22
おばあさんが言ってた。サイラス様はもう数日でお城に戻ってくるだろうって。
本当なら跳び上がって喜ぶところに違いない。だれど今の私はちっとも素直に喜べない緊急事態だ。
「へっほ、へっほ、……ゼィ、ゼィ、……ゲホッ、ゲホッ」
ちょっと走っただけでこのざまだもの。息が上がるどころか咳き込んじゃうこの軟弱っぷり。
随分と体がおもーく、鈍っているのはもう、間違いない。
はぁ~。
荒い呼吸をなんとか落ち着けて、見上げる青空はその距離が幾分近くなった。
そう、体長およそ50センチだったピンクのトカゲは、プラス1メートルの人型ももかになっていた。
おばあさんが神様と知った翌朝、私は見慣れたももかの姿で目覚めた。
……いや、本当は見慣れたというのも少々語弊があって、私はかつてのももかより随分とぽっちゃりした体形で目覚めたのだ。
おばあさん酷いよ。ピンクのトカゲ時代の暴飲暴食はチャラにしてくれたっていいじゃない。
ただでさえ、美男美女のお国において人型の私の見た目は短足胴長鼻ぺちゃパグの位置づけなのに。……なのにこれじゃ、ブルドッグになっちゃうじゃない。
……いや、ブルドッグは足、長かったっけ。
ジョギングを早々に諦めて、ぽってぽってと歩きに変える。うん、まずはウォーキングが基本だね。
しかし十五分も歩いたところで体が異変を訴えた。
「……へぇ、へぇっ。……鈍った体にはウォーキングだって楽じゃないのね。なんか膝、痛くなってきちゃった」
ぽってぽってとした歩きもいまは、ぼてっぼてっと重たい感じに変わっていた。
だけどまだ、歩き始めたばかり。流石にもう少し運動量を稼がなければ……。
もきゅっと腹を摘まむ。
「うん、歩こ」
決意を新たに、大きく一歩を踏み出した。
「も! ももももも、ももか様っ!?」
うん?
もの凄く「も」が多かったけど、呼ばれたのは確かに私の名前。
「あ、グルゴーさん! こんにちわ」
振り向けば、愕然と立ち尽くすグルゴーさんがいた。
驚愕に見開かれたグルゴーさんの瞳。あまりにも大きく見開くものだから、綺麗な緑の瞳が落っこちやしないかと私はハラハラだ。
「も、ももか様!! 人型に、なられたのですね!?」
「そうなんです、今朝目覚めたらこの姿になってて私もビックリしました。人型の私、全然龍っぽくなくて恥ずかしいです。よく、私だって分かりましたね?」
「そんなのは芳しいももか様の香りで百発百中……いえいえ! と、ともかく! ももか様は人型もとても可愛らしいと思います!!」
え?
社交辞令と知りつつも、面と向かって可愛いなんて言われたら、ちょっと照れる。
もちろんちゃんと身の丈は弁えている。だけど男の人に、それもちょっと強面だけどとびきりのイケメンに言われたら、胸が勝手に騒ぐのは不可抗力。
「? グルゴー叔父様のお知り合い??」
グルゴーさんの後ろから、ひょっこりと顔を出したのは忘れられるはずもない。
あああぁぁ!
彼女は関所で見た、背筋も凍る氷の微笑の美女!
「あら? もしかして貴方、関所でお見かけしたとびきりキュートなピンクの幼龍さんじゃありませんこと?」
!
まさか美女も、私を覚えていてくれた!
「もしかして、叔父様のガールフレンド!? 叔父様ったら隅に置けませんのね!」
いやいやいや!
私がガールフレンドだなんて、滅相もないです!
「え!? いや、ももか様はその……」
けれどグルゴーさんは即座には否定せず、何故か頬を染め、もごもごと口ごもる。
「……なぁ、姉ちゃんも叔父さんも目ぇ大丈夫か? 俺にはずんぐりむっくりのただの人間にしか見えねーぞ。しかもその女、全体的にぽよんとしてね? 姉ちゃんのが美人だし、キュキュッと括れて、よっぽどいい女だぜ!」
美女の隣から現れた少年。美女によく似た色彩の美少年が、容赦なく初対面の私を打ちのめす。
「「こらボース! 失礼だ(よ)!!」」
ドフッ! ゴンッ!
「うっ!」
わ!
美少年、ボース君に向かい、容赦なく二つの拳がさく裂した。
「ももか様、甥のボースが失礼な事を申しました!」
「馬鹿な上に目も悪い弟が、本当に申し訳ありません!」
グルゴーさんと美女はボース君の頭と腹、それぞれから拳を引っこめると、同時にガバっと頭を下げた。
「ぅぅぅっ……」
ボース君は、痛みに呻いていた。傍目に見ても、二人の拳は容赦がなかった。
「や、やだっ! 二人とも頭を上げて下さい。それからボース君、大丈夫?」
私は痛みに身を丸めるボース君の背を、さすさすと擦った。
ボース君が背中をさする私を、涙の滲む目で見上げた。
「……なんだよ桃饅頭?」
「も、桃饅頭!?」
それって、もしかして私の事!?
饅頭って、桃饅頭って! ……やだ。なんだかちょっと、可愛いじゃない??
なんとなく、ニマニマ。
「ボース! あんたって子はまた性懲りもなく失礼な事を!!」
再び拳を振り上げた美女を、グルゴーさんが止める。
「……いや、シンディー。ももか様は気に入ったようだ」
ありゃ。気に入ったの、グルゴーさんにはバレちゃった?
「え!?」
美女、シンディーさんがガバッと私を振り返る。
わ、やっぱりシンディーさんって凄く綺麗。見開かれた水色の瞳は透明に澄みきって、吸い込まれてしまいそう。
「あ、シンディーさん、私本当はももかって言うんですけど、桃饅頭っていうのなんだかちょっと可愛いなって……。だから私、桃饅頭でも全然いいです」
「も、ももかさん」
シンディーさんは驚いた様子で、パチパチと瞬きを繰り返した。
そんな些細な仕草ひとつだって、シンディーさんは様になる。
「へへへっ。だろっ? 桃饅頭ってさ、ふくふくほよほよ、お前にピッタリのあだ名だと思ったんだ!」
ボース君がニンマリとした笑みで、私を見上げて宣った。
むむむむむ。事実ゆえ、反論の余地がない。
「……へぇ、そう。それならボース君、私だって君にピッタリのあだ名を思いついたんだから! へへーんだ、この腕白ボーズ!」
満を持して、考え付いたあだ名を披露。
「なっ!」
ボース君はまん丸に目を見開いて私を見上げた。
「ふふっ、ふふふふふっ! ももかさん、ももかさんって面白い方ですのね! 私はシンディー、グルゴー叔父様の姪になります。ちなみに物凄く不本意ですが、その腕白ボーズは私の弟なんです」
シンディーさんから差し出された嫋やかな手。
その手をそっと取る。
「ね! 姉ちゃんまで!」
不満げに頬を膨らませたボース君がシンディーさんの袖を引く。
そんな何気ない姉弟のやり取りに頬が緩んだ。
一人っ子の私には、仲の良い姉弟の姿が眩しかった。
「……いいなぁ」
「ももかさん!? この不肖の弟の一体どこがよろしいんですか!?」
思わず漏れ出た呟きに、シンディーさんが私の手を握ったままギョッと目を剥いた。
「どこもかしこもです。一人っ子だった私には仲のいい二人が羨ましい限りです」
「まぁ! こんな弟でしたらいつだってのし付けて差し上げますわ。ふふふふふっ」
シンディーさんは握った私の手を温かく握り返し、弾けるように笑った。
へへっ。
シンディーさんって気さくで、優しくて、いいなぁいいなぁ~。
それに握手したシンディーさんの手、しっとり艶々で温かだったなぁ。
のしの付いたボース君より、私はシンディーさんがいいなぁ。
姉妹は無理だけど、こんな素敵なお友達が出来たなら、とっても楽しいんだろうなぁ~。
でも私、お友達っていた事ないんだよなぁ。お友達ってどうやってなればいいんだろう?
「くすくすくすっ。ももかさん、私たち、ぜひお友達になりませんか?」
え!? えぇぇぇぇえええ!!
私、シンディーさんとお友達になれちゃうの!?
いいのっ!? いいの!?
「ももかさんって面白い上に、とっても可愛らしいんですもの。私こそ、こんなに可愛らしいお友達が出来たら嬉しいです!」
わ、わ、わぁぁああああ!!
「シンディーさん! 私、シンディーさんのお友達になりたいです! ぜひ、お友達やらせて下さい!」
「ふふふっ、こちらこそよろしくお願いします」
きゃっはーー!!
こうして私は齢二十歳にして初めてお友達をゲットしたのだ。
ひゃっほーーい!! ひゃっほーー!
小躍りした。私はしばし、自分の世界で小躍りしていた。
「ぐはっっ!! 可愛い! 殺人(龍)的に可愛いわ!! ももかさんって思っている事がダダ漏れで……しかもその考えたるや!! くっはーーーー可愛すぎる! しかもお尻のところ、ぴちぴちっとピンクの尾っぽの幻影が透けて見えてる! しかもふりっふりと揺れてる! ゆーれーてーるー!! 私、この可愛さに悶え狂わずにももかさんのお友達を全うできるか自信がないわ!! でもやるわ! こんなに可愛いももかさんのお友達、やらずにはおられないっっ!!! くっはーーーーっっ!」
小躍りを終えて振れかえれば、何故か後ろでシンディーさんがぶつぶつ言いながら悶えていた。
!!
「シ、シンディーさんっ!? もしかしてどこか具合、悪いですか!?」
私の馬鹿っ! すっかり自分の事で浮かれてお友達の体調不良にも気付けないなんて私、とんだ阿呆だ。
「!? ……いいえっ! ほんっの一瞬、さしこみがあったのですが、一瞬で引きましたわ! ですからお気になさらずに!」
「! そっか! そっかぁ~」
よかったぁ~!
「なぁ叔父さん、俺思うんだけど、姉ちゃんって綺麗でキュキュッと括れたいい女だけど、たまにちょっと残念だよな?」
「……ボース、君たち姉弟はある意味とてもよく似ていると思いますよ」
「あん? それって褒めてんのか?」
「……」
とにもかくにも、私はシンディーさんというとびきり素敵なお友達をゲットした。
「ところで、ももか様はどちらかに行かれるのですか? お一人なら私がお供したいところなのですが……」
グルゴーさんが表情を曇らせる。
明らかに、グルゴーさん達の行先は王城。対して、王城を背にして歩く私。
「あ、いえ! 私はただの散歩なので一人で大丈夫です! グルゴーさん達は何か王城にご用があって向かってるんですよね?」
なんだかんだで随分と長話をしてしまった。
「実はシンディーが王城の女官採用試験を受けるのです。私はその付き添いで来ています」
「ええ。私ずっと、女官になりたくて、今日がその面接試験なんです」
シンディーさんが女官!?
「わぁ! シンディーさんなら絶対に素敵な女官さんになります!」
「ったりめーだろ、姉ちゃんほど綺麗で気が利く女官なんて他にいないからな! 姉ちゃんに仕えてもらえたなら、百人力だぞ!?」
腕白ボーズ改め、シスコンボーズが得意げに胸を張った。
「ちょっとボース、恥ずかしい事言わないで頂戴」
シンディーさんは、ボース君をペンっと叩く真似をして頬を膨らませてみせる。
「へへん。恥ずかしいも何も俺、本当の事っきゃ言わねえもん」
姉弟のこんな些細なやり取りすら、羨ましい。
「じゃあ、私そろそろ行きますね! シンディーさん、面接頑張って下さいね! それじゃ皆さん、また!」
いつまでも引き留めて、シンディーさんが大事な面接に遅れたら大変。
「ももかさん、今度また改めてゆっくりお話ししましょうね!」
! お友達と次回の約束って、なんだか幸せ。
「は、はいっ!」
私はバイバイと手を振って、三人と別れた。
へへへっ。嬉しいな、嬉しいな~。
初めてのお友達をゲットした私の足取りは、ちょっと軽かった。
ぽてっ、ぽてっ、ぽてっ。
ててててててっ。
ん?
背後に迫る軽快な足音に、振り向く。
「なぁ! 俺、どうせ暇つぶしに着いてきただけだし、俺が桃饅頭の散歩に付き合ってやるよ?」
「! ボース君!」
なんと、ボース君が私のお供を申し出てくれた!
「シンディーさんに付いてなくていいの?」
「おう! 姉ちゃんは綺麗でしっかり者だからな、俺がいなくても大丈夫だ。だけど桃饅頭、お前なんか危なっかしいじゃんか。だから俺が散歩に付き合ってやるよ!」
……なんとも有難い申し出だ。
「そりゃ、どうも」
そうして私とボース君は肩を並べて歩き出した。
へぇ、へぇっ。
ところがだ、五分程歩いたところで、先ほど疼いていた膝が再び主張をし始めた。
……うっ。
いやいや、さすがにもうちょっと歩こう? うん!
自分で、自分を鼓舞。
「なぁ桃饅頭、まだ歩くのか? 足元ふらついてんじゃんかよ。もうそろそろ引き返した方がいいんじゃね? ってか、膝辛いんなら帰りは飛んでくか?」
巧い事隠し通したつもりだった。なのに、目聡く私の不調に気付いたボース君から指摘を受けた。
み、見抜かれてる。
「い、いいの! もうちょっと歩く! ほんとのほんとに駄目になったら、その時は乗っけて?」
「ん? 俺が乗っけるのか??」
少なくとも、今はまだその時ではない!
「なぁ! 乗せるのは一向に構わないけど、なんで桃饅頭が龍化して自分で飛ばねんだ?」
……あ、そうだよね。普通はまずそう思うよね。
「私、今回初めて人化したの」
「おっ、目出度いじゃんか!」
うん。
幼龍が初めて人化する、それは日本だったらお赤飯を炊いて祝う一大イベント。
しかもそれが龍王妃である私だったら皆の喜びもひとしお。
私も人化して目覚めて、おばあさんやスキンヘッドのキラキラ軍団はじめ、城中の皆に祝福されたよ。
「……けどね、そうしたら今度は龍体になれなくなっちゃったの」
ガバッと私を振り返ったボース君は落っこちそうなほど目を見開いていた。
「……桃饅頭、どんだけ不器用なんだよ!?」
千人(龍)に一人(龍)くらい、たまーにそうなっちゃう子がいるらしい。だけどそういう子も、一日二日もすれば感覚が掴めて人化と龍体への変化も容易になるらしい。
ところが、私は三日経っても一向に龍体に変化出来る気がしない。感覚が掴める? そもそも変化の感覚っていうのがまるっきり分からないのだから仕方ない。
「変化なんておちゃのこさいさいだぞ? イメージすりゃいいだけじゃんか、なんで出来ねんだ?」
それ、出来ない子に言っちゃいけないんだ。
「わかんない。けどさ、人の姿で困る事ないし、別にいっかなって」
「桃饅頭、それ、ちっとも良くねーぞ!」
なんで?
「そもそも龍の本性は龍体だぞ!」
うん。
「龍にとって人型ってのは便利だけど、仮初でもあるんだ」
うん。
「それが龍体になれねーって大問題だろ?」
うん?
「……ええっと、具体的にどんな弊害があるの?」
私の問いにボース君の目がまん丸に見開かれる。
「カ、……」
か??
「カッコ悪いだろっ!!」
今度は私の目がまん丸になった。
そして一気に力が抜けた。それはもう、へろへろへろ~と脱力だ。
「な、なんだよ?? 文句あんのか?」
「……ううん、ない。その通りだよ。ねぇボース君、乗っけて?」
今日のノルマはもうクリアーしたとしよう。だってもう、どっちにしたって歩けない。
「お? おう!」
私はボース君の背中に乗ってお城に帰った。




