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サイラス様にご飯を買ってもらって、体を洗ってもらって、とくれば次は? 答えはもちろん、お昼寝タイムだ。
飛行練習はどうしたのって? へへへっ、やっぱり後でにしたの。
『サイラス様はピッカピカのキラッキラ。とーっても綺麗でずるいんだ』
私は龍体に変化したサイラス様の懐にそれはそれは大切に抱えられていた。龍体のサイラス様はとっても大きくて長いから、うっかり潰されてしまってはたまらない。
『何を言うか。ももかのピンクの幼体とて、とびきりに可愛いぞ』
……可愛い? う~ん。
『ねぇサイラス様、それって物凄く贔屓目で見ていない? 私、自慢じゃないけどルックスは平々凡々、十人並みなの』
『ももか、我は美醜には拘らん。何故なら造作だけで言えば、この龍の国で最も美しいのは王たる我だからだ』
ありゃ~、言ってくれちゃった。
自己申告の通り、サイラス様が数多いる龍の中で一番に美しいのだ。そして本人(龍)にも美しい自覚はあるらしい。
『そして美醜などとは実に些末。我はももかが笑えばただただ可愛く、ももかが我の名を呼べば天にも昇る心地がする。目がももかを追う、心がももかを望む。我にとってももかだけが真に美しく、心惹かれる存在なのだ』
!!
『サイラス様、私、幸せが過ぎて恐い。……サイラス様の優しい夢から目覚めたら、私はもうこれまでの日常になんて戻れない』
私の答えに蕩けるようにサイラス様が笑う。私を優しく抱き締めるサイラス様の体温が少し熱くなった気がした。
『夢などとももかは奇異な事を言う。ももかが何度寝て覚めたとて、ももかは我の腕の中におろう? 我の腕からももかを離してなどやらぬ』
……そう、そうだね。
今感じる温度が全て、今はそれでいい。
『へへっ。サイラス様、色々考えすぎちゃった。私、サイラス様がだーい好き!』
ふぁ~あぁ。
問題が解決したら、なんだかおねむになっちゃった……。
眠る事が恐くって、これまで熟睡を避けて来た。だけどもう流石に眠らずにはおれなくて、それならばサイラス様の腕に抱かれて眠ろう。
『……ふむ。我はももかが想う以上に、ずっとももかを想っておるぞ。愛しいももか、無邪気な其方に我は一喜一憂し、しかしそれすらもかけがえのない幸福に違いない』
大好きな優しい声を微睡みに聞きながら、温かなつがいの胸に沈む。
温かなつがいの胸の中、幸福な夢に揺蕩うの。
神様、どうかこの幸福な夢を取り上げないで? 私はこの幸福な夢から覚めたくない。
「ももか! いつまで寝てるの!? 美容室の予約がもうすぐでしょう!」
!?
なにっ? なに!?
聞きなれた母のがなり声。けれど今、とても聞きたいとは思えない母の声。
重たい体、重たい頭、なんとか半身を起こして見回す景色は見慣れた私の部屋だった。壁掛け時計の時刻は七時半……?
「……母さん、今日は何日?」
平日なら六時には起きて七時前には家を出る。でないと始業前に給湯室の掃除とお茶出しの支度が間に合わない。
それに母は「仕事に遅れる」ではなくて、「美容室の予約」と言った。
いつの、七時? 今日は平日? 休日?
「あんたは何を寝ぼけてるの? 今日は四月十日、あんたの見合いでしょう? さぁ、サッサと美容室に行ってきなさい」
母は呆れて特大の溜息をひとつ残して部屋を出ていった。
私は布団に座った状態のまま、しばらく茫然としていた。見下ろす私の手は、ぽよぽよのピンクじゃない、五本の指があって少し荒れた二十年慣れ親しんだ私の手だった。
けれど今、無性にぽってりしたピンクの前脚が恋しかった。
「……サイラス様? サイラス様に撫でてもらった感触がまだ残ってるよ」
震える手をそっと自分の頭にやった。サラリと黒髪を撫でつけた。ただ、髪を梳く感触があっただけ。サイラス様にされた時のように、胸が熱を持つ事はなかった。