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だけど三日が経っても、一週間が経っても私の夢はまだ覚めていなかった。
今回の夢はまた、随分と長編のようだ。
そして今回の夢は、……なかなか難儀。
「きゅーあ! きゅーあ!」
サイラス様大変っ! これ以上はきっと焦げちゃう! 焦げちゃうよっ!?
サイラス様との暮らしはドキドキハラハラの連続だった。鉄壁の美貌のキラキラピカピカのヒーローは、王様故にその生活力に若葉マークが付いていた。
かく言う私もサバイバルには縁がない……。要するに、二人仲良く手探り状態。
「そうだなももか、腹が減ったな? 我がよくよく焼いて食わせてやるゆえ、しばし待てよ」
違ーう!! いやね、お腹は減っちゃいるけれどそうじゃなくて!
これ以上焼いたら、昼ごはんのお肉が真っ黒焦げになっちゃうったら!
「きゅあー!!」
うっ! 煙いっ! 目が沁みる! しかも熱風で熱い!
それでも私は必死にぴっこぴっこと焚火の前を飛び、短い前脚で必死に訴える。
お肉取ろう!? もう火から救出しよう!?
「こらこらももか、そんなに火の近くを飛んでは其方の可愛い尾っぽが煙で燻されてしまう!」
サイラス様がヒョイっと私の後ろ脚を引っ掴む。そのまま、それはそれは大事そうに抱き込んだ。
違ーーう! そうじゃないのっーー!!
尾っぽがちょっとくらい熱くたって、昼ごはんを炭にしちゃうよりはマシだもん!!
「おーよしよし、ももかはなんと可愛らしいのだ」
んっ!? スン! スンスンスンスンスン!!
こっ、これはっ!!
「……きゅ、きゅぁ」
……お肉、食いっぱぐれたよ。めっちゃ焦げ臭い……。
サイラス様が私の頭を撫でまわしている内に、焚火で焼いている串焼き肉からは焦げ臭い匂いが立ち昇っていた。
「ふむ、そろそろ肉は焼けただろうか? 肉汁滴るレアステーキがよいのだが、さて、どんなものか」
サイラス様、お鼻は詰まっていない? この充満する焦げ臭さにどうしてレアステーキって思えるの。この世界に耳鼻科があるかは分からないけど、私はちょっとサイラス様のお鼻が心配よ?
サイラス様は左手に私を抱いたまま、意気揚々と右手にトングを持った。
ボフッ。
サイラス様がトングで炎から串焼き肉を掴み出す。
ボロッ。
真っ黒になったお肉は案の定、崩れ落ちて地面に落ちた。
「……ふむ、火力が強かったか?」
「きゅ……」
サイラス様、そもそも直火に突っ込んでいる訳だから、火力よりは引き出すのが遅すぎたと思うの。それ、明らかな焼き過ぎよ?
きゅるるるるるぅ~。
あ、お腹の虫が鳴いちゃった。
「ももか! すまぬ!! つがいの腹も満足に満たしてやれぬとは我はなんと不甲斐ないのだ!」
悲壮感漂わせたサイラス様が私に向かってくてんと頭を垂れた。
!!
「きゅあきゅあ!」
そんな事無いよ!
私、サイラス様と一緒ですっごく楽しいの。すっごくすっごく幸せなの。
ちょっとばっかり食べるに難儀してひもじいけど、だけど心はほっこほこに温かなの。
私はサイラス様の首から頬、胸にと一生懸命スリスリした。不甲斐なくないよって、嬉しいよって必死で伝えた。
「……ももか、其方はなんと心優しい。不甲斐ない我をまだ慕ってくれるのか?」
「きゅあ!」
もちろんサイラス様が大好きだもん!
「ももか!」
サイラス様にぎゅうぎゅう抱き締められれば、とっても幸せ。サイラス様の匂いも温度も、この三日ですっかり覚えた。
この夢の中でだけ、ここは私の特等席。胸がはち切れそうなくらい、いっぱい。
ぐうぅぅぅぅ~きゅるるるる~。
!!
やぁっ! お願いだからお腹は静かにしててっ!
「……ももかよ、買い出しに行こう」
「きゅあ?」
買い出し?
だってサイラス様はお金を持っていないよね? お城から私を追いかけて来たサイラス様が身ひとつだったのは私も知るところ。
ピッカーーーーーーーンッッッ!
わぁ!
サイラス様が私を抱いたままいきなり龍体に転じたものだから凄くビックリ。
『ももか、少し待て』
サイラス様はそう言い置くと、私を柔らかな地面に丁寧に下ろした。
『? はーい』
龍体同士なら、会話が出来る。だけど如何せん、龍の前脚は力ばっかり強くってぶきっちょだから、日常生活を整えるには不向き。
だからサイラス様は会話は出来ないけれど、人型をとって私の世話に奮闘してくれていた。
実は初日の食事で龍体のサイラス様が獲って来た肉をそら食べろと私に差し出して、私はもう、ものの見事に泣いた。
いくら私がトカゲ(本当は龍の幼体)だからって、生肉なんて絶対食べられない。えぐえぐと泣き止まない私にサイラス様はひどく狼狽していた。
私もまた、龍の皆さんが当たり前に生肉を食べると知って衝撃を受けた。
それ以来サイラス様は食事になれば人型を取って、私に調理した食べ物を供そうと四苦八苦だ。
……もう何日まともに食べてないだろう。焦げ過ぎ、生焼け、そもそも食べちゃダメなヤツ。
腹下しも数回体験して、私は結構弱っていた。
チラリとサイラス様に視線を遣る。
私を地面に下ろしたサイラス様はキラキラツヤツヤの長い龍体を丸め、何事か念じているようだった。
しばらくして、目を瞑りジッと微動だにしないサイラス様の周囲に薄っすらと青白い光が立ち昇る。
!? なにあれ?
青白い光はサイラス様を中心に渦巻いていた。私は食い入るようにその光景を眺めてた。するとジッと瞠目していたサイラス様の目が開かれ、同時に青白い光は引いた。
『……なんとか得る事が出来た』
サイラス様の低い呟き。
『サイラス様? 得るってなぁに?』
身を高くしたサイラス様が私に向き直る。その前脚には、大事そうに何かを握っていた。
なんだろう?
ぽてぽてとサイラス様のところに走り寄れば、サイラス様が私に両手を差し出した。
!!
差し出された両手の中にはピカピカ、キラキラ、ツヤツヤの碧く光る宝石があった。
『わぁあああ! すっごくピカピカ!』
『これを売れば、かなりの金額になろう』
へええ!
だけど誇らしそうに微笑むサイラス様に感じた僅かな違和感。
……あれ? サイラス様の鬣がごっそり抜け落ちちゃってない? シュルンとハリがあったお髭は垂れ下がってる。しかもなんだか全体的に随分と草臥れちゃった感じだよ?
銀色の輝く龍体も全体的にくすんで見えた。
『サイラス様なんだかよれちゃってない? それにこれって、なぁに?』
『ふむ。これは我自身。しかしまぁ、財産のようなものでここぞという時に使うのだ。そして紛う事無く我には今が使う時だ』
……ええっと、なんだか難しくってよく分からない。
『ももか、そんな事は今はどうでもいい。それよりもこれを換金して必要な食料や家財、それらを整えよう。ももかの食したい物を全て買ったとて何年だって暮らせるぞ』
!
何年分も買えちゃうの!?
このピカピカの宝石がとっても価値があるって事はよく分かった!
『だけどサイラス様、私してもらってばっかりでごめんね』
ほんと、お世話かけます。
人型になれればまた違うのかもしれないけど、赤ちゃんトカゲ(本当は龍の幼体)の姿って呆れるくらいに何にも出来ないの。
『何を謝る事がある。我がももかの為にしたいのだ。我がももかといたいのだ。ももかと共にあれて、我はこの世の春を謳歌している』
!!
へへっ!
私は嬉しさ余ってボフンッとサイラス様の胸に体当たり。おっきなサイラス様は難無く私を抱き留めて、ピカピカの宝石と一緒に前脚に抱き上げた。
チョイチョイとおっかなびっくりで触ったピカピカの宝石はサイラス様の瞳と同じで吸い込まれちゃいそうに綺麗だった。そして感じる温もりはまさにサイラス様自身といって過言じゃない。
なんだか愛おしくって、大きくてピカピカなそれをギュッと胸に抱き締めた。
『……ももか、其方はなんと可愛い』
『サイラス様だって、とーっても素敵!』
スリスリスリ。スリスリスリ。
……ぐぅ、ぐうぅぅぅぅ~きゅるるるる~。
!!
『ふっ、ふははははははっ!』
『もうっ、サイラス様笑っちゃやあ!』
ピッカーーーーーーーンッッッ!
「ではももか、さっそく食料を買いに行こう」
ああっ! サイラス様ってば人型になったってまだ肩を揺らしてるんだ。
「……きゅ?」
……あれ?
私を腕に抱いたまま龍体から人化したサイラス様を見上げる。
!!
「きゅあー!」
サイラス様、頭の横っちょに十円ハゲがあるっ!
それ、お肉焼いてた時はなかったよ!? それになんだか、ピカピカの美貌ながら肌はカサカサ、目の下には隈まであるよ!?
私はピョンっとサイラス様の腕を飛び出して、ぴっこぴっことサイラス様を川っぷちまで誘導した。
水面に映る自身の姿にサイラス様が別段驚いた様子はなかった。
まるでサイラス様には分かっていたみたい。
「きゅあ!?」
だけどサイラス様、一体どうしちゃったの!?
「ももかよ、我を心配してくれているのか? なに、大した事はないのだ。龍晶を落とすのは少々骨が折れるのだが、こんなのはじきに回復する。……それよりもももかは、このような我は嫌いか?」
「きゅああ!!」
そんな事あるわけないよ!!
サイラス様、私全然嫌じゃないからね! それからね、十円ハゲは疲労ストレスによる一過性がほとんどなの。またすぐにキラキラツヤツヤの銀髪が生えるから心配なんていらないよ! お肌も隈も、一晩ぐっすり眠れば消えちゃうんだから!
なにより私、サイラス様がつるっぱげだって、ぞろぞろお肌だって、そんなのはちーっとも問題じゃない。
慣れない手で一生懸命私に尽くそうとしてくれる、優しくて穏やかな、鼻詰まりのサイラス様にもう、めろめろなの! 首ったけなの!
スリスリスリスリ!
「ももか、我は幸せが過ぎて苦しい……」
きゅるるるる~。
!!
「けれど今は何より、食べ物を買いに行かねばならんな!」
サイラス様は私を腕に抱いたままお店屋さんにダッシュした。
「きゅ」
ごめんねサイラス様、だけど確かにお腹と背中がくっついちゃいそう。