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小屋を出た私はひたすら翼をはためかせていた。
トムはあまり長く小屋を空けずに首輪を買って来た。だから、そう遠くない距離にお店屋さんはある筈。
ぱったぱった、ぴっこぴっこ。
はぁはぁ、ぜぃぜぃ。
ダメだ、疲れたから歩こう。
ぽってぽって。とぽとぽ。
こうして十分も行けば、とりどりの屋根が並ぶ街が見えて来た。
へぇ、へぇ、ふぅ、ふぅ。
あ! あの赤い屋根のお店屋さん、パンの形の看板が掛かってる!
私は一目散にパン屋さんに走った。……走っても、とてとてとトロっこいのだけど、それはそれ。
私が街に来たのは初めてだ。目にする全てが物珍しくて、キョロキョロと忙しなく首を巡らせた。
しかし物珍しいのは道行く人々も同じのようで、一度は私の横を素通りしても一瞬の後にはギョッとして振り返る。
「ママ、あの赤ちゃん龍、ヘンな色!」
いちご色のお子様が私のおめめを突き刺しそうな勢いで、ビシッと指を差してきた。
ふんっ。そっちだっていちご色の頭にヘタの色の目ぇしてるくせに。
「これ、人様の飼い龍を指差しちゃいけません。飼い主の方に怒られますよ」
そうだそうだ。
前を行く母親に手を引かれたお子様は、じーっと私を振り返って見てる。
現実の世界なら失礼なお子様連れには泣き寝入り。だけどここは夢の中、だからすかさず反撃のあっかんべーだ。
「マ、ママ! あの赤ちゃん龍、僕にあっかんべーした!」
私のあっかんべーを貰ったお子様は目をまんまるにして母親の手を引き訴えた。
「これこれ、いい加減な事を言わないの。もう行くわよ」
「違う! ほんと! ほんとに僕にあっかんべーしたんだよっ!」
「はいはい」
へへんっ。いつかは覚める夢だもん、このくらい自由に生きてみたっていいじゃない?
そうしてお子様連れと別れた私はパン屋さんの扉を潜った。
カランカラン。
「いらっしゃい。あんれ? 今日は随分と可愛いお客様がきたもんだ」
カウンター越しに朗らかな声を上げたのはとっても優しそうなおかみさんだった。おかみさんの優しそうな栗色の瞳に励まされ、私は覚悟を決めた。
一直線にカウンターに向かい、えいやっと飛び上がってカウンター越しのおかみさんと目線の高さを同じにした。
「どうししたんだい? 可愛い首輪さ付けて、飼い主さんはどうしたね?」
首輪に忍ばせたピンクの宝石を取り出してカウンターの勘定皿の上に乗せる。
「きゅぁ、きゅぁ」
そして、前脚でついつい、ついついと香ばしい匂いを立てるパンを指差した。本当は指差しなんて器用な事は出来ないおててだけど、必死にあれあれと前脚をバタつかせる。
「えぇっと、もしかするとおつかいなのかい?」
ぶんぶんぶん!
「きゅーあ、きゅーあ!」
そうなの、そうなんです!
私は必死に頭を振っておかみさんに是を示す。
「ふむ、そうするとこれがお代かい?」
ぶんぶんぶん!
おかみさんはピンクの宝石をチョイと指先で摘まみ上げた。
キラン、キラン。
持ち上げたそれをおかみさんは宙に翳して、そしてわなわなと震えだした。
「な、な、なんだってこんな高価そうな宝石がお代なんだい!? 悪い事は言わないよ、もう一度飼い主さんに確認をしておいで? この宝石とパンじゃ等価交換が成り立たないよ」
おかみさんは律儀にも宝石を私に返そうとする。
私はおかみさんの目をしっかりと見て、首を横に振る。そして売り場を周回して飛びながら、あれもこれもといっぱいのパンを指し示していく。
「ううんと、本当にこの宝石とパンの交換でいいんだね?」
ぶんぶんぶん!!
おかみさんは少し思案して、けれど不承不承に頷いてみせた。
「そんなに言うならパンは好きなだけ持っていくといい。それから、贈答用に高品質の蜂蜜やジャムがあるから、それも全部持ってお行きよ」
カウンターに背を向けたおかみさんは言葉通り店の奥から蜂蜜やらジャムやらの瓶詰めを大量に持ってきた。
そして特大の麻袋にそれらを詰め込むと、私に渡して寄越す。
「ほれ、この袋にゃまだまだ入るからね。パンも好きなだけ持ってっとくれよ」
わ、わぁぁああああ!
パン屋さんのパンが選び放題!? それってすっごく嬉しいよね!?
「きゅあきゅあ」
私は端から美味しそうなパンを袋に詰めていく。詰めても詰めても大きな袋にはまだまだゆとりがあって、私はもっともっとと詰めていく。
そうして袋がパンパンになったところで一声嘶く。
「きゅあ!」
これで!
「はははっ、それでいいのかい? それじゃ、お代はこの綺麗なピンクの宝石で確かにいただいたよ。……だけど帰り、大丈夫かい?」
「きゅあ!!」
大丈夫!!
心配そうなおかみさんに、特大のサンタクロースの袋を背負った私は力強く答えた。
「気をつけるんだよ!」
「きゅあ!」
そうして私は飛んだ。自重よりも重いサンタクロースの袋を背負って、是が非にでも小屋まで飛んでみせた。
だってパン屋さんのパンの食べ放題が待っているのだ、夢とはいえ食いっぱぐれる訳にはいかない。