7:綾瀬瑠璃と接触せしは
ーー昼休み。
メールが来ていたので、確認してみれば、牧瀬からだった。
『済まん。奴の対応が面倒くさかったものだから、由依に彼氏がいることにしちまった。初日から作戦変更することになって悪い』
ぱきり、と棒状のチョコレート菓子が折れる。
牧瀬がミスするとは珍しい。もしや考えが甘かったか?
「……」
さぁて、どうしたものか。
梓乃に話すのは決定事項だが、こっちはこっちでどうするべきか。
そう考えながら、とある情報サイトを開いたときだった。
「……!! なん、だと……」
私の中に衝撃が走る。
だって、だって……
「ダーレク、アニメ化とか……!」
対処法よりも、こっちの情報が私を突っ切っていった。
ちなみに、『ダーレク』こと『闇の鎮魂歌』は、ダークファンタジーゲームであり、今ではラノベや漫画化もされているが、私がダークファンタジーにハマったきっかけと言っても過言ではない。
それにしても、まさかの不意打ちである。情報サイトを何気なく開いたら、これだもの。
「いつかなぁ。今発表だと、来年かなぁ」
とにもかくにも、楽しみである。
「綾瀬瑠璃さんは居ますか?」
悪魔の声が聞こえた気がする。
上がっていた気分が、一瞬で急降下していく。
「綾瀬さーん」
呼ぶな。呼んでくれるな。私は今、そっちに行きたくない。
「クラスメイトの声すら無視するとは、良い度胸ですね」
「……何で、席まで来てるんですか。副会長」
「それよりも、これ以上バイトを増やしたら倒れる、と忠告したのに、聞かなかったそうじゃないですか」
「自分のことは自分が分かってますし、ちゃんと倒れないように、加減もしていますから大丈夫ですよ」
そう、ちゃんと加減はしている。
「そうですか? 僕には、そうは見えませんが」
「副会長には見えなくても、事実何とかなってますから」
人のやることに口出すな、と言いたい。こっちは何一つ、悪いことはしていないのだから。
「けどまぁ、周囲に目を向けられるだけの余裕がありそうで何よりです」
「……どういう意味ですか?」
「さぁ?」
恋は盲目というから、もし神原さんに完全に攻略されていたら、彼はここには来ていなかっただろう。
まあ、あの子はこっちに来てまだ日は浅い部類に入るし、短期間で完全に攻略されていたら、副会長がチョロいことになってしまうわけだが。
「とりあえず、帰ってもらえません? そろそろチャイムが鳴りますから」
そう言えば、タイミング良くチャイムが鳴る。
「そうですね。また出直しますよ」
「出直さなくて良いです。寧ろ神原さんに構ってください」
「……君に言われるまでも無い」
教室から出て行く副会長を見送るが、ありゃあ、相手にされてないな。
「ああ、これは面白くなりそうだ」
口に銜えた棒状のチョコレート菓子が、ぱきん、と音を立てて折れた。
☆★☆
『余計な干渉はしないでって、言ったじゃない』
「それはお互い様でしょ。こっちも同じこと言ったじゃん。なのに、アレってどういうことよ」
本日最後の休み時間。
とある相手に電話してみれば、愚痴合戦になった。
「貴女のやるべきことと私のやるべきことは違う。貴女が彼女と話せる以上、『彼は貴女の標的じゃない』と言ってもらえない? 彼女が離れてくれれば、私たちの『互いに干渉しない』という条件は満たされるはずじゃん」
『それで聞くようなら、とっくに言ってるわよ。それに、あの子は『彼』が攻略対象だと思い込んでるんだもん。今は何を言っても無理』
つまり、八方塞がりという訳か。
「あっちの『彼』については?」
『あれは、私の担当じゃないわよ。でも、そうねーー物語とかにある、二つの世界が混ざり合っているのだとすれば、貴女たちの存在で均衡が取れてるのかもね』
「私は、この世界が『普通』であることを信じるよ」
乙女ゲームの世界とかギャルゲーの世界とか、世界の真実とかどうでもいいし、私たちが知る必要はない。
私たちが望むのは、普通の生活だ。
『そうね。それが、一番良いのかもしれないわね』
彼女が懐かしそうな、思いを馳せるかのような遠い目をしながら言っているのが、想像できる。
たとえ、どんな世界だろうとも、私たちはーー
『それでも、ダメ元であの子に言ってみるわ。それで駄目だったなら、ごめんなさいね。瑠璃』
「気にしないで。こっちも可能な限り頑張るから。あ、そろそろ時間だから切るよ。それじゃあね、叶」
携帯を切る。
「私は、あの子たちの幸福を望むよ」
何より大切な『幼馴染み』だから。