21
もっしゃもっしゃ、むっしゃむっしゃ。
今、私とおばあさんは豪華三段のアフタヌーンティーに舌鼓を打っていた。
キラッキラ、ツヤッツヤのプティケーキにスコーンやサンドイッチは見ているだけでも楽しいティースタンド。
「……お嬢ちゃんや、何個目だと思っとるんじゃ? 昼飯だって三杯もお代わりしおってからに。また腹ぁ壊しても知らないよ?」
けれどティースタンドはろくすっぽ見る間もなく、早々にスッカラカンになった。
「きゅーあ」
だって美味しいんだもん。王城のおやつってほっぺが落っこちちゃうくらいにとーっても美味しいんだもん。
なになに? おばあさんそれ残すなら私がもらっちゃうよ?
最後に一個残ったのは一番上のお皿に堂々と鎮座するいちごタルト。私は先にそれを食べているが、いっとう美味しかったのだ。
おもむろに、ススススッと、手を伸ばす。
スサッ!!
「きゅあ!?」
あっ!?
「おぉっと、あたしゃ残す予定はないから心配おしでないよ?」
狙いを付けたいちごタルトは手に取る直前で、おばあさんに掻っ攫われた。
ガクンッ。
「おぉ! こりゃいっとう美味い!」
おばあさんの口の中で、美味しさは大爆発している模様だ。
コンッ、コンッ。
誰だろう?
おばあさんはまだ口の中でいちごタルトをもしゃもしゃさせているから、私が扉に駆け寄った。
「きゅーあ」
どーぞ、お入りください。
扉を開けて、現れた人物に驚いた。
訪ねて来たのは、グルゴーさんだった。
「ももか様こんにちわ。その、お久しぶりです」
え、久しぶり? 一昨日も会ってるよ??
うーん、まあいっか。
「きゅあ!」
こんにちわ!
とにもかくにも、挨拶は大事。
「今日は公休でしたので、朝から焼き上げたパイをぜひももか様に差し上げたくて来てしまいました」
え! パイ!?
「きゅーあ、きゅーあ!」
どーぞどーぞ、上がって下さい!
そしてそのパイを、さっそくいただきましょう!
私はグルゴーさんのズボンをクイクイっと引っ張って、奥のお茶のお席に促した。
グルゴーさんは強面に笑みをのせ、私の後ろに続いた。
「……グルゴーや、野暮な事は言いたくないがこの子はサイラスの妃になる子だよ」
椅子に足を組み、静観していたおばあさんの開口一番は、何故か当たり前すぎるこの発言。
「お、おばば様!? いらっしゃったのですか! ご無沙汰しております!」
けれど何故か、おばあさんに声を掛けられたグルゴーさんは、飛び跳ねるくらい驚いた。
どうやらグルゴーさんは今の今まで、おばあさんの存在に気付いていなかったらしい。
隊長さんなのに、人の気配に疎いだなんて大丈夫?
僭越ながら少しだけ、グルゴーさんの職務適正に疑問を抱いた。
「……あたしゃ最初からいたわ。それに一昨日会ったのじゃからご無沙汰も何もないじゃろうが」
おばあさんは、ヤレヤレと呆れたように肩を竦めた。
「全く、他に綺麗どころはいっぱいおるというのによりにもよってねぇ……。まぁいいさね、そのパイとやらを早くお出しよ?」
おばあさんは何事かぶつぶつ呟いたと思ったら今度は一転、グルゴーさんの手元をビシッと指し示した。
くんくん。
うん、確かにグルゴーさんの持つ風呂敷包みからとーってもいい匂いが漂ってて、じゅるじゅるしちゃう。
「きゅあきゅあ!」
早く食べたーい!
人型のグルゴーさんには当然私の声は伝わらない。だけど私の催促はちゃんと通じたようで、グルゴーさんは笑みを深めると私を抱き上げて椅子に下ろした。
「ももか様に喜んでいただけるといいのですが……」
そんな前置きをして、グルゴーさんはテーブルにそれはそれは美味しそうなパイを取り出してみせた。
「きゅあああ!」
わぁあああ!
何だろう、アップルパイ??
とにかく、とっても美味しそう!
「桃をたっぷり使ったパイです。焼き立てをと思い、焼き上がりを計ったのですが、どうやら少々出遅れてしまったようですね」
ピーチパイ!
グルゴーさんは空っぽのティースタンドを見て、眉を下げる。
「きゅぁ!」
そんな事ないよ! 今ちょうどお茶してることろなの。
それでちょっとばかり食べ足りないところだったから、それも食べよう?
「グルゴーや、お嬢ちゃんが食う気満々じゃて、さっそくいただくよ」
おばあさんは、どこかから包丁を取り出すと、でっかいピーチパイを半分に切り分けた。
わーい!
そしておばあさんは自分の皿と私の皿に取り分けた。
半ホールってすっごく贅沢!!
お皿からはみ出るサイズに心が躍る。しかも見て見てこの分厚い断面! カスタードの上には大きなピーチがゴロゴロ入ってる!
あ~んっ! ぱくっ、もっしゃもっしゃ、もぐもぐ。
お~いしい! へへっ、ダイエットはって? 明日からにする!
グルゴーさんはピーチパイを貪る私を、ずっと眺めてた。
ん? なんだ?
少しの違和感は、けれどピーチパイの前には吹けば飛ぶくらい些末。
どうでもいい、いい。だってピーチパイ、うんまぁっ!
もっしゃもっしゃ、ぱっくぱっく。
ぷっはー。
そうしてピーチパイを完食した後は、はちきれそうなお腹を擦りながらグルゴーさんのお膝に座っておしゃべりした。
もちろんおばあさんが通訳係。
「幼少時のグルゴーはガタイはいいくせに、とーんと臆病でねぇ。で、あたしは鍛えようと思い立ったのさ」
しかしだ、おばあさんから聞かされるグルゴーさんの昔話はとてもじゃないけど笑えない内容だった。
「……そんでもって、逃げようとしたグルゴーの首根っこ引っ掴んであたしが盗賊団の前に突き出したのさ。そうすればグルゴーは盗賊団相手に一人で大立ち回りを余儀なくされるじゃろ。そんな事を数回繰り返してる内にグルゴーはめきめき腕を上げたのさ」
「きゅ、きゅぁ」
グルゴーさん、よく無事にいられたよ。
「はっはっはっ! あの頃は私もまだ若かったからねぇ!」
おばあさん、笑い飛ばしてるけどすっごいスパルタ。
……まるで、我が子を崖から突き落とすライオンのよう。
「きゅぁ」
グルゴーさん、お気の毒様でした。
「まぁ、やり方は少々アレですが、結果として私はおばば様のおかげで国境警備隊の隊長を任されるまでに腕を上げましたから」
グルゴーさんは真っ青な顔をして、私の頭を撫でてくれた。その目はここではない何処か遠くを見ていた。
「あ、もうすっかりいい時間ですね。では、私はそろそろおいとまさせてもらいます」
グルゴーさんが席を立つ。
「きゅーあ!」
グルゴーさん、絶対にまた(ピーチパイ持って)来てね!
「嬢ちゃんがまたパイを持って来いとさ」
いや、だからね、おばあさん? 私そんなに横柄な言い方してないったら。
「では、今度はもっとももか様が喜ぶ大物を作ってきます」
! わーい! 結果オーライでラッキー!
楽しい時間はあっという間。
おばあさんと王城の外までグルゴーさんを見送った。
……夕焼けが、空を流れていた。
「きゅーあー」
ばいばーい。
笑顔でグルゴーさんを見送った。
けれど流れる夕焼けは、私を感傷的にさせる。
逢魔が時、夕暮れの束の間。この一瞬、私は巨大な何かに夢から現に引き戻されてしまったのだろうか。
いいや、私は夢から覚めてはいない。
だってここは、愛しいサイラス様の治める龍の国。私は確かにおばあさんと二人、この地に足を突いて立っているのだから。
「……きゅぁ、きゅーあ?」
……ねぇおばあさん、ズバリ桃色龍って何者なの?
あんまり考えないようにしてた。と言うよりも、敢えて考えないようにしていた。
おばあさんは「800年」と言った。
けれど、他の龍の人達はそんなに長生きしない。個体差はあるけど、大体百年位が寿命。
数多いる龍の中で幻の桃色龍だけが長い時を生きるの? じゃあ、私も長生きをするの? ……そもそも、桃色龍って何者?
避けていた核心の質問だった。
私の問いにおばあさんは皺を深くして笑った。
「聞いちまっていいのかい?」
おばあさんの優しい両の瞳を見上げてそっと頷いた。
……聞けば何かが変わる予感があった。聞けばもう、後戻りはできない。
覚悟を含ませて、ひとつ頷いた。
「そうかい。……桃色龍はね、あたしの妄想の体現さ」
!? どんな言葉も覚悟していた。けれど戻ったのは余りに予想外の言葉だった。
えっと、妄想っていうのは……実在しないって事なのかな? あれ、でもそれを体現って……?
「……きゅぁ?」
……おばあさんは何者?
これは夢の中だから、そう自分を納得させて、ずっと考えないようにしてた。
だけど心の奥底で、私は思い始めてる。こんなにも覚めない夢なんてあるだろうか?
私は本当に眠っているのか。二度目にここに来る前の、あの感覚はまやかし? 首を絞められて、呼気が、血流が止まる、あのおぞましさは勘違い?
……そんな訳、ないのに。
本当はずっと、目を背けて、気付かない振りをしていようと思ってた。
だけどこの世界で生きていく手段があるのなら、私はそれに賭けたい。
「人はね、あたしを神と呼ぶよ」
!!
そう、そっか。
しかし驚きは一瞬。
……へへっ。おばあさんが神様か、不思議と胸にストンと落ちた。
「きゅあ? きゅあっ!」
言ってよね? 水臭いんだから!
ポフンッ。
おばあさんの胸に体当たり。だけど今日の体当たりはちょっと威力が無い。
「聞いてくれれば答えたさ。だけどお前さん、聞きゃしないんだもの」
それもそうだ。私は敢えて聞かずにきたんだもの。
おばあさんは優しく私を抱き締めた。まるで幼子でもあやすみたいな手つきだった。
ふふっ、私の見た目は赤ちゃん龍だけど、中身はいい大人だって神様なおばあさんなら知ってるでしょう?
ころころころ。
だけど甘やかしてくれるっていうんなら、遠慮なく甘えちゃう。
「……あたしゃずっとあんたを見ていたよ」
えっ?
「お前さんは優しい子じゃった。蛇神を祀る故、気味が悪いと近所連中にも疎まれておった小さな社を幼い其方が掃除してくれた」
あ、あの社の事かな。
でも、それはただ帰り道で、ついでだったから。公民館の掃除を終えて家までの帰り道に、掃除もされずにひっそりと佇むそれを見ればどうしたって気になるよ。
「気が回らない、気が付かないと、そう言ってお前さんの両親は親戚や近所連中の前でよくお前さんの頭を叩いた。その度にお前さんは身を縮めていたね。けれどお前さんは難儀する人を見れば躊躇わず手を貸して、雨降りに傘を持たない年寄りを見れば己の傘を差し出した」
それは気が回るとか、気が付くとは違う。
「きゅぁ?」
だって、それは当たり前でしょう?
「ならばその当たり前が当たり前に出来ない者がどれだけいると思う? ちなみにお前さんの両親が言う寄合いの席での酌のタイミングだの、うわべばっかり心地いい空滑の会話なんかに何の意味もないよ」
おばあさん……、おばあさんの言葉は魔法みたいに私の心を温かに満たす。
「お前さんは優しいいい子じゃった。だからあたしがあのまま死なせてなるものかと思ったのさ。お前さんをこの世界に呼んだのはあたしだよ」
!
「きゅ……」
……ねぇおばあさん、神様ってこんなに優しくて温かくていいの?
恥ずかし紛れ、ぼたぼたと際限なく流れる涙を隠すように、ぐりぐりとおばあさんの胸に顔を擦り付けた。
「サイラスはまぁつがいだからアレだが、そんなお前さんを慕ってマルスやトム、グルゴーがやって来る」
ん? グルゴーさんはパイを持って来てくれたよ。でもマルスとトムが来るってなに?
「あぁ、あの二人はお前さんの後追って龍の国に向かったようだよ。ちなみにお前さんの桃色晶は使わずに後生大事に取っておく心積もりのようだ」
え、え、えぇぇえええ!
マルス! トム!
私も二人にもらった首輪をなんとなく外せずに、今でも付けてる。会いたい、私も二人に会いたいよ!
「もちろんあたしだってそうさ、眺めてりゃいいのにあんたと居たいってそう思って姿を明かしちまった。こりゃ、後であたしゃきっとペナルティを食らうよ。龍だった夫と勝手に一緒になった時もあたしゃ、神帝様から大目玉を食らったのさ。あ、グラビアを飾った時もじゃったな」
……うん、そりゃ怒られるよ。神様がヌードで登場って、それは絶対大目玉だよ。
「ともかくね、そうやって皆が集まって来るのは全部お前さんの魅力なんだよ。だってあたしはお前さんの見た目を変えただけで、中身は寸分変わらずお前さんなんだからね?」
泣いちゃうよ。嬉しすぎて泣けちゃうよ。
日本でのダメダメだった私を優しいって、いい子だってそんな風に言われたならそれは私という存在への肯定。
肯定は私の心を昇華させる。窮屈で、逃げ出したくてもがいてた、そんな日々がまるで救われていくみたい。
同時に思い出した。
掃除を終えた蛇神様のお社は私の心をスッキリと爽やかにしてくれて、荷物を持ってあげたり傘を貸してあげたお年寄りは笑顔でありがとうと言ってくれた。
そんな時、確かに私の心も晴れやかで豊かだった。
「きゅぁ」
おばあさん、こうして考えると小さな幸せはいっぱい身近にあって、だけどとがとがした心がそれを見落としちゃってたみたい。
「ははっ、そんな事もあろうさ。自信をお持ちよ? お前さんは優しいいい子じゃ。それにあたしがとびきり可愛いピンクの龍体を授けたんじゃから最強じゃろう?」
……それ、短足胴長、鼻ぺちゃ的な可愛いだけどね。
「きゅーあっ」
へへっ、でもねおばあさん、ほんとのほんとは私、最近ではこのピンクのトカゲルックがすっかりお気に入りなんだ。
「おや、そりゃ残念だね。お前さんはそろそろ成体に変化する時期だよ?」
!!
私、人型になれるの!? もうじきなれるの!?
わ、わ、わぁあああああ!!
サイラス様! 今度会った時、私は人の姿かもしれません。
ん! 待てよ!?
「きゅ! きゅあぁ!?」
ねぇおばあさん! 人型の私って、キラッキラな超絶美女に変身してたりする!?
「いいや? 今までのままさ、慣れ親しんだ姿を敢えて変える意味がなかろう?」
!!
え、えぇぇぇええええ!
ずんぐりむっくりしたピンクのトカゲな私に負けず劣らず、人のももかも短足胴長の鼻ぺちゃよ!?
あうっ、あうっつ、あうぅぅぅっ。
……サイラス様、どうか、人型の私にガッカリしないで下さいね。




