると不意に後ろから声がした。

「…あぁ、ここに居たんだ」

「…え?」

その声に瞬時に反応したのはエリックだ。帯刀していた剣を抜いて後ろの人物に突き付けようとし、逆に不意を突かれ腹部を思い切り殴られて倒れてしまう。


「ぐ、ぁっ…」

「エリック!」

慌ててエリックに駆け寄ると強く腕を捕まれた。

「貴女はこんな男を心配しちゃいけない」

「何を…っ!」

顔を上げエリックを殴った人物を睨み付けようとしたが後ろからガツンと衝撃を受け、私の体はそのまま固い地面に倒れる。

「アリス様っ!」

「おい、傷が残ったらどうする。丁重に扱え」

ざわつく周囲の喧騒に混じって悲鳴が聞こえた、これだけ目撃者の多い街中で騒ぎを起こしたのだ。きっとこの不届者達はすぐに捕まるだろう。

薄れ行く意識の中で私が最後に見たのはいつの間にかほどけ落ちていたジェード様から借りたままのあのリボンだった。




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