9:如月由依の決断
今回から数話はファンタジーVRMMO『名も無きダンジョンと空白のクロニクル』サイドの話となります。
ーーその気が無いのなら、光幸に手を出さないでくれる?
そう言われた。
正直に言って、私は彼に手を出していない。寧ろ、彼から接触してきているというのに。
「……ぃ、ユーフィリア」
「っ、何?」
少し思い出していたせいで、返事をするのが遅れた。
現在、『白黒』ことファンタジーVRMMO『名も無きダンジョンと空白のクロニクル』内にあるとある一軒家にいる。
『ユーフィリア』というのは、私のプレイヤー名だ。
「現実の方で、何かあったか?」
「何も無いよ?」
梓乃たちにはバレるだろうが、何も無かったかのように言ってみる。
ゲーム内では、現実でのことは言わない方が良いとされているが、基本的にどちらの顔も知ってる私たち内では、普段通りに話していたりする。
ちなみに、梓乃のプレイヤー名は『篠月』という。瑠璃たちからは「職業、侍じゃないんだ」とか言って、かなり弄られたり、からかわれていた。
「七宝たちも気にしてたぞ」
「そっか。実はそんなに酷くは無いんだけどね」
目線を梓乃から下に向ける。作業していた手が完全に止まっていたらしい。
そもそも、篠月(梓乃)の言った『七宝』とは瑠璃のことで、サブキャラとして『セルリアン』という名前もあるらしい。
キャラが二つもあると、大体どちらかに偏ることがあるらしいが、それでもバランス良く、レベルが揃っているのが、何とも彼女らしい。
牧瀬君のプレイヤー名は『宵闇』。職業とも上手く連想できるように、とのこと。
「それでも、七宝(瑠璃)か宵闇(牧瀬)には話しておけよ。距離的な意味も含めて」
「七宝たちに話したら、どのルートでも広がっちゃうじゃん」
「それは否定しないけどな」
信頼されてる時とされてない時の差が酷い。
「まあ、隠すほどのことじゃないんだけどさ」
「ん?」
「彼のお嬢さん方に、『その気が無いなら手を出すな』って言われたんだよね。実際は逆なのに、よく物を見てから言えってんだ」
「そうか」
特に指摘することもなく、梓乃は相槌を打ってくる。
「疑問に思っていることとかも含めて、そろそろ向き合うべきなのかなぁ、とは思ってるんだ。七宝の作戦が珍しく崩壊してる時点で、これ以上、彼らに有利にならないようにしておくべきだったんだよね」
「だからって、お前が無理する必要は無いんだからな?」
「分かってるよ」
それでも事が事なだけに心配なのか、梓乃が顔を顰めたままだ。
「お前が奴と向き合うって言うなら、俺も覚悟を決める」
「ん?」
「表向きの作戦は、まだ続行中だろ?」
ああ、そうだ。
私と梓乃が、互いを『唯一の攻略対象者』に見立てて、彼らとなるべく関わらないようにするまでが目標。
それが、瑠璃たちが立てた作戦。
「おい、まさか忘れたわけじゃーー」
「大丈夫だよ。ちゃんと覚えているから。けど、ありがとうね。篠月」
「ああ。もしもの場合は、学校の方に突撃してやる」
「それは止めてほしいなぁ」
そこまで言って、ぷっと噴き出し、二人揃って笑い始める。
「でも、校外でなら、これでもかと頼らせてもらうよ。騎士様」
「ついでだから、召喚師と盗賊にも頼ってやれよ。じゃないと、あいつら頑張っているのに、捻くれるぞ? 魔導師様」
「そうだね」
ファンタジーVRMMO『名も無きダンジョンと空白のクロニクル』での職業である騎士や魔導師は、私たちのゲーム内での職業である。
私、如月由依の職業は、魔導師と生産職の二つで、梓乃は騎士と魔導師の二つ。
そして、召喚師は瑠璃のことで、盗賊は牧瀬君のことである。
「それじゃ、そろそろ行くか。あいつらを待たせているからな」
「そうだね」
「先に行ってる」
そんな梓乃を見送り、私も話しながらしていた作業を片付けて、みんなが待っているであろう外へ出て行く。
それにしてもーー
「何で、あっさり話しちゃったんだろ?」
ただ、その疑問だけが残った。
とりあえず、ゲーム内での名前や職業を(分かりやすく)纏めておく。
由依→『ユーフィリア』。職業:魔導師、生産職。
梓乃→『篠月』。職業:騎士、魔導師。
瑠璃→『七宝』または『セルリアン』。職業:召喚師、付与術師。
牧瀬→『宵闇』。職業:盗賊、暗殺者。