16話 可愛らしいそうです
ジェード視点です
「ジュリア様……いいえ、ジュリア。彼は後々、私の従者になる予定ですの。ですから彼に対する暴言は私に対する暴言と見なしますけれど……宜しくて?」
声量は大きくないのに凛と響き渡る声でアリスはそう言った。
彼女は…本当に私の知る王女殿下なのだろうか?
私がそう思うのと同じく、彼女の後ろに控えた侍女達も驚愕を顔に浮かべている。彼女が後ろに庇った少年も、瞳がこぼれ落ちそうな程目を見開いていた。
私の位置からは見えないが、ダニエルも似たような顔をしている違いない。
先程までアリスに横柄な態度をとっていたジュリア嬢は今までに無いくらい震え上がっている。
誰に対しても傲慢だったあのジュリア嬢が、だ。
私自身、自分に向けられた言葉ではないというのに背筋が凍るような冷たさを感じた。
女王と呼ばれてもおかしくない威厳、氷の刃を纏ったかのような鋭さをもつ瞳が、ジュリア嬢を真っ直ぐに射抜いている。
しかしジュリア嬢が謝罪の言葉を口にすると、アリスは我に返ったようで慌てて取り繕っていた。顔に『やり過ぎた!』と書いてある。
その姿が妙に可愛らしくてつい笑いが込み上げてしまった。口許を抑え俯くことで何とか堪える。
しかしダニエルはそれに気がついていたらしい。
早々に帰ると言い出したジュリア嬢を見送ってから、国王陛下に呼び出され談話室へと向かう道中に指摘されてしまった。
「ジェード、顔に出すなんてまだまだ未熟な証拠だぞ」
「申し訳ありません」
「確かにあの『しまった』という顔には私も笑いそうになってしまった…けれど、もし笑ってしまえば繊細なアリスは傷付いてしまうだろう…だというのにお前は」
「……申し訳ありません」
改めて謝罪すれば気が収まったらしい。
同時に談話室の前に到着すると、その隙間から話し声が僅かに聞こえてきた。ダニエルは直ぐに入ろうとせずドアの前で部屋の様子を伺っている。
恐らく先程すれ違った『彼』の話をしているのだろう。
話の内容が私の耳にまで届いてくる。
「…城を犠牲にして人質を助ける?それとも、人質を犠牲にして城を守る?」
妃殿下の声が聞こえてきた。
問われているのはアリスだろうか。
「どちらもです、お母様。人質を救い、城も守ります。…そしてエリックを自由にしてあげたい」
その言葉聞くなり、ダニエルは扉を大きく開けて乗り込んでいく。
『どちらかひとつ』ではなく『どちらも』守りたいとこの姫は宣う。
なんて甘すぎる考えだろう…アリスは武人でもなければ大人ですらないのに。
それでも彼女は望むのだ、助けることを。自分の力量など微々たるものでしかないと分かっていながら。
それでも、と望む。
…甘いうえに無謀だ…
そう思った。
自分に力がないとわかっていながら、何かを望む事などとうの昔に止めている。力がないならどうしようもないからだ。どんなに願って望んでも、それを叶える力がないのならどうともならない。
けれど、目の前のアリスはそれを分かっている。分かっていながら望みを叶えようと、周りを動かそうとしているのだ。
諦めるのではなく、もがいてる。
その姿が私にはとても眩しく見えた。
妃殿下に与えられた責務を遂行しようと部屋を後にするその姿は、私より随分小さいはずなのに何故か大きく見えた気がした。
「アリスは…いつの間にあんなに大人びてしまったのかしらね」
アリスが退室した後、ポツリと妃殿下が呟いた。
「昔から聡明な子だったけれど…全て背負い込んでしまおうとしているように見える時があるのよ……責務を与えたのは私だけれど、あの子はそれ以上を背負おうとしている気がするの」
妃殿下が不安そうに眉を下げると国王陛下がそっと寄り添う。
「…あの子なりに大人になろうとしているのかもしれないな、もう少し様子を見てみよう」
「そうね…」
アリスの様子を見ていると、その心配も頷ける。
「では私が今以上にアリスに気を配ります!ですから安心してください!」
ダニエルがぐっと拳を握ってにこやかに微笑んだ。
空気読めダニエル。
というか、寧ろお前は少し妹離れしろ……
「お前は少しアリス離れをしなさい」
国王陛下も私と同意見のようだ。
「その代わり私がアリスの傍に居るようにしよう」
「父上、狡いです!」
「父の特権だ」
「なら私は兄の特権を行使します!」
「あら、じゃあ私も母の特権を使おうかしら?」
「母上まで!?」
「お前もか!」
「うふふ、私はアリスの母親だもの。当然よ」
………さすが親子と言うべきか。
国王陛下も妃殿下も、娘離れをすべきだと内心で密かに思いながらやいやいと言い合う三人に聞こえないよう、私は小さく息を吐いた。




