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マルスとトムの二人と暮らして二日が経った。二人は私を売り払うのをやめたらしい。
相変わらず私の首には首輪が付いている。だけど首輪は当初の重ぼったい金属製から可愛らしい赤色のそれに代わった。
……ふーん、なかなかに可愛いんじゃない?
付け替えられたばかりの真新しいそれに、私は満更でもなかった。
「トム! オメェあに無駄遣いしてんだ!」
マルスがトムに詰め寄って、空っぽの財布を振っている。
「だってよぉマルス、あの金属の首輪じゃあおちびちゃんも重かろうよ?」
「……うーむ」
マルスは空の財布を握り締めた手をそっと下ろした。
なんとなく、二日を共に過ごすうちに分かった。私を浚ったこの二人、そんなに悪い人じゃないって。
「きゅあ」
ねぇ二人とも、どうか私をサイラス様のところに連れてって? それってきっと、私を売るよりも実入りはずっといいと思うんだ。だって、サイラス様は龍の王様だもん。きっと、たっぷりお礼を弾んでくれる。
「……あんだよちびちゃん、また腹ぁ減ったのか? 悪ぃがもうパンがねーんだ」
マルスがツンツンと真新しい首輪を突きながら言った。
「昨日のパン、全部おちびちゃんが食っちまっただろう?」
別に今のはご飯をせびった訳じゃなかったんだけど、……なんかごめん。
この二人、いい奴らだけど懐はすっからかん。行きがかり上この二人のペットみたいになっちゃったけど、この二人からちゃんと食べさせてもらえるか著しく不安。何より、私を養ってこの二人が食べて行けるのかががもっと不安だ。
はぁ、それにしたって言葉が通じないってなんて不便。私、いつになったら大人になれるんだろう。早くこのピンクのトカゲから人になりたい。
……私も負んぶに抱っこじゃなくて、ちゃんと食べていける方法を考えなくちゃ。けど、トカゲの私に一体何が出来るだろう。
私は色々と不憫な二人に背中を向けると、すっかり定位置になったソファへ戻る。
かゆかゆかゆ。
むずむずすとむず痒い背中の辺りを掻きたくて、前脚を背中に回す。
う、うぬぬぬ。
届かない、脇腹の辺りまでがせいぜいで、ぽよぽよと短い前脚はとても背中には届かなかった。
はぁぁぁぁ~。情けないやら、痒いやら。
……もういいや、ひとまず痒いのは置いといて、今後の事を考えよう。私がお金を稼ぐとして、私って何が出来るだろう。
えっと、食べたり歩いたりは出来るけど、喋るのは出来ない。飛ぶのも出来るけど、飛ぶのは歩くのよりも遅い……、ってダメダメじゃない私?
かゆかゆ、かゆかゆかゆかゆ。
やっぱりピンクのトカゲじゃなぁ……あ、待てよ。私のこのピンクって珍しいってマルスとトムが言ってたな。だから二人も私を浚おうなんて気が起こった訳だ。
とは言え、見た目だけで稼ぐってどうやって? ……見世物小屋?
うわぁ、それはさすがにちょっと嫌。
かゆ、かゆかゆかゆ、かゆかゆかゆかゆ!
痒い、痒い、痒ーーい!!
余りの痒さに考え事もままならない。私はソファからぽてんと降りると壁に向かって走った。
ぞりぞりぞり、うーんと、もちょっと後ろ。ぞりぞり……。
角度を調整しつつ背中を壁に擦りつけた。
へへっ。そうそう、そこそこ。
ぞリぞり、ぞりぞりぞりぞり、ぞりぞりぞーり。
一通りむず痒いところを擦り付ければ随分とすっきりした。そう、まるで痒いところを全部そぎ落としたみたいに。
キラッ、キランッ。
うん?
足元に何か落ちてる? でっぱったお腹越しにも、床がキラキラとピンク色に光っているのが分かった。
最初は何もなかったと思うんだけどな。ぽてぽてと場所をずれ、振り返った。
!!
エッ、エッ、エェェェェェエエエッッ!?
壁際の床にはなんと、大量のピンクの宝石が落ちていた!!
その数たるや両手の指でも足りない程、しかも大小様々なピンクの宝石はピッカピカのキラッキラ!
ピ、ピンクダイヤ!? ピ、ピンク……、駄目だこれ以上ピンクの宝石が思い浮かばない。だけど、とにかく見た事も聞いた事(?)もないくらいにピンクの宝石は眩いばかりだった。
キョロキョロと忙しなく首を巡らせる。
……マルスとトムはいない。
大急ぎでピンクの宝石をかき集め、手近な麻袋を引っ掴んで全て入れ込んだ。
全て詰め終えて、よろよろと床にへたり込んだ。ピンクの宝石の出どころは、私……だよね? 私がかいかいして剥がれ落ちた、私の皮膚? ウロコ? まさか、垢!?
と、とにかく私が落とした私の一部に違いない。
けれど、落とす現場を目撃されなければ使うには問題ないはず。
当たり前だけど、私がそんなキラッキラしい宝石を背負っている訳じゃない。それだったらマルスとトムが引っぺがしてとっくに売り払っている。私の体から落ちて初めてそれは、ピンクの宝石へと変化する。
私は小屋の隅、埃を被って捨て置かれた背負い籠の中に麻袋を隠した。その際に一粒だけ、首輪の内側に忍ばせた。
さて、マルスとトムは何をしてる? 二人はいまだ小屋の中には戻って来ない。私はそおっと扉から外を覗きみた。
「なぁトムよ~、腹ぁ減ったなぁ? もっちゃ、もっちゃ」
「減ったけども、財布はスッカラカンだぁ。それに草は食っても食っても腹ぁ膨れやしね~。むっちゃ、むっちゃ」
二人は木の幹に寄り掛かり、草の根を噛んでいた。
「……おちびちゃんの首輪、返品してくっか? もっきゅ、もっきゅ」
「馬鹿言えやトム! あのちびちゃんが俺らんだって分かるように、ありゃあ必要だ! もっしゃ、もっしゃ」
……物凄く不憫だ。二人の空腹具合を鑑みれば、現実の私の境遇よりも余程不憫に思えた。
肩を落として我武者羅に草の根を食む二人は私が小屋を出たのにも気付かなかった。




