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私に翼があったなら、どこまでだって飛んでいく。

ここじゃない、何処か遠いところにいって、私は新しい私を生きる。


……さて、どうやって生きよう!?




もにゃもにゃ。すぴすぴ。

ピキッ。

う、……う~ん? 

ピキッ、ピキピキピキッ。

なっ? なに? なんだか、眩しい?


「サイラス様! 龍玉にヒビがっ! 龍王妃様が、龍王妃様が誕生されます!」

「……うむ」

なになに?? 今朝の目覚めは随分と騒々しいんじゃない?


パリパリパリッ、パリーーーーーーッッン!!


「「「龍王妃様のご誕生だ!!」」」


エッ!? エッ? エェエエエッッッッッ!?


瞼を開けて、視界に飛び込んだ光景に絶句した。

「なんと、今代の龍王妃様はなんと美しい桃色をしておられる!」

「こ、これは、龍王妃様は一体どの属性を持っておられるのだ!?」

「分からん、分からんが、なんと神々しいお姿なのだ!」


わ、わ、わぁぁあああ!

だって目の前はキラキラ! ツヤツヤ! ピカピカ!

これは私の語彙が乏しいんじゃない。事実、目も眩むような眩い色彩のオンパレード!

何十人もの美丈夫が私を覗き込み、感涙に咽んでる。

……な、なにコレ? 


「……妃よ、我は今代龍王サイラス。我は五十年、其方の誕生をずっと待っていた。よく、我の元に現れてくれた」


わ!? わ! わぁぁぁぁああああああ!! 

す、素敵! 凄く素敵! 

私に歩み寄ったのは何十人ものキラキラの中にあって、一層キラキラに輝く男性。しかも男性はキラキラなだけじゃない。

キラキラの男性の、キラキラの瞳は深く澄みきって、慈愛に満ちて優しいの。穏やかに私を見つめる瞳は、そんじょそこらの男の人達とは段違いに理知的で理性的。

キラキラの男性は、欲や打算やそんな一切の煩悩から切り離されたみたいな清廉な空気を纏う。


わ! わ! わぁぁぁぁぁああああ!!

私の夢なのに、私の想像の範疇を越える理想が実体になって現れた!

私の深層心理は思ったよりも奥が深いとびっくりしちゃう! こんなにキラキラの男性なんて、想像も及ばない。

もしかすると男性は、芸術の神様の描くキャンパスから、夢の橋を渡って私の自由帳にお引越しして来ちゃったのかな?

とにかく、今日の夢は神々しいくらいに眩い……!

心の中でいつも、空想して夢見てた。

優しいのは絶対に譲れない。ゆとりがあって寛容で、公正な心ですべからく物事を見通せる、何事にも揺るがない絶対的なヒーローに、ちっぽけな私という存在が愛される。そんな自由な空想世界は何人にも邪魔させない私の聖域。

そんな聖域から、ヒーローが飛び出して、私に向かって優しく微笑む。

一歩、また一歩と上座にあった男性が私に歩み寄る。

男性の周囲にあったキラキラの波が一層キラキラのその人を中心にサッと割れ、場はシンと静まった。


「我が妃、其方の名は?」


私と間近い距離に顔を寄せたキラキラの男性が、蕩ける笑みで問い掛けた。

男性の声は、シンと静まった場にあってよく響いた。

……そして声は、切ない位に真摯な響き。


慈愛の篭った目を向けて、男性は静かに私の返事を待っていた。

……夢は、蕩ける程に甘い。


「きゅ、きゅあ」


!? 

あ、あれ? 私、今確かに名乗ったよね?


「……きゅーあっ」


っ!?

私も、そして周囲の人々も一様に顔色を蒼くしている。

……うそ。私、喋れない?


「妃? そろそろ龍体を解き、人化してくれぬか? 我はやっと出会えた其方と会話がしたい」


龍体? 人化?

はて、それは一体なんのこっちゃ?


ぽかんとして、こてんと首を傾げる私に、周囲がざわつき出した。


「……なんと、五十年待ちに待った龍王妃様が未完?」

「いやいや、今はまだ誕生したばかり故、もう少々落ち着かれればまた……」

「しかしよくよく見れば今代の龍王妃様は随分と稚く、いくら幼龍とはいえずんぐりむっくりが過ぎるのではないか? こんな事態は稀な事ぞ?」


……なんか、いやな感じ。だってさっき、神々しいって言ってたのと同じ口がずんぐりむっくりってどういう事? 

キラキラだった何対もの目が、胡乱に陰って私を見下ろす。


「……きゅぁ」


何より、きゅあ、しか言えない私は一体どうなっちゃったの?

不安で不安で仕方なかった。

最初は溢れるキラキラの夢にラッキーって、やったねって思ってた。次いで現れた私だけのヒーローに心が躍った。

けれど所詮、私は私でしかありえない。夢の中でも私は冴えない私を脱却できない。

……もう、覚めたい。この夢も、ここまでで十分。想像を超越した素敵なヒーローが見られただけで良しとして、この続きは見たくない。

今は一刻も早くこの悪夢から覚めたくて、一刻も早くいつもの日常に戻りたくて……ううん、これも嘘だ。

だって、私は逃げ出したかった。いつだって、逃げ出したくて仕方なかった。

重く圧し掛かる親の負担、職場では人の顔色窺って、そんなしがらみの多い窮屈な日常から抜け出して、私は新しい場所に飛んでいきたかった。


「……サイラス様、どうやら龍王妃様はいまだ不完全な幼体のまま、人化も出来ぬご様子。これはご成長まで、幾ばくかの間が必要かもしれませぬ」


豪奢な衣装の男性が進み出て、重々しく言葉を紡ぐ。それを皆が苦い表情で聞いている。皆が皆、残念そうな目で私を見る。


……ここでも私は皆の期待に応えられない、あぶれた子になってしまう?

やだ! いやだ! 

いまだ覚めない夢の中、現実でない夢だから、だからこそ……!


「きゅーあっっ!」


そんなのイヤ! 夢の中くらい、私は私でいるの! 心のままに行動して、私のなりたい私でいるの!!


「きゅあ~」


思いは行動になって現れた。夢の中はとても自由で、私はポワンと浮きたって何十人もの人々の頭上を飛んでいた。

わぁ、夢ってファンタジー!


「「「龍王妃様っ!?」」」


眼下であたふたと私を見上げる人々。


「きゅーあ」


ふふっ、バイバイ。

最後の方はちょっと失礼だなって思ったけど、金銀漆黒の髪に青や翠の綺麗な瞳のキラキラの美丈夫達はやはり眼福には違いない。

私の夢なのに、私の想像すら及ばない綺麗な人がいーっぱい。なにより、サイラス様って呼ばれてた一層キラキラのあの人は、とびきりに綺麗だった。流れるサラサラの銀髪に、水晶みたいな澄んだ水色の瞳。それはまるで、神秘みたいな美の結晶。

私だけのヒーローって一瞬血迷いもしたけれど、夢の中でも私はみそっかすみたい。だから悲しいけど、私は彼のヒロインにはなりえない。


けれど翼は得たでしょう? 一番欲しかったはためく翼を得たのなら、飛び立つしかないじゃない!

なんだか今日の夢は、すごく楽しい。だけどそろそろ目を覚まさなくちゃ、遅刻しちゃうよね? 


だけどまだ覚める気配がないのなら、空中散歩を楽しもうっと!

私は大きな窓からするりと青空に飛び出した。



***




私は大森ももか。

高校を卒業して、親の縁故で地元組合に就職してニ年が経った。本当は大学に進学したかった。本当は家を出たかった。

だけど、それが許される家じゃなかった。家を継げ、墓を守れ、婿を取って孫を産め、こればっかりを聞かされて幼少期からずっと育ってきた。

たぶんもう限界に近かった。母親に引っ張られて、土日の休みとなれば婦人会の手伝いや公民館の掃除。近所に不幸があれば、その手伝いで一週間も駆り出されて有休が消える。田舎は体裁を整える事に、とても忙しい。

ずっと、ずっと、嫌で仕方なかった。世間体や見栄ばかりを気にする両親にとって私はただ、大森家の後継ぎ。

これをやるならば、これをするならば、そんな条件付きの愛情は私を酷く臆病な人間にした。私はずっと、自分という人間に自信が無い。

そして夫婦関係、親子関係にも夢は持てない。書類一枚の婚姻関係にどれ程の重みと価値があるの? だけど書類の一枚もない、好きあって結ばれる恋人の関係は私には永遠に訪れない。

お見合いの日が三日後に迫っていた。

私が望んだ事じゃない、望んだのは両親で、私は期日が決まった後に事後報告で聞かされた。


ふふふっ、だけどもう全部どうでもいいの。だって私には、燻る火種を胸に抱えても、それを行動に移すだけの度胸が無い。

怒りながら、ふつふつと湧く怒りに震えながら、それでも家を飛び出す事も、親を切り捨てる事も出来ないのだ。


自発的に動けない臆病な私はただ、誰かが手を差し伸べてくれるのを待っている。

夢物語に、誰かが私の背に大きな翼を授け、飛躍を後押ししてくれるのを待っているんだ。





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