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13話 気になることがあるようです

エリックは食欲もあるようだしきっとそう遠くないうちに回復するだろう。

その為にもゆっくり休んでもらおうと布団をかけて頭を撫でる。

暫くじっと私を見ていたエリックだったが、やがて睡魔に襲われたのか瞬きの回数が多くなりやがて完全に眠ってしまった。


「メアリー、申し訳ないのだけれどエリックについていてくれる?彼の事をお兄様に知らせてくるわ」

「畏まりました」

エリックのことは暫くの間メアリーに任せ兄の元へと向かう。

この時間なら剣術の稽古も一段落しているだろう。


マリーを連れて剣術の稽古場へと向かう。

稽古場、と言うのは騎士団の訓練場も兼ねている広い運動場のような場所。

たまに騎士団主催の剣技大会が行われる事もあり、父が立ち会う時は見学させて貰うこともあった。



稽古に遅れてでも様子を見ようとしていたみたいだし報告してあげた方が安心できるよね



そう思いながら稽古場に足を踏み入れる。

丁度兄が模擬戦をしている様だ。木剣を構えて戦う姿はさすが見目麗しい王子様、とても絵になっている。

ふと、対戦相手に視線を向けて私は息を飲んだ。



ジェード様だ!



騎士服ではない簡素な衣類を纏っていて、いつもと雰囲気が違っているジェード様が兄と撃ち合っていた。

その姿は仕事をしている時に見せる凛々しい顔ではなく、楽しい遊びに夢中になっている子供のような無邪気な顔だ。

一目見た瞬間に目が離せなくなる。


あんなに楽しそうなジェード様、初めて見る……


驚くと同時にそんな顔を彼に向けてもらえる兄が羨ましくなった。


カンッカンッと木剣のぶつかり合う音が響き合い、やがて片方の手から木剣が弾き飛びカランと音をたてて地面に落ちた。

勝ったのは、ジェード様だった。


「そこまで!」

審判を勤めていた騎士の一人が声をかけると、兄とジェード様は互いに一礼して模擬戦が終了した。



「アリス!来てくれたのかい?」

木剣を片付けるなり兄が駆け寄ってきた。

「はい、昨日の子の様子をお伝えしようと思って……凄い試合でしたね」


「負けてしまうなんて…格好悪いところをみられてしまったね」


「あら、お兄様は負けても勝っても素敵ですよ?」

そういうと少しだけ眉を下げてしょんぼりしていた兄がぱっと微笑む。やっぱり私の兄はちょろい。

私の手のひらでコロコロできそうなくらいだ、いや、しないけど。


「いつもジェードにだけは負けてしまうんだ、他の騎士達には負けた事などないのに」

そう言って苦笑する兄。

それでも充分凄いけれど、兄はきっとジェード様に勝ちたいのだろう、悔しそうな顔をしている。


「ダニエル殿下は充分お強いですよ」


そう言って近付いてきたジェード様は、視線が合うと恭しく礼をする。

「ご機嫌麗しゅう、王女殿下。本日は非番ですゆえこのような姿で申し訳ありません」

二人で居る時よりも堅苦しい態度に、仕方ないとわかっていても寂しさを感じてしまう。先程見た子供のような表情もすっかり消えてしまっていた。


「いいえ、楽になさって下さい。先程の模擬戦、拝見させていただきました。ジェード様はお強いのですね」


私も王女として微笑み、言葉を交わす。

縮まったと思った距離が突然に開いてしまったような…そもそも縮まってすらいないような、そんな気がした。

仕方のないことだと分かっている、だからこの返しで間違っていない。


その筈なのに、私の王女としての言葉を聞いたジェード様は少しだけ悲しげに目を伏せた。


「それで、彼は目が覚めたのかい?」

ふと兄に声をかけられ、ジェード様から意識が反れる。ちらりと視線を向けたが、悲しげな面影など見当たらない。

もしかしたら見間違いだったのかもしれない。


「えぇ、意識は戻って食欲もあるようです。名前はエリックと言うようです」

「エリック、か。…他に何か気になったことはあるかい?」


そう聞かれて私はずっと気になっていたことを言葉にする。


「エリックは……全く怪我を痛がる素振りを見せなかったんです」


そう、彼は起きてから私の言葉に涙したり戸惑ったり感情を見せてくれたが、痛がる素振りは一切見せなかった。

体は痣だらけで、暴力を振るわれたかもしれない痕がたくさん残っているのに。

まるでそれに慣れている様な、痛覚が麻痺しているようなそんな印象を受けたのが気になった。


単に我慢していたというだけならまだいい。

けれど、痛みを感じなくなる程に繰り返し暴力を受けていたのだとしたら?


あんな子供に、何度も何度も暴力を振るった人間がいるとするならば到底許されるものではない。


私の言いたい事が伝わったのか、兄はひとつ「ふむ」と頷くと優しく私の頭を撫でた。

「わかった、父上にも伝えて彼の事をしっかりと調べてもらうことにしよう。だからそんな顔をしないでおくれ、可愛いアリスの眉間にシワの痕がついてしまったら大変だからね」


そう言われ私は慌てて眉間をぐいぐい伸ばす。


ジェード様に皺寄せた顔見られたとか………最悪!

女は愛嬌、スマイル、すまーいる!

頑張れ、私の表情筋!



「申し訳ありません、気を付けますわ」

何とか取り繕って、微笑みを浮かべると兄はよしよしと再び私の頭を撫でる。


「怒った顔も魅力的だけど、アリスには笑顔が一番似合うよ」


さすが乙女ゲームのイケメン王子、口が達者です!


「ダニエル殿下、そろそろ稽古を再開しましょう」

「……あぁ、わかった。それじゃあアリス、また後で」

「はい。お兄様もジェード様もお稽古頑張ってください」


稽古に戻る二人を見送り、来た通路を戻る。この後は私も勉強やマナーレッスンの予定が入っている、エリックに付きっきりでいられないのが残念だけれど仕方ない。

合間を縫って様子を見に行くことにしよう。

私が付き添えない時間はマリーとメアリーに交代で様子を見ていてもらえるように頼み、私は家庭教師の待つ部屋へと向かった。


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