26
久しぶりにピンクのトカゲルックで帰城した。そうしたら出迎えた城の皆が一気にざわついた。
え? なんで??
「ももか!」
「きゅあ」
あ、サイラス様。お土産にきのこがいっぱいあるんです。今日の夕食はきのこ尽くしになりますよ!
サイラス様の胸にぽふんと抱き付いた。
「ももか? 背中に背負うきのゴンの恩恵と思われる大量の希少きのこ、這う這うの体でそこにおるタダ飯食らいの二人と突っ込みどころは多いのだが、人化が出来て成体に転じたと思うたに、何故にももかはいまだ可愛らしすぎる幼龍なのだ??」
そうすれば、サイラス様がちょっと困惑気味に告げた。
サイラス様の隣に立つおばあさんも何やら考え込んでいた。
??
ええっと、とりあえず背中の背負い籠が重いから下ろしますね? それからサイラス様の言葉にあったきのゴンってきっと、あのきのこの怪獣の事? きのゴンってネーミングはちょっと可愛いじゃないか。
サイラス様以外の皆の視線は背負い籠に、溢れんばかりの希少きのこの山に集中していた。その顔色は何故か一様に青白く、口元は引きつっていた。
そもそもどうして私が私よりもでっかい背負い籠を背負ってるかって? それはマルスとトムが存外にビビりだったから。
「きゅあ~」
あ~重かったぁ。
どっこらしょと下ろした背負い籠、それを皆が皆、目を丸くして遠巻きに眺めてた。
「こりゃまたどえらい希少種ばかりだね。これは市場じゃマツタケの倍以上の値段だね。おや! これなどは一株で屋敷が一件買えちまう」
怯まずに背負い籠に手を突っ込んだのはおばあさん。それにしても、屋敷一軒って凄い。まさかここまで価値があろうとは思ってなかった。
「無事に帰って来たからいいようなものの、あたしの言いつけを守らず裏山にいきおってからに。きのゴンはひとたび出会えば生きては帰れぬと言われる幻獣さ。よくもまぁ、無傷で帰ってきおったさ」
おばあさんはポンポンっと私の頭を撫でた。
「きゅぁ」
へへっ。
ころころ、ころころ、……あ! あーーっ!?
ぱしっ!
私は慌てておばあさんの手を掴む。おばあさんのポケットに消えかけた屋敷一軒相当のきのこをすんでのところでなんとか救出。
「おや、目聡いね……。あたしがひと手間かけりゃなかなかの効能が見込める呪い薬が出来たのに、残念だね」
ふぅ、油断も隙もない! 後一歩遅れたらきのこはおばあさんのポケットに消えるところだった。折角の希少なきのこを味わわずしてそんな怪しい薬にしちゃ嫌!
「ももか、これは全て厨房に運ばせよう」
「きゅあ!」
ぜひ!
サイラス様の指示できのこは無事に今晩のおかずになりそうだ。
「かくかくしかじかで、イメージしたらピンクのトカゲに戻れたの。で、きのゴンはピンクの宝石を溶かしたお茶をパシャッとしたら煙になって消えたの」
龍体から人型にも難無く戻る事が出来た。二十年過ごした人型をイメージするのは、ピンクのトカゲに変化するよりもずっと容易だった。
そうして人型に戻った私はきのこ尽くしの夕食をサイラス様とあばあさんと囲みつつ、今日のいきさつを説明していた。
ちなみにマルスとトムはと言えば、二人は自室で呻っている。おばあさん曰くフラッシュバックという奴で、これは時が解決するのを待つしかないらしい。
せっかくのきのこの夕食も、二人は見たくもないと顔を背けた。なんてもったいない。
「ももか、今回は其方が無事であったから良かったようなものの、これからは決して無謀をしてはならぬぞ。もし次回、きのこ狩りに行きたくなったら必ず我と一緒に行くこと、よいな?」
「はいっ」
サイラス様と一緒に行くのに否やなんてある訳ないよ!
サイラス様がなでなでと私の頭を撫でるのに、心地よく身を任せる。
「それでね、きのゴンが消えたら明らかに高級チックなきのこがいっぱい散らばってたの。なのにマルスとトムは怯えて役立たずだったから、私が漏れなく集めて背負って帰って来たの」
夕食のテーブルにはそんな汗と涙のきのこ料理がどっさりと並んでいた。
「……そりゃお前さん、普通は十人中十人が着の身着のまま裸足で逃げ帰るだろうよ」
「えっ!? こんなに美味しそうなきのこを放置なんて出来ないよ!」
あのまま置いて帰ったら、このきのこ達は誰の口にも入らずに朽ち果てていたんだよ? そんなもったいない事、出来る訳ないじゃない。
「……お前さんは食べる事に関しては、肝が据わり過ぎる位に据わっとるからな」
「ところでももか、ももかが変化した時にイメージした龍とは幼龍の姿だったのか?」
なでなでの手を休めないままサイラス様が問う。
サイラス様が人型の私にするなでなでは、龍体の私にするよりも少し遠慮がちな気がする。今もサイラス様は私の頭を撫でているけれど、羽が触れる位の軽いタッチだ。
「うんっ! だって私の龍体はピンクの赤ちゃん龍でしょう?」
「そりゃ幼龍のお前さんはそうじゃが、今のお前さんはもう成龍じゃろうて……」
え?
おばあさん? サイラス様? その可哀想な子を見る目はなぁに??
「まぁ、何にせよ強く幼龍のイメージを持ちすぎじゃ。一度出来上がっちまったイメージを払拭するのは骨が折れるよ」
ええっと、もしかして私はイメージし損なってしまったの?
あそこでは、するりん、くねりんの、素敵な成龍を想像するべきだったのね!?
「そうすると私、するりん、くねりんの龍体にはなれないの?」
このままピンクのずんぐりむっくりのトカゲのまんまなの!?
「イメージってのは厄介だからねぇ。しかもお前さんの場合、そんだけ強くトカゲトカゲと念じちまうと、言霊が宿っちまってる……。じゃがま、希望はゼロじゃなかろうて」
おばあさんは物凄く水を濁す。……裏を返せば、私の龍体=ピンクのトカゲでほぼほぼ確定って事だよね。で、するりん、くねりんの龍体になれるのは万にひとつ位な感じ?
「なんだいなんだい暗くなっちまって! お前さん、そのピンクのトカゲルックが気に入ってきたと言っておったじゃろう!」
おばあさん、それとこれとは話が別だよ。
「いや、ももか! ももかの幼体はこの上もなく可愛いぞ!? 我はとびきりに可愛いももかをこの後もずっと見られるなど、なんという僥倖だ!」
え? サイラス様は嬉しい?
私をそっとなでなでしていたサイラス様が、わしゃわしゃっと強めに頭を撫でつけるのにドキっとした。
「……ずんぐりむっくり、嫌じゃない?」
見上げて問えば、サイラス様は私にキラキラの笑顔を向ける。
「嫌な訳があるか! 可愛くて可愛くて、大好きだっ!」
きゃっ。
隣からむぎゅっと抱き締められて、嬉しくって幸せ。
へへっ! 私、サイラス様が可愛いって言ってくれるなら、いいかも。ずっと、このままでもいいかも!
「サイラス様、私もサイラス様がだーい好き!」
ぎゅっと抱き返して、サイラス様にすりすりしていたら、おばあさんの方からむしゃむしゃもしゃもしゃと物凄い咀嚼音が聞こえてきた。
?
「あ! あ! あーーーーーー!!」
「へんっ、食事中に余所事してる方が悪いのさ。おや、この超希少きのこのソテーは美味だね~。もっしゃもっしゃ、ぱっくぱっく」
手前の皿から順繰りに、きのこ料理がおばあさんの口に消えていく。
「おばあさん! お願いだから皿毎に平らげていくのをやめてっ! せめて全部の皿から均等に……」
って! 言ってる間にも一皿空けちゃったぁ!
あわわわわ。
私は慌てて自分の取り皿に確保した。
サイラス様はそんな私をどこまでも愛しい目をして見つめていた。
私の龍体問題も解決し(ピンクのトカゲルックでオッケー)、幸せな、きのこ尽くしの夕食に胸もお腹もいっぱいになった。
「ももかに専属の女官を付けようと思うのだ」
ある日のお茶の席で、サイラス様が切り出した。
「え? 私は自分の身の回りの事は自分で出来ます。だから、いらないですよ?」
うん、紅茶だって自分で淹れられる。お茶菓子だって自分で厨房に貰いに行くよ? だってその方が好きな物を好きなだけ貰い放題だしね。
「……しかし桃色のおばばから、ももかが、その……」
なになに?? サイラス様が随分と溜めを作っている。
「コホン、……ぱんつひとつにしても調達に難儀しておると報告を受けておるぞ?」
えっ!? ちょっと上擦った声で告げられた、事実。
……それは私が三枚千円のお腹まですっぽりの木綿のぱんつを求めているから。異世界において、好みのぱんつをゲットすることは存外骨が折れるのだ。
服はほら、このピラリンとしたワンピースでなんら不満はないんだけどね。ぱんつはやっぱり、そうもいかないじゃない?
「専属の女官がおれば、ももかの希望で全て女官が手配調達に動く。ももかが過ごしやすくなるのではないかと思ったのだ」
専属の女官、かぁ。
私はこれまで、誰かと一緒に過ごす事をあまり好んでこなかった。気を遣ったり、遣われたりは疲れちゃいそう。
気さくで優しい人だったら、あるいは……あれ?? 私まさに最近、そんな出会いがあったよね!
「サ、サイラス様! 私の女官、ぜひなってもらいたい人がいます!」
「ほう?」
もちろん、全てはシンディーさんの返事ひとつ。だけど、聞いてみる価値はある!
私は見事シンディーさんの快諾を得た。そうして待ちに待ち、ついにシンディーさんが私付きの女官として配属されてきた。
「ももかさん! ありえません!! 全く以ってありえませんっ!!」
ヒィッ!
ところがだ、私は自室クローゼットの前でジリジリとシンディーさんに詰め寄られ、凄まれていた。
「コレは処分いたします!」
「や、やだー! ダメー!」
コレ、と言ってシンディーさんが人差し指に引っ掻けてピラリンと宙を泳がせたのは私のぱんつ。
そう、洗濯から返ってきたばかりの、洗い上がりほやほやの三枚千円木綿のLサイズのぱんつ。
あまりの穿き心地の良さに、結局捨てるなんて出来ずに穿き続けていたぱんつ。
私はコレのMサイズが欲しくって、シンディーさんが私の専属女官に就任した今日、真っ先に相談したのだ。
そして相談したのが運の尽き。私の唯一の宝、三枚千円木綿のLサイズのぱんつは処分の危機に瀕していた。
「ももかさん! こんなぱんつを穿いていますと、お尻がたるみますわ!」
え? お尻がたるむの?
「お腹もゆっくりゆるゆると超ぐーたらモードでございます!」
お腹がゆっくりゆるゆる? うん、それには反論の余地もないよ。
「うーんと、だからMサイズにしようかと」
「ノーー!!」
ビクッとした。私、シンディーさんの迫力に呑まれちゃいそう。
「私がももかさんの女官に就任しましたからには、見過ごせません! ももかさん、少しお待ちくださいませ!!」
「ハ、ハイ」
まるっとごくっと、シンディーさんの迫力に呑まれた。
私はその場にカチンと固まり、しばしシンディーさんの戻りを待った。
「お待たせいたしましたっ!」
それは時間にして、ほんのニ~三分。
その手に何かを握り締め、シンディーさんが戻った。
「ももかさん! これに穿き替えををして下さい!!」
ババンッ!
「! ハ、ハイッ!」
ババンッっと差し出されたピンクっぽいの。恐れ慄きつつも、勢いに圧され反射で受け取る。
私は受け取ったそれを手に、すごすごと脱衣所に向かった。
……おかしいな。シンディーさんは優しい、それはもう間違いない。
なのに同時に、恐いって感じるのは私がおかしい?
とにもかくにも指示通り、私はかぼちゃのズロースから可愛いレースとリボンの付いたピンクのぱんつに穿き替えた。
わ! なんだかお尻にジャストフィット!
半ば強制的に寄越されたはずのそれは、可愛らしくありながら穿き心地も申し分なく、なんとも気分がときめいた。
「シ、シンディーさん、ピッタリフィットで快適です」
恥ずかしさに、ちょっともじもじしながら脱衣所から顔を出す。
「まぁ! よかったですわ!」
シンディーさんは満面の笑みで私を迎えた。
「私も機能性は否定しません。けれど見た目も重要だと思いますので、ちょっと可愛いめにしてみました」
シンディーさんは初日から素晴らしい手腕を発揮してくれた。シンディーさんが私に付いてくれて、これはもうボース君の言う通り百人力に違いない。
「……ちなみにももかさん、この野暮ったいぱんつが洗濯中は一体何をお穿きになっていたのですか?」
「かぼちゃのズロースだよ?」
今まさに脱ぎ捨てたかぼちゃのズロースをペロンとお目見せ。
!!
瞬間、シンディーさんの体がグラリと傾ぐ。
「シンディーさんっ!!」
私は咄嗟に、ぐらついたシンディーさんを支えた。
「し、失礼しました。少々貧血で……」
この間のさしこみといい、今の貧血といい、シンディーさんって病弱なんだ。これは、私がしっかり気を付けてあげなくちゃ!
こうして私は最強のお友達兼女官シンディーさんを得て、一層快適なお城暮らしを送る事になった。




