断罪の資格
2回目の投稿です。
まだ執筆に慣れておらず、お見苦しい点多々あるかと存じますが、どうぞ温かい目で見てやって下さい。
ご意見ご感想誤字脱字指摘いつでも大歓迎です。
その山奥にある村では、殺人が認められているらしい。
僕がその話を聞いたのは、酒場で安い酒をあおっていたときの事だった。
その話をしてきたのは顔をトマトみたいにした男だったので、最初は酔っ払いの与太話だろうと本気にしなかった。
けれど、頭の隅で思考する内に、興味が涌いてきた。
殺人が、許される。
そんな事があっていいのか。
その話が真実である保証はないが、もしも真実であったならばとても興味深い話で、一日を割くだけの価値はあるのではないかと考えた。
そして今、僕はその村に来ている。
村は確かに山奥にあり、たどり着くまでにたいそう時間がかかってしまった。
本来なら休憩の一つでも取るところだが、足は止めない。
好奇心がほとんど無意識的に足を動かしている。
適当に見繕った畦道を軽い足取りで歩くと、やがて男の後ろ姿を見つけたので、例の話について尋ねようと声を掛ける。
「あのう、すみません!」
声に反応して振り返った男の顔を見て、驚愕した。
あの時のように顔は赤くはないが、それは確かに例の話をしてくれた男の顔であった。
「あなたは……」
「おや、君は」
男も僕の顔を思い出したのだろう。
男は逡巡するように顎に指を当て、やがて口を三日月のように歪めて見せた。
「なるほど、例の話について尋ねに来たのですね?」
話が早くて助かる。
僕が首肯すると、男は話の切り替えを伝えるように片手を軽く振ってみせた。
「その話をするのなら私より適任者が居ます。その者の下へ案内しましょう」
そう言って踵を返して歩き始めた男の背中を、僕は黙ってついて行った。
しばらく歩いていると、巨大な広葉樹の前にたどり着いた。
男が立ち止まったところを見るに、どうやらここが男の連れてきたかった場所らしい。
この広葉樹になにかあるのだろうか。
僕は改めて広葉樹を見ると、その木陰に一人の老年が座っているのに気がついた。
人生を全身に刻んだ、威厳溢れる老年だ。
僕が声を掛けるよりも早く、男が声を掛けた。
「こんにちは、村長」
「ん? ああ君か、こんにちは。して、そちらの方は?」
どうやらこの老年は村長であったらしい。
老年改め村長に視線を向けられる。
僕は軽く自己紹介をして、ここに来た理由を話した。
すると、
「ああ、その話なら本当ですよ」
村長はあっさりと肯定した。
村長は見た目の割に優しい口調だ。
詳しく話を聞こうと身を乗り出した僕に、村長は手で大地を指し示す。
「その話をすると長くなります。座って話しませんか」
その言葉に従って各々が座り出す。
全員が座ったのを確認してから、僕は口火を切った。
「では、お話をお聞かせ願えますか」
「うん。何故この村で殺人が認められているか、だよね」
村長は皺だらけの唇をゆっくりと開いた。
「もともとこの村では争いごとが絶えなくてね。村人同士の喧嘩なんて珍しくなかったんだ」
まるで少年のような口調で語られるのは、村の歴史。
「殴り合いなんてかわいいもので、凶器が扱われることだってあった。当然、死者だって出た」
僕は無意識のうちに身を乗り出していた。
隣に座る男はこの話を聞いたことがあるのか、平然としている。
「村長である儂はその対応に追われた。そして、村人達に懇願された。争いごとから身を守る方法を教えてくれってね。儂は悩んだ。悩んで、一つの結論を出した」
村長はそこでいったん言葉を句切った。
しばらくの静寂の後、言葉が続けられる。
「殺人を認めれば、争いを無くせるのではないかとね」
「……はっ?」
一瞬、脳が回転を止めた。
村長に話しかけられて、我に返った。
「どうされました」
「いえ、ここでその話になるとおもわなくて」
「ああ、なるほど。別に物騒な意味合いではありませんよ。殺人を認めれば、反撃や復讐が怖くて争いが減るのでは無いかという目論見でして」
「あっ……」
つまり、村人に自衛権を持たせたというわけか。
殺人が許されるなんて恐ろしい決まりだと思っていたら、村人を守るための決まりだったのか。
俺の反応に満足したのか、村長は言葉を続ける。
「実際、争いは目に見えて減りました。いくつか殺人が起きた事例もありましたが、返ってそれが見せしめになったのか、最近は争いなんて殆どなくなりました」
「なるほど、素晴らしいお話をありがとうございました」
礼を言ってふと周囲を見渡すと、夜の帳が降り始めていた。
話に夢中で気がつかなかったが、どうやらかなり話し込んでいたらしい。
まずいな。無事に帰れるだろうか。
俺の不安を察したのか、村長がありがたい提案をしてくれた。
「この時間帯に山の夜道を歩くのは危険です。空き家をお貸ししますから、そちらに泊まって言ってください」
「ありがとうございます」
礼を言って、下げた頭を戻した。
その時、寒気がした。
何故だか、村長の目に、獲物を見つけた肉食獣じみた獰猛な輝きが宿っていたような気がしたからだ。
いや、気のせいだろう。
話を聞いた僕は村長に案内された空き家で一休みしていた。
辺りはすっかり夜の闇に包まれていて、ほとんど街灯のない村では景色が墨に塗り潰されている。
さて、寝るか。
そう思って寝る準備を始めたところで、ドアがノックされた。
ドアを開けると、そこにいたのは例の男であった。
「おや、なにか用ですか?」
「ちょっと話したい事がありまして。少々出てもらえませんか」
話なら家の中ですればいいのに、わざわざこんな暗闇の中に出なくても。
そう提案すると、男は小さくかぶりをふった。
「ここだとちょっと具合が悪いんです、どうか外で」
そうまで言われては断りづらく、結局僕と男は外へ出た。
歩く。
時折吹く夜風が梢を揺らし、その度に断末魔のような音が闇の中に木霊する。
まだ歩く。
次第に闇は深まってきて、男の懐中電灯が無ければ歩くのも困難だっただろう。
ようやく男が止まった。
「話というのはなんなんですか」
そう尋ねる僕に、男は薄く笑っていう。
「いやまあ、話なんて特にないんですけどね」
「は?」
ならなんで連れ出したんだ。
首を傾げる僕に、薄笑いをたたえたまま、
「私の読みが正しければ、そろそろのはずです」
「そろそろ?」
瞬間、背後で何かが爆ぜた。
まるで自動車のヘッドライトに照らされたように、橙色の光が僕らの足下まで伸びてきた。
僕は驚いて振り返ると、視線の先、ついさっきまで僕がいた空き家が、轟々と音を立てながら燃えていた。
火事だ。
「なっ……」
「ほら、やっぱり」
得心顔でうなづく男を、僕は問い詰める。
「どういうことですか」
「そうですね。結論から申し上げますと、あの火事を起こしたのは村長です。彼、実は快楽殺人者でして」
「え、……」
思考が止まった。
あの村長が。
少年のような微笑みを浮かべていたあの村長が。
快楽殺人者?
困惑する僕に、男は続ける。
「人殺しを許すという決まりも、元々村長の殺人願望を満たすためのものでして。村人を守る云々はただの建前です。気付いていましたか?彼、君が来た時から君を殺人の獲物として見定めていましたよ」
獲物。
その言葉を聞いて、閃くものがあった。
あれは確か、空き家を貸すと言われた時。
一瞬、村長の目が肉食獣じみて輝いていた。
あれは、そういうことだったのか。
ようやく獲物を狩れるという、笑み。
そういうことなのかと納得して、気付いた。
「なんであなたはその事を知っているんですか」
答えはあっさりと返ってきた。
「まあ、随分前から気付いていましたし。そのおかげで、君を助け出す事が出来たのですから、感謝して欲しいくらいですね」
流石に今日来たばかりの余所者を殺させるのは夢見が悪いですからと微笑む男に、僕は食って掛かる。
「その事は他の村人も承知しているんですか」
「そんな訳ないじゃないですか、気付いてたら殺人を許すなんて決まりとっくに撤廃されているでしょう」
「ならなんで教えてあげないんですか!」
「なんでって、そんな事したら面白くなくなるじゃないですか」
一瞬、思考が止まった。
今、この男はなんて言った?
面白くない?
そんな理由で村人を見捨て、村長を野放しにしているのか。
ぼくは断罪の声をあげた。
「そんな事が許されると思ってるんですか。そんな、人の死を楽しむなんて」
「君に人のことがいえるんですか」
その言葉は遮られた。
「あなたがこの村に来たのは、人殺しの決まりに興味を持ったからじゃないんですか」
男の言葉が。
「自分が殺されそうになって被害者面ですか? 私に断罪の声を上げて善人気取りですか?」
その一言一句が。
「いいですか。よく聞いてください。他人を断罪出来るのは、その罪を真っ向から反対出来る人だけです」
矢のように僕の胸に突き刺さる。
「好奇心でここにやって来た君に、私を断罪する資格はありません。もっとも、私を断罪する資格を持つものはそもそもこの村にこないでしょうが」
違う、と言いたかった。
お前と一緒にするなと言いたかった。
けれど、言えなかった。
いや、違う。
言えなかったんじゃない。
言わなかったんだ。
僕はきっと認めているんだ。
男の言葉を認めて、自分の本性を自覚して、納得しているんだ。
その感情が胸から零れて、喉を塞いで、声を出せなくしているんだ。
僕が自分を自覚したと同時、男は浅い溜息を吐いた。
「ではそろそろ私は失礼します。夜分遅くにすみませんでした」
そう言って男は踵を返した。
男は背中を向けたまま、
「さっきはあんなことを言いましたが、君には村長を断罪する資格があると思いますよ。何せ殺されかけたんですから。そも、私に他人をどうこういう資格なんてありませんし」
そういい残して、男は去っていった。
僕はそこに残ったまま、ただ漠然と夜の闇に身を預けた。
そして、ゆっくりと目を瞑る。
このまま夜の闇に溶け込んで消えてしまいたいと、心の底からそう思った。
読んで下さりありがとうございました