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『ももかっ!!』


圧倒的な美しさだった。

およそ一月振りに見たサイラス様の姿は輝くばかりに凛々しく、気高い龍体だった。


「サイラス様……!」

嬉しくて、余りにも嬉しすぎて、呼吸すら忘れてただただ美しいサイラス様の姿を見上げていた。

サイラス様はスピードを上げ、一直線に私に向かった。


「うっぁぁぁぁぁああああああ! 兄ちゃんよ、背中の俺ら忘れんじゃねぇ! 落っこちまぁよ! ちびちゃんに会わずに死ねねぇよーー!」

「おちびちゃんが走馬灯のように見えてらーー!! この目に見てえよーー!」


……走馬灯? ううん、私の目には米粒大のマルスとトムが見えている。

これは幻聴や幻影? ……ううん、近づくサイラス様の背に、今はそら豆大の二人が見える。

そうこうしている内にサイラス様が視界を覆う程に近づいて、マルスとトムは実寸大で確認できた。

ポポンッッ!!

「うっぎゃーーーー! ……ベチョッ!」

「うっぎょーーーー! ……ベチャッ!」

サイラス様は人化して、ストンッ地面に着地した。いきなり投げ出された二人は地面にベチンと叩き付けられた。

「ももか! ももかが、ももかがかように可愛い人型にっ! 会いたかった、どれだけ其方に会いたかったか!!」

サイラス様は私のすぐ足元で潰れた二人を跨ぎ、私をぎゅっと腕に抱き締めた。

「サ、サイラス様っ」

応えた私の声は震えていた。サイラス様の広い背中に回した腕も小刻みに震えていた。

人の姿で初めて貰った抱擁は、赤ちゃんトカゲの姿の時よりもずっとその温度と感触を鋭敏に伝えた。

大きかった。体の小さい赤ちゃん龍の時よりも、余程にサイラス様という存在を大きく感じた。

すっぽりと包まれる安心感。耳に聞こえる鼓動にジンと涙が浮かんだ。

……私はこの場所に戻りたかった。優しい世界にあって、いっとう優しいこの場所を切望していた。

嬉しくて、でも気恥ずかしさもあって、心臓のドキドキは胸を突き破ってしまうんじゃないかと思った。

けれど、しっかりと顔を上げてサイラス様のキラキラと光る水色の瞳に告げた。

「サイラス様、おかえりなさい! 勝手にいなくなってごめんなさい! いっぱい探してもらってありがとう! それから、それから! ただいま戻りましたっ!!」

「ももか! ももかっ!!」

サイラス様の水色の瞳に映る私は、泣き濡れてぐちゃぐちゃの顔をしていた。

だけど目の前のサイラス様もまた、私に負けないくらいにいっぱいの涙を流してた。涙に濡れても、サイラス様は一層輝くばかりに美しかった。

「私、もう何処にも行きません! まだ、サイラス様の隣は空いていますか? 私が居てもいいですか?」

回答を待つ私は何故か、サイラス様の顔を臨む事が出来なくなった。

??

「……当たり前だ。我の隣はももかの指定席だ。ももか以外、一体誰がそこに座るというのか。見くびってくれるなよ、ももかに出会う前の50年も、我の残りの寿命も全てももかと在る為の時間だ」

強い力でサイラス様の胸に押し付けられて、頭上に聞いたサイラス様の告白。

余りの嬉しさに胸が詰まって、まともな言葉なんて出てこない。だからただ、抱き返すその腕に力を籠めた。


「……のうお二人さんや? 盛り上がってるところを済まないが、ちょいと足をどかしてもらえるかい? 其方らが踏みつけておる下の人間が虫の息だよ」

??

おばあさんの言葉に足元を見ればまさか、私とサイラス様はガッツリとマルスとトムを踏みつけていた!

「ごめんね二人とも!! すっかりサイラス様との再会に盛り上がっちゃって、足元が疎かになっちゃってたみたい!」

私はサイラス様の胸を押しやって、跳んでどいた。言われてみれば、土とは違うむちょっとした感触をずーっと靴底越しに感じてはいたのだ。

「チッ」

ん?

一瞬舌打ちっぽいのが聞こえたが、きっと気のせいに違いない。だって人の命が掛かったこの状況で、一体誰が舌打ちなどしようというのだ。

「「(お)ちびちゃん……、くてっ」」

私とサイラス様の足跡をつけて、マルスとトムはくたばった。

「わわわわわっ! 大変! 急いでピンクの宝石を溶かしたやつを飲ませなくっちゃ!」

慌てて王城にとって返そうとする私の肩にぽんっとおばあさんが手を置いた。

「あーあー、そう慌てるでないよ。それならほれ、ここに用意しておる」

見ればおばあさんの手には、一緒に三日三晩煮込んだ妙薬があった。

……日数を置いた事でドス黒く変色し、瓶底に怪しく沈殿物が堆積するそれは投与して大丈夫なの?

「はははっ。気付け薬としちゃ、これ以上に効く物などありゃしないよ。ま、頑丈そうな二人組みじゃて、大丈夫じゃろ!」

……ふむ。私は長い物には巻かれて、静観を決めた。

おばあさんは乱暴に二人の首根っこを掴むと、それぞれの口に問答無用で妙薬を流し込んだ。

そうすると、真っ青だった二人の顔に見る間に赤さが戻り、……真っ赤になり、燃えるようなまっかっかになり!!

「「ぶっっっほぉーーーーーー!!」」

二人は火を噴いて起き上がった! やった、やったー! 二人が目覚めた!

……あれ、人間って火を噴かないよね??

まぁなんでもいいや!!

「マルス! トム! 元気そうだね!! また会えて嬉しいよ!!」

「……この、どこまでもマイペースは間違いねぇ。……ちびちゃんか?」

そっか、二人とも人型ももかは初対面だ。

「うんっ! 私、実は龍なの! あ、人の世界の大トカゲじゃなくて、ちゃんとした龍ね! よく神話とか伝承とかで語られちゃう、アッチだからね?」

それにしたって妙薬ってすっごい効果! 二人とも一気に頬に赤みが差したと思ったらあっと言う間に起き上がっちゃったもん。

「兄ちゃんの変化目の当たりにして、どころかその背中で空まで飛んで、もう一生分驚いたぜ。だからちびちゃんが龍だって聞かされたって、いまさら俺は驚かねぇぜ」

「……だけど話しがしてぇとは言ったが、なんだか人型んなってもおちびちゃんとは幼龍の時と負けず劣らずにしか会話が成立しねぇ気がするな」

へへっ。今日はいい日!! サイラス様との再会だけでも嬉しいのに、まさかマルスとトムにも一度で会えちゃったなんて凄すぎる。

「ねぇサイラス様! お城に行こう? 私、お茶を淹れる!」

そう! 積もる話がいーっぱいある。私はそっとサイラス様の手を取った。サイラス様は弾ける笑顔で私の手を握り返した。

サイラス様と手を繋ぐ、そのドキドキがこの上無く嬉しい。

お茶を飲んで、お菓子を摘まんで、今までの事、これからの事、いっぱいの話がしたい。

「ああ! ももかが手ずから淹れてくれるのか?」

もっちろん! 私だってお茶の一杯くらい淹れられますよ?

「はいっ! マルスとトムも一緒に飲もう?」

当然にマルスとトムもお茶にお誘い。

マルスとトムとだって、積もる話は山とある。

「……なぁ、ちびちゃんよ? 兄ちゃんがえっれぇ恐ぇ顔して俺ら睨んでんのが見えてねえのか?」

ん?

「ああ、サイラス様の美貌は触れれば切れそうにキレッキレだから、恐いと勘違いもしちゃうかも。でも大丈夫、サイラス様は甘々に優しいんだから!」

私はサイラス様以上に優しくって甘々な人(龍)を知らない。どこまでも甘く優しく、サイラス様は私を包む。

「……そりゃ、おちびちゃんにゃそうだろが……俺、ちびりそう」

そうして皆で移動した王城の応接間。最愛のサイラス様との再会を、私が淹れたちょっと渋めの紅茶で乾杯した。




わいわいがやがや、楽しいはずのお茶の席。だけど私はどこか、上の空。

待ちに待ったサイラス様が帰ってきて、顔を上げれば目線が合う。手を伸ばせば触れ合える。微笑みかければ、笑顔が返る。

現実なのに、どこか現実味がなくて、心がふわふわ落ち着かない。

せっかく隣にサイラス様がいるのに、私の胸は気恥ずかしさや照れ、あらゆる感情がごちゃ混ぜで、俯きがちでいた。

「……さて、年寄りの朝は早いからね。あたしゃ明日に備えて休む事にするよ」

まず、お茶の席を立ったのはおばあさん。

「ほれ、お前さん達も行くよ」

おばあさんが、マルスとトムの首根っこを掴む。

「あん? 俺ぁまだ食い足りねぇぜ?」

マルスが冬眠前のリスみたいに、大量のお茶請けをパンパンに頬張って、もごもごしながら言った。

けれどおばあさんは問答無用で、ズリズリと二人を連行した。

「しかしマルスよ、おめぇよくこの状況でそんだけ食えるな?」

「あん? トムこそよくお茶請けを持って帰ろうって発想に行き着くぜ」

「なっ!? なんのことだかなぁ~」

トムの目が、明後日の方向に泳ぐ。

「ポケットがパンパンに膨らんでんじゃねぇか。俺の目はごまかせねぇぜ~」

……マルスの目だけじゃない。向かいに座る私も実は、気付いてた。

だけどお茶請けを持って帰っちゃダメなんてルールはないから、あえて静観していた。

「っとに、しょうもない。茶請けは後で部屋に届けさせるから、さっさと行くよ!」

「「そりゃあいい!」」

お茶請けに未練たらたらで連行されていたマルスとトムは一転、意気揚々とおばあさんに続いた。

「「それじゃあ、(お)ちびちゃんまたな!」」

あまりにも慌ただしい三人の退席を、ポカンとしたまま見送った。

「じゃあね、お嬢ちゃん。」


パタン。


おばあさんの笑みを残し、扉が閉まる。応接間には、私とサイラス様、二人だけになった。


「はぁ~、っとにもう! お前さん達の辞書に、空気を読むって言葉はないのかい!? あたしが気を利かせて二人きりにしてやろうってのに、ちっとも協力しやしない!」

「「あん!? そういう事か!!」」


! な、なんと!?

扉越しに漏れ聞こえた。意図せず聞こえてしまった台詞に、私もビックリ。

そのままおばあさんたちの気配が消えても、私はピキンと固まっていた。


「ももか? さっきからあまり元気がないのではないか?」

隣りからかかる、心配そうなサイラス様の声。ずっと、ずっと聞きたかったサイラス様の、声。

私はゆっくりと、隣を見上げた。

サイラス様との距離が、近い。ピンクのトカゲの時よりも、ずっと近い距離にサイラス様がいた。

綺麗なサイラス様の美貌が滲む。

意思とは無関係に、熱いものが込み上がる。

滲んだ輪郭が宙に溶けてしまいそうで、サイラス様が消えてしまうんじゃないかと心配で、私は慌てて手を伸ばす。

サイラス様の滑らかな頬に指先が触れる。

「元気なく、ないよ? だって、こうしてサイラス様にまた会えた」

……元気がない、わけがない。むしろ嬉しすぎて、心の整理が追いつかない。

指に、人肌の温もりが伝わる。指先から、サイラス様の温度が巡る。

「……おかえりなさい、サイラス様」

じんわりと胸に、サイラス様が満ちていく。心がサイラス様で、満たされていく。

「ももかも、おかえり!」

サイラス様の手が、私の指先に重なった。

大きくて、温かなサイラス様の手が、グッと私の指先を握る。

「う、うっ、うぇぇえええええっっ! サイラス様、会いたかったよ!」

愛しさが弾けた。

「ももか!」

堪えていたサイラス様への思いが、熱い奔流になって溢れ出る。

「我も、ももかに会いたかった!」

もろもろの箍が、外れた。

そうすれば本能の赴くまま、溢れる思いは行動になって、サイラス様に一直線に向かう。

「サイラス様ぁ!!」

私は自分の椅子をピョンと立つと、隣に座るサイラス様の膝の上に飛び乗って、抱き付く。

サイラス様は難無く私を抱き留める。私はピッタリ引っ付いて、もう一ミリだって離れない。

「う、うっ、うぇぇえええええっっ! サイラス様、会えて嬉しいよ!」

スリスリ。スリスリスリ。

頬ずりして、サイラス様を堪能。

「我も、ももかに会えて嬉しい!」

スリスリ。スリスリスリ。スリスリスリ。

頬ずりして、しまくって、心ゆくまでサイラス様を堪能。

「う、うっ、うぇぇえええええっっ! サイラス様、大好き! 大好き!!」

「我もももかが、大好きだ!」

「う、うっ、うぅぅぅぅっ!!」

ぎゅうぎゅう。スリスリ。スリスリスリスリ。

スリスリは頬ずりに留まらない。サイラス様の香りが濃く立ち昇る首筋にもスリスリ、そしてスンスン。

衣服越しが悔やまれる逞しい胸にも、ぎゅうぎゅう。スリスリ。そしてまたまた、ぎゅうぎゅう。

そうして爪先から頭のてっぺんまで、サイラス様でいっぱいに満たされたなら、心地いい微睡が訪れる。

「サイラス様、指定席はなんて幸せな特等席……」

特等席はとびきりに快適で、なんだかうとうとしてきちゃう。

大好きなサイラス様の腕の中で眠るのなんて、いつ振りだろう?

「ももか?」

すっかり意識は夢うつつ。

本当は、人の姿にちょっと自信がなかった。それは見た目だけじゃなく、私という存在に自信がなかった。

「ねぇえ、サイラス様? 私、ちょっと心配してたんだけど、まぁいいか……ぐうぅ」

だけど、姿かたちが変わっても、サイラス様との関係は変らない。サイラス様はこうして、私を抱き締めてくれる。

「……ももか、我は新たな心配が湧き上がった。我の、雄としての沽券が……。いや! ももかの安寧の眠りを守る為ならば、我は喜んでリクライニングチェアの役目とて買って出ようぞ!」

ももかの幸福な夢の中に、サイラス様のちょっと苦し気な決意表明は当然、届いていない。



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