8:結月牧瀬と接触せしは
「君が、結月牧瀬君?」
目の前に現れた人ーー先輩にして、校内の有名人の一人であるその人に、話し掛けられた。
名前は、笹崎優理愛。
成績優秀で誰にでも優しく、美人で容姿端麗(スタイル抜群ともいう)な彼女に話し掛けられたら、どんな男子でも見惚れてしまうだろう。
ーーが、そんな彼女も上郷の取り巻きの一人である。
こんな人まで取り込むとは、恐ろしい奴である。
「そうですが……俺に何の用でしょうか? 笹崎先輩」
ふぅん、と呟いたかと思えば、頭から足の先まで、全身を見られる。
どんな事情があれど、さっさと用件を言ってもらいたい。今でも、周囲にいる男子たちからの視線が怖いから。
「単刀直入に言うとね。如月由依さんについて、教えてもらいたいの」
「ライバルとなりそうなあいつの情報収集、というわけですか」
「否定はしないわ。だって、光幸が構ってる子だもの」
決定。この先輩は敵だ。
「すみませんが、俺にあいつを売るような真似は出来ないので、教えることは出来ません」
「どうしても?」
「どうしても、です」
胸を強調するような腕の組み方をされたって、教えられないものは教えられない。
「そう、残念だわ」
そう言って、去っていく笹崎先輩。
「なぁ、如月のこと。教えてやりゃあ良かったじゃねーか」
「嫌だよ。もし教えて、上郷たちの件で飛び火したくねぇだろ」
「そう言われると、そうなんだがなぁ」
上郷たちによる飛び火なんて、言い訳だ。
それにしても、思ったより早く接触してきたなぁ。
「とりあえず、視線が怖いから、早く教室に行こう」
「……そうだな」
そして、教室に戻ってみれば、妙な空気に包まれていた。
「……これは何の騒ぎだ?」
「あ、やっと来た」
紅林が言外に遅い、と言ってくる。
「あ、牧瀬君……」
「何があったんだ?」
「いや、何でも無いよ」
そう言う由依だが、今までの付き合いと周囲の空気から、何かあったのは分かる。
「紅林」
ちょっと、と呼べば、彼女が寄ってくる。
「何があった」
「上郷君のお嬢さんたちから、呼び出されて何か言われたみたい。私たちも警戒はしていたんだけどね」
「……」
笹崎先輩が俺に接触しに来て、他の奴らが由依に直接接触したわけか。
「この事、葉月君たちは知ってるの?」
「俺と瑠璃で情報共有はしてる。ただ、休み時間と帰るときに報告しているから、今のことは知らない」
「……そっか。綾瀬さんが一緒なら大丈夫、かな」
紅林も瑠璃のことは知ってるからな。
「綾瀬さんに今のことを言うの? 何か、喧嘩売りに来そうなんだけど」
「そりゃあ、言ったら来るんだろうな。あいつの性格上」
それか、面白がって梓乃を連れて来そうだ。
「とにかく、如月さんが、彼女たちから何を言われたのかは分からないけど、同じ学校な以上、出来る限りのサポートをするわ。だから、私たちに出来ることがあったら言って」
「悪いな、紅林」
「良いのよ。これは私の恩返しでもあるんだから」
ふっ、と笑みを浮かべると、紅林が由依たちの方に向かっていく。
「……」
どうやらこれは、強力なサポーターが加わったみたいだぞ。瑠璃。
☆★☆
『何それ。つまり、梓乃も連れて、そっちに行って、仲良いところを見せびらかせって?』
「いや、誰もそこまでは言ってないだろ」
『言ってるようなもんじゃない!』
だが、珍しいな。瑠璃の作戦がここまで無意味になるなんて。
やっぱり、今朝の『あの連絡』が原因か?
「つか、お前がこんな挑発に乗ってどうする」
『だってさぁ』
「気持ちは分かるが、紅林も手を貸してくれるらしいから、この事は頭の隅にでも入れといてくれ」
『それは良いんだけど……紅林さんかぁ』
ネタのためなら暴走しがちな紅林だが、それ以外ならまともだから、手が借りられるなら借りた方が良いとは思っている。
『あと、由依のことだけど』
「ん? ああ……」
『多分、私が聞いても教えてくれないと思う』
「そうか」
いくら状況を知っているとはいえ、由依のことだから、心配させると思って、話そうとはしないだろう。
『『白黒』で聞いてみる?』
「そうだなぁ」
だが、リアルでも顔見知りな俺たちだ。話してくれるかどうか。
『ダメもとで聞いてみましょう。私たちで駄目なら、梓乃に任せるとして』
「最終的には梓乃任せか」
『仕方ないでしょー? 梓乃でも駄目だったら……って、ちょっ、なん……』
「瑠璃?」
誰か来たんだろうか?
『牧瀬?』
……梓乃でした。
しかも、梓乃に携帯を取られたらしい。
「あ、ああ……」
『で、由依がどうかしたのか』
「いや、何も無いけど?」
すっ恍けてみる。
『瑠璃と“何か”を俺に任せる的な話をしていたよな?』
「あー、『ダンクロ』で強力なモンスターが来たら、梓乃に任せよう、って」
『ふーん……』
騙されるどころか、疑われてるし。
梓乃が察しが良いのはありがたいが、こういうことまで察しが良くなくてもいいんじゃないだろうか。
『じゃあ、『ダンクロ』で待ち合わせな』
あ、吐かせられるのと締められるの、決定。
電話の向こう側で待っているだろう瑠璃は、どんな表情をしているのだろうか?
「……由依には俺から言っておくよ」
『ああ、頼む』
そのまま、携帯を切られる。
「……どうすっかなぁ」
まだまだ、いろいろと問題は山積みだ。




