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ももちゃんのドタバタ劇、再開いたします。
「なぁ、姉ちゃん? あれで母ちゃんに腹いっぱい食わせてやれるだろ!? 体格こそチビだけど見ろよあの肉感たっぷりな腹回り! うんまそうだな! 煮て、焼いて、……あ、燻製も食いてぇ!」
ジュルリと涎を啜る音。
……おもむろに前脚で、肉感たっぷりと指摘を受けたお腹を庇う。
私は、煮るも焼くも、もちろん燻製だってイヤ。
「こんのバカタレ! なんだってよりにもよって飼い龍をしょっ引いてくるのさ!?」
ゴンッ!
「痛ってぇ! だって姉ちゃんが食いモンかっぱらって来いって言ったんじゃんかよ!」
「目ぇかっぽじってよく見てごらん! ありゃ食肉用じゃないだろうさ! しかもあんな大層な首輪だってしてる。飼い主が乗り込んで来たらどうすんだい」
「……そんなん食っちまえば」
ゴンッッ!!
「ユリア!」
「イッテェ! 姉ちゃんこそバカタレだ!! もう母ちゃんに何日まともな飯、食わせてないと思ってんだよ? 母ちゃんただでさえ病気なのにまともに食えなくて、ますます痩せちまったじゃんかよ! ころっころに肥えた幼龍食って何が悪いってんだ!」
……ころっころに肥えたお腹を、ガード。
「ケホッ、コホッ。……なんだいお前達、喧嘩をおしでないよ?」
「母ちゃん!!」
「やだ母ちゃん、何でもないの! お願いだから母ちゃんは寝てて!」
……どうしよう。
実は私、ちょこっと前に目覚めてる。
どこで目覚めたかって?
聞いて驚かないで。ここは台所の調理台。そして私、なんとまな板の上にいる。
うんしょっ。
身を起こそうとコロンと横寝に転がって、……ヒィィィッッ!!
ギランと光る包丁を間近に見て、ぴょよよーんっと慄いた。
う、うぅぅ、心臓が口から出ちゃうかと思ったよぉ! ビックリしたよぉ!!
えぐ、えぐっと泣きながら、前脚を突いて、今度こそまな板から身を起こす。
チラリと横目に見れば、私を食べようと目論むユリアと姉は病床から起きて来た母親に掛かりきり。
起きあがった私にも、とんと気付かない。
……うん、食べられちゃ敵わない。今のうちに行っちゃおう。
お勝手口の戸、壊れて開きっぱなしだしちょうどいい。
ぴこっ、ぴこっ。
ぱたぱた。
そっと、そぉっと翼をはためかせ、戸を潜り抜けた。
お邪魔しました~。
人様のお宅からおいとまする時の常套句。二十年染み付いた習慣で、ぺこりとお辞儀のおまけ付き。
そのまま私は母子のお家を後にした。
おばあさんのところ、大急ぎで戻らなきゃ!
見上げる空に、お日様はさんさん。きっとまだ、一時間とは経っていない。
うん! これなら悶絶物のギュルギュルで死にはぐってたって言えば大丈夫かも!
へへへっ、一時はどうなる事かと思ったけど、良かったんだ! 急げ、急げっ!
ぴっこ、ぴっこ。ぱった、……ぱた。
……うん、食べられないで良かった。
良かったけど、なんだか良くないのは、なんでだろう? なんだか胸がもやもやして、スッキリしない。
考え始めれば、飛行にも全然スピードなんて出なくって、高度も地を這うすれすれまで落ちていた。
ザザッ。
「きゅあっ!?」
わわわっ!?
い、痛いっ!
私はまさか、お腹を地面に擦ってしまい、泣く泣く着地した。
恐る恐るで覗き見れば、ぽてんとでっぱったお腹は擦り傷になって血が滲んでいた。
うぅっ、うぅぅっ。……ヒリヒリするの。
なんだか自分が情けなかった。
少なくとも以前だったら、地を這うすれすれの高度だった。なのにころっころに肥えたお腹は目論見よりも出っ張っていて、擦りむいた。
……おばあさんはいつも、私に美味しいご飯をくれる。私はおばあさんの作るご飯が大好き。そして旅に出てからは、買い食いに心躍らせた。美味しい物を食べてる時は幸せ。おばあさんも食べてる時はニコニコ。
……貧乏なマルスとトムは、ひもじくて草の根を噛んでいた。二人がいっぱいのパンを目にした時の喜びようったらなかった。ほくほくの笑顔で私の分まで貪った。
ひもじいのは、辛い。誰だってお腹いっぱい、食べたいよ……。
「きゅ」
……母子のお家、戻ってみようかな。もちろん食べられちゃうなんて論外だけど、私に何かしてあげられる事はないだろうか。
頭を下げ、お腹の擦り傷をペロンと舐める。
ペロ、ペロン。
……あれ? 数回舌を往復させれば、たちどころにヒリヒリとした痛みが治まった。
不思議に思って見下ろせば、……!!
「きゅっ!?」
ないっ!?
お腹の傷はまさか、綺麗さっぱりなくなっていた。
ふと、思い出した。
おばあさんから聞かされた私のピンクの宝石の効果効能。なら、それを落とす私自身はどうだろう?
……ふむ。
シュル、シュル。
ん?
目の前で蠢く尾っぽ。私の尾っぽに似てるけど、ちょっと違う。
しかも、くすんだ赤茶のまだら模様はお世辞にもあんまり可愛いものじゃない。
シュルシュル。
私の前を通り過ぎる、似て非なる巨大トカゲルック。
で、でかい。
「きゅぁ?」
これ、だあれ?
「ギギャーーッ!」
「きゅっ!!」
わぁああっ!!
突如、物凄い咆哮を立てられた。
ギロリと私をねめつけて、クシャッアッっと牙剥く凶悪さったらない。
これ、間違いない! 大トカゲだよね!?
「きゅっ!」
ヒィィッ!
ど、どうしよう。
鋭い爪の前脚で、一歩、また一歩と大トカゲが私に迫る。
こ、恐いよっ。
私は完全に腰が抜けていた。お尻でずり、ずり、と後ろにずり下がる。
「ギギャーーッッ!」
大トカゲは私に向かって鋭い爪を振り下ろす。
「! きゅあぁあぁっ!!」
わぁあぁあぁっ!!
や、やられるっ!
身を捩り、ギュッと目を瞑って衝撃に備えた。
……うっ、うん??
しかし待てど暮らせど覚悟した衝撃は訪れない。恐る恐る瞼を開いた。
「姉ちゃん今度こそ仕留めたぞ! これは食っていい奴だよな!?」
「ああユリア! 今度こそ煮るも焼くも、もちろん燻製だって食えるよ!」
な、なんて逞しい。
ユリアが素手で大トカゲの首を締め上げて、馬乗りになっていた。
お姉さんは懐から荒縄を取り出すと、手際よく大トカゲを縛り上げる。
どうやら私はユリアとお姉さんによって、命拾いしたらしい。
「チェッ。アッチの肥えた幼龍のがふくふく柔らかくて美味そうだけど、仕方ないからコレで我慢すっか」
捕縛した大トカゲを担ぎ上げたユリアが、私を一瞥して呟く。私はぶんぶんともげそうな程首を上下に振る。
「きゅぁ」
ぜひ、ソレで我慢して下さい。
私は大トカゲの尊い犠牲に合掌した。
「ユリア、大トカゲは私が捌いておくよ。母ちゃんに言われた通り、ユリアは早くこの子を元の場所に戻しておいで?」
お姉さんはユリアの肩から大トカゲを取り上げると、自分の肩に担ぎ上げた。
「ああ、そうだった」
なんと、二人は母親に言われ、私を送り届けるべく後を追ってきてくれたらしい。
「ほらピンク、来いよ?」
私を抱き上げようとユリアが腕を伸ばす。
「きゅあ、きゅあ」
私は首を横に振り、ユリアの手からするりと身を躱した。
「なんだよピンク? もうお前を食おうなんて思ってないぞ。元の場所まで送ってやっから?」
ユリアが怪訝に眉根を寄せる。
「きゅあ」
私はもうひとつ嘶くと、先陣切ってぽってぽってと母子の家に向かった。
「あん? お前、うちに戻ろうとしてんのか?」
「……それならユリア、そのピンクは帰りたくなったら送ってあげたらいいだろうよ。母ちゃんに早く栄養のあるトカゲ汁を食べさせてあげたいからね」
「ああ! そうだな! ……へへっ、トカゲ汁か」
ユリアはジュルリと涎を啜った。
……私に向けられたものではないと知りつつも、背筋をぞわぞわとした悪寒が走った。
ユリアの涎に、触れた物を溶かしてしまいそうな恐怖すら感じた。




