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「まったく、どこほっつき歩ってたんだい!? この子は心配させおってからに!」
帰ったら開口一番、おばあさんに叱られた。
”少しお散歩”にしては長い時間、城を空けすぎてしまったらしい。
「ごめんねおばあさん。偶然グルゴーさんに会って……」
おばあさんに再び心配を掛けてしまった。そこはもう、平に謝罪。
「でもね! おかげで私、とっても綺麗で優しいお友達が出来ちゃったの!」
それと同時に、一大発表! こんなに嬉しい出来事を話さずにおれますか。
「そうかい、そりゃよかった。ほれ、こっちにおいで、お茶が入ってるよ」
おばあさんは、それはそれは優しい目をして私の頭をぽんぽんっと撫でてくれた。
そうしておばあさんに促されたティーテーブル。
お茶は頂くけどお菓子は我慢、そう決意してテーブルに着いたはずだった。
「も、桃饅頭だぁ!」
けれどお茶菓子は、まさかの桃饅頭。
「中身はあんことカスタードの二種類があるのさ。お前さんはダイエット中だから一個かい? どちらにするね?」
「ど、どっちも!!」
私は力いっぱい首を横に振った。どっちか一個だなんて、決められる訳がないよ!
「おや、いいのかい?」
「いいのっ!」
ダイエットはもちろん今日から。だけど、桃饅頭は食べるったら食べるって決めたの。
「その分、晩ごはんを控えるの!」
「おや、そりゃいいね」
サイラス様、私、ちょこっとだけ前進できてる気がします!
その晩は、夕食後におばあさんと一緒に王城の大浴場に向かった。
王城は広いから、あらかじめ場所は聞いていた。そしていざ行ってみたら【本日、終日貸し切り】こんな木札が掛かっていた。
「……おばあさん、お風呂、今日は駄目みたいだね」
私はしょんぼりと肩を落とした。おばあさんから貰ったミントの石鹸やらタオルやらいっぱい詰まった手桶が妙に重たく感じた。
場所を教えてくれた人さ、「今日は駄目だよ」って一言言ってくれたらよかったのにさ。
踵を返そうとした。
「ももか、お前さんは何を言ってるんだい? ほれ、これから風呂に入ろうと言うのに何処に行くんだい。まさか! お前さんまた便所かい!?」
??
便所と違うよ。
「おばあさん? よく見てよ、貸し切りってなってるじゃない」
「? 当然だろうよ?」
おばあさんは私の言葉を華麗にスルーした。
そうしてバサッと暖簾を捲るとサッサと行ってしまう!
「お、おばあさん駄目だよ! 中に人が居たら、鉢合わせになっちゃうよ!?」
私は慌てて前を行くおばあさんのスカートを鷲掴む。
はらり~。
わ、いけない!
勢いよく裾に近い部分を掴み上げてしまい、おばあさんのスカートが捲れ上がってしまった。大慌てでパッと掴んだ手を離す。離したけれど、空気を孕んだスカートは舞い上がった。
っっっ!!
「? あらやだよ、この子は、恥ずかしいじゃないのさ。見られちゃ城中の男どもが卒倒しちまうよ」
……私はバッチリ見た。しっかりこの目に焼き付いた。ショッキングピンクのTバック!! 見ちゃった! 見ちゃったよぉぉぉぉ!!
ぱんつなのに布じゃないの? 紐なの!?
けれど動揺する私とは対照的、おばあさんは落ち着いたものだった。
「ああ、分かったよ。お前さん、さてはこの貸し切りが他の者の為だと勘違いしてるね? 龍王妃たるお前さんが大浴場に行こうかと伝えたなら、その瞬間に大浴場はお前さんの貸し切りに決まっておるじゃろうに」
!! おばあさんのショッキングピンクのTバックに続く二度目の衝撃。
恐るべし、龍王妃の肩書。そしてやっぱり、おばあさんのぱんつ!
脱衣所でパサリとワンピースを脱ぎ捨てる。
ぎゅっぎゅと脱衣籠に詰め込んで、ぱんつを脱ごうと手を掛けた。
「……のうお前さん、そりゃいくらなんでも年頃の娘が穿くぱんつじゃなかろう?」
「え?」
言われて見下ろした私のぱんつ。
三枚千円の木綿Lサイズぱんつ(これは人型になった時に穿いてたやつ)は最高に楽ちんで、最高にゆっくりゆるゆる。
「ゆっくりゆるゆる快適なのに、駄目なの? だっておばあさん見て、これ? おへその上までたっぷり布地があるから冷えにも効くのよ?」
「……じゃから腹も最高にゆっくりゆるゆると育つんじゃろうよ」
!!
そうなの!? ゆっくりゆるゆるしてると、お腹もゆっくりゆるゆるしちゃうの!?
……でも確かに、このぱんつだと食べ過ぎてもお腹と一緒に伸びてくれる。食い込まず、ゆっくりゆるゆると見守ってくれる。
「おばあさん、私、今度からMサイズにするよ!」
「……いや、問題はサイズどうこうでなくて、色気がだね……」
「仕方ない! 背に腹は変えられない!」
本当は大は小を兼ねて、Lサイズぱんつがゆったり楽ちんで大好きだけど、今度からは適正サイズを守るよ!
これを今生の別れと決意を籠めて、私はLサイズのぱんつを脱ぎ去った。
ポイッ、と捨てた。
「あ! 部屋に帰るまでも穿くよっ! やっぱり今生の別れは無しでっ!」
すぐに、拾った。
ふぅ、セーフ!
「……サイラスよ、あたしゃお主が少々不憫になってきたよ」
後ろでは、何故かおばあさんが肩を落としていた。なんで?
「わー!」
大浴場は天井が高く、とっても広々としていた。ぶくぶくお湯が湧き上がるのも、お湯が落ちてくるのもあった。
「おや、ジャグジーに打たせ湯に、こりゃまた随分と充実しているね」
おばあさんもご満悦な様子だ。
「ねぇおばあさん、背中流してあげる!」
「おや、そりゃありがたい」
私はおばあさんの後ろに風呂椅子を置いて、たっぷり泡立てたタオルでおばあさんの背中を擦る。
ごしごしきゅっきゅ。ごしごしきゅっきゅ。
「おばあさん、力加減はどうですか?」
「おお、極楽じゃ~」
へへっ。神様が極楽って、ちょっとおかしい。だけどおばあさんはとっても気持ち良さそう。
「ねぇおばあさん、おばあさんは神様でしょ? 色んな神様がいるけど、おばあさんは蛇のお社で私を見初めてくれたんだから、蛇神様って事?」
「まぁそうなるね。本当は龍神なんだが、まぁ蛇も似たようなもんじゃ。要は兼業だね」
!
ええっと、神様にも専業とか兼業って概念があるんだ。
「ちなみにあたしゃ、神様業も専業じゃなくて兼業だけどね」
!!
た、確かにおばあさんは色んな仕事を持っていたっけ。薬師に、教師に、グラビアアイドルも!
「蛇神の社はあたしの持ち家のひとつだね。別荘みたいな感じさ。そこの近くの食堂の押し寿司と天ぷらのセットが食いたくなると行くんだ」
「あ、それってもしかして、あさひ食堂?」
「そうそう、確かそんな名前の食堂だったかね。あたしゃあそこの初代おかみでもあるよ」
!!
かなり衝撃のカミングアウトだ。まさか私も常連のあのあさひ食堂が、おばあさんの開いた店だったなんて!
おばあさんのプロ級の料理の腕も納得だ。おばあさんは本物の料理人でもあった。
「戦後の物がない時代にさ、なんとか復興の働き手の腹を満たしてやりたいと思って始めたのさ。ちなみに今の86歳の大おかみはあたしの養い子さ。と言ったって、あの子は終戦の年にゃもう14歳だったからね、すぐに店はあの子が継いで切り盛りを始めたがね」
私はおばあさんの話を聞きながら、あさひ食堂の大おかみを思い出していた。
職人気質の大おかみはあまり笑わない人だ。いつも黙々と厨房で料理を仕込み、注文に合わせて鍋を振るう。客の出入りに声を掛ける事もあまりなかった。
代わりにニコニコと感じ良く声を上げるのは大おかみの旦那さん。旦那さんは町の食堂において、明るいムードメーカー。その人柄ゆえか皆からはマスターと呼ばれて親しまれていた。
マスターは大おかみと一緒に厨房にも入るし、娘さんが担当してる配膳や会計も、なんでもした。私はてっきり、マスターの始めた食堂なんだと思っていた。
まさか、あさひ食堂にそんな歴史があったなんて思いもしなかった。
「あそこの夫婦は面白いよ。旦那の求婚に店が一番だからと、ずっと首を縦に振らないあの子の元を、男は五年通い通して口説き落としたのさ。それからはずーっとおしどり夫婦さ。だからあそこの食堂は料理だけじゃなく、あの二人にもいい味があってね」
納得した。物凄く納得出来た!
あさひ食堂を利用する中で、一度だけ大おかみが私に話しかけてきた事があった。
その日は仕事で一日外回りをしてくたくたで、お昼も食べていなかったからお腹もぺこぺこ。
父母は先に食事を済ませている。何となく、そのまま自宅に帰って夕食を食べる気分にはなれなかった。
時間はあさひ食堂の閉店三十分前の午後八時半。普通なら、間に合ったと喜ぶところ。
けれど閉店三十分前の田舎の食堂はもう、とっくに閉店準備に取り掛かっている時刻。
閉店間際に悪いだろうか? だけどもし、まだお客さんがあれば私も食べて行きたいな。まずはちょっと、お店の様子を覗いてみよう、そう思ってあさひ食堂に足を向けた。
けれど案の定、入り口を開けて見渡せば店内はじきに食べ終わりそうな数人の客を残すのみ。しかもその日は既に厨房を上がったのだろう、大おかみが一人で会計の前に座っていた。
「また来ます」そう言って帰ろうとした私に、大おかみは「まだやってるよ。お座りよ」とそう言って立ち上がると、お冷を出してくれた。
私はありがたく厨房に対面するカウンターの席に腰掛けて、すぐに中華丼を注文した。
中華丼ならすぐに提供できるだろうと思った。だけどもちろんそれだけじゃなく、たっぷり野菜が入った中華丼も大好物のひとつ。
けれど、すぐに供されるだろうと思った中華丼は思いの外時間が掛かっているようだった。しばらく待って、大おかみの「お待ちどうさん」の声と共にカウンター越しに差し出されたのは、注文した中華丼じゃなかった。
大きなスクエアプレートには、千切りキャベツに黄金色に輝くカニクリームコロッケ、自家製タルタルソースが掛かったエビフライ、デミグラスソースがたっぷりのミニハンバーグ、そしていつもならバターライスが盛られるところがミニサイズの中華丼に変わっていた。
それは私が十回の来店中、九回は注文する大好物の特選プレート(中華丼バージョン)。けれど、今日は時間と相談して注文を見送ったそれだ。
見上げる私に大おかみは笑った。それはあまり見る事のない大おかみの笑顔だった。
「気を遣うんじゃないよ。晩飯くらい遠慮せずに好きなもん食っておいき」そう言って、大おかみは背中を向けた。
「大おかみさん、ありがとうございます! いただきます!!」いつも美味しい特選プレートが、この日は更に美味しく感じた。
それは一日の終わりに見た粋な優しさ。お腹を満たすだけじゃない、明日への英気を補充して、私はいっぱいに膨れたお腹と胸で店を後にした。よくよくお礼を言って店を出ればやはり、閉店時間の九時を回っていた。
お礼というんじゃないけれど、後日あさひ食堂を再訪した時に私は大おかみにと貼るカイロを差し入れた。
入店したあの時、会計に座る大おかみは足を擦りながらズボン越しにカイロを当てていた。きっと厨房での立ち仕事は足元が冷える。大おかみが貼れるカイロで一時、温まってくれたら嬉しかった。
「……ねぇおばあさん、大おかみさんは寡黙で素っ気なく見えるけど心が凄く優しいの。それでいつもニコニコのマスターももちろん面白くて優しい。あさひ食堂はさ、きっと優しさの隠し味がたーっぷり効いて美味しいんだね」
「ははっ。違いないね。料理はきっと、作り手の心が美味くさせるんだろうさ」
うん! 分かる! すっごく分かるよ!
「だからおばあさんの料理もほっぺたが落っこちちゃいそうなんだね! 私、おばあさんの料理だーい好き! もちろん、おばあさんも大好き!!」
「まったく、あたしゃお前さんといるとどうにも調子が狂っちまっていけないよ。あたしゃ泣く子も黙るそりゃあ厳しい神だってんで、うん千年と名を馳せていたんだけどねぇ」
「へへへっ。おばあさんは優しいよ。あ、おばあさん背中そろそろ流しちゃうね?」
ジャッパーン。
泡がおばあさんの背中を滑る。
泡を流してもなお、爽やかなミントの香りは持続していた。そして流れた泡の下、現れたのは珠のように輝くおばあさんの背中。
「わぁ! おばあさんお肌、ぴちぴちだね?」
つるつる、すべすべ、いいんだぁ。
「その石鹸に練り込まれてるのはただのミントじゃないからね」
え??
振り返ったおばあさんは私の耳元で、更に声を潜めて衝撃の事実を告げた。
「神帝様の御膝元にのみ自生する”美ント”ってんだ。使えば使うだけ美しくなる代物さ~」
!!
「何それ! 何それ!! 何それーーーー!!」
それはもう、使って使って使いまくるっきゃないじゃない!!
もしょしょしょしょしょ。
泡立てて泡立てて、泡立てまくる。もっこもこの泡でいざ、勝負!
ちゃぽーん。
「……ももかや、お前さんまだ湯に浸からんのかい?」
広い湯船に寛ぎながら、おばあさんが問う。
わっしゃわっしゃ。ごっしごっし。
「まだっ! もっとお腹周り洗うの!」
私はもう、肌が擦りむけるくらいに洗った。全身隈なく、美しくなりたい部分を重点的に、タオルを何往復もさせて洗いまくった。
「……ちなみに一度にどんだけ長く洗おうが効果が増すわけじゃないんだけどねぇ。まぁいいさね」
!?
なんですと!? いっぱい洗ったらいっぱい美肌になる訳じゃないの!? ちっともよくない!
バッシャーーンッ!
ドッポーーンッ!
聞いた瞬間、泡を流して湯船に飛び込んだ。
「おや? もっと洗うんじゃなかったのかい?」
「もう洗いすぎたぁ。ヒリヒリするのっ」
おばあさんが私の腕を取った。
「どれ? ……お前さん、こりゃ擦り過ぎじゃ。”美ント”の効果よりも擦過の肌ダメージの方が大きそうだね」
おばあさんは大きな溜息を吐いて、私の腕をそっと離した。
「うっ、うっ、うぇぇぇええええええんっ!」
サイラス様ぁ、私、サイラス様の為に綺麗になりたかったの。だけど、だけど、お肌が真っ赤になっちゃったぁーー。
「……しかし馬鹿な子程可愛いとはよく言ったものだね。あたしゃうん千年の時を経て、今実感してるよ」
「うっ、うっ、うえぇぇぇええん」
ヒリヒリするのーー。




