4:綾瀬瑠璃と結月牧瀬の作戦Ⅰ
「ーー二人とも、付き合っちゃえ」
「は?」
「えーっと……?」
私の言葉に、二人が戸惑いの表情を浮かべる。
戸惑うのは、分かる。私も振りとはいえ、言われたら戸惑う自信はある。
「ちょっ、落ち着けって。順番に説明していくから」
牧瀬が慌てて、二人を宥めにいく。
まあ、何も言わなかったら、梓乃の雰囲気がヤバくなりそうだったし、そこは牧瀬に感謝である。
「まあ、『付き合う』っていうのは、仮の最終目的だけど、そこまでの経緯は二人の努力と演技次第だから」
「本当に何させる気だよ」
梓乃の表情から察すると、きっと嫌な予感がしているのだろう。
「説明の前に、状況確認。由依と牧瀬側は、告白を断ったらストーカーもどきと化した半イケメン君をどうにかしたい」
「う、うん」
「フルネームよりも呼び名が長くなってんぞ、瑠璃」
人差し指を立てて、状況確認をしてみれば、戸惑いながらも頷く由依に、牧瀬がそうツッコんでくる。
「で、私と梓乃は、おそらく『攻略』目的な自称ヒロイン様をどうにかしたい」
「まあ、その説明は間違ってはないな」
そして、問題はここからである。
「何かに例えた方が早いから例えるけど、多分こっちは面倒な『転生ヒロイン』の類だと思うから『乙女ゲーム』、由依たちの方は、『ギャルゲー』とでも例えることにしようか」
「あのさ、瑠璃。多分、梓乃に一部通じてない」
由依や牧瀬には通じているのに、梓乃には通じないとか……。
「梓乃。あんた、ネット小説とか読まないでしょ」
「見るには見てるが、最近は見れていないときもあるから微妙だな」
おや、意外。
「じゃあ、乙女ゲームとかギャルゲーとか関係無く、ゲーム転生系は見てない?」
「前者が含んでる奴は見ないな。VRMMO系の方なら見るが」
「そっちかぁ……」
ギャルゲー転生の一つぐらい見ていてくれたなら話は通じたんだろうけど、ここからの話は難しいかもなぁ。
「むー……」
「まあ、これを見ろって押しつけるのもアレだし、人によって好みがあるからねぇ」
そこなんだよなぁ。
さて、どう説明したものか。
「ねぇ、梓乃。転生云々は除外して、乙女ゲームとギャルゲーについて、どこまで知ってる?」
「主人公と落とす対象が男女で違う。ギャルゲーなら男主人公で、対象は女。乙女ゲームはその逆。内容次第では、選択肢で進めていく」
「ああ、うん……そこまで分かってるんなら、良いんだけど」
さすがに、そこから説明しないといけなかったら、どうしようかと思ったよ。
「乙女ゲーム転生やギャルゲー転生は、文字通りに捉えればいいよ。対象となるゲーム知識を持った主人公が『ゲーム主人公』や『攻略対象』、『サポートキャラ』や『ライバルキャラ』とかに転生して、進んでいくゲームのシナリオに抗ったり、主人公の言動を傍観したり。流れはいろいろだけどね」
「特に、ゲーム知識を持った転生主人公は厄介かな。『世界は自分中心に回ってる!』みたいなタイプは特に。自分の都合通りに進まないと、ヒステリーになって、大体は悪役じみてくるし。だから、逆転劇起こされるのに、何で分からないかなぁ。あとさ、何でゲームだと良識はある子なのに、前世持ちが入ると、ああなるのかね」
大半を由依が説明してくれたが、私の説明も、間違ってはないはず。
「そこはほら、美少女やイケメンに囲まれたいっていう願望からじゃないのか? まあ、俺は瑠璃一人で十分だが、誰か相手一人を選んでクリア、よりも誰も選ばずに放置って、地味に酷いよな」
一部保険だと分かっていても、そう言われると嬉しい。
「そ、そうよね。選ばれなかった奴は次があるけど、放置するってことは、期待させてるだけに見えるし」
それが、たとえ『運命』だったのだとしても。
「で、何だ。つまり、神原はその『転生ヒロイン』の類って事か」
「または、そう思いこんでいるか」
「上郷の場合は、半分無意識だろうな。……ちなみに、瑠璃。梓乃と由依をゲームキャラに当てはめたら、どうなると思う?」
牧瀬がそう聞いてくる。
「んー、基本的に主人公が対象のトラウマとかを取り除いて、好感度を上げていくのが『乙女ゲーム』とかだからね。そこで、二人を当てはめるとなると……」
由依は天然も入ってるから、イージーモードとハードモードの間ぐらいだろう。
梓乃は……梓乃は?
「梓乃は……そういえば、神原さんに『秘密』があるって、言われたんだっけ?」
「ああ。全く、思い当たらないが」
あー、多分。それ、実際にあったとしても、私たちが気付かずにフラグ立てたけど、無意識に神原さんの言う『秘密』ごと、ばっきり折ったパターンだろうなぁ。
「まあ、今は『秘密』は横に置いておくとして、話を戻すけど」
「きっかけはお前だろ」
「うっさい。それに、ブーメランだから」
いかん。また横道に逸れそうだ。
「まあ、つまり、相手がゲームのつもりなら、こっちもゲーム式で対抗しないか? っていう作戦なんだが」
「作戦名は、『リアル風ギャルゲー・乙女ゲーム式作戦』。コンセプトは、『たった一人の攻略対象しかいない乙女ゲーム兼ギャルゲー』。主人公兼攻略対象は由依と梓乃ね。ライバルは半ストーカーのイケメン君と神原さん」
牧瀬に続いて、説明する。
「一応、デートとかもしてもらうけど、そこは、あくまで自然体でお願いね」
「ゲームっぽくしなくていいの?」
あ、由依が乗り気だ。
「多分、システムっぽくするよりは、そのままの方が向こうも納得しそうなんだよね」
というか、わざとらしさを無くしたいのだ。
この二人なら、デート開始数分で、何も知らずに端から見たら初々しいカップルにも見えるはずだ。
これがお互いに無意識でなければ、どれだけ良かったことか……!
「あと、これは瑠璃と話し合ったんだが、目安として互いの学校の文化祭までにしようかと思うんだが」
「何で文化祭?」
「止めってことで。だって、彼氏彼女が自分の学校の文化祭に来るんだよ? そこで自分たちと話すよりも楽しそうにされたら……ねぇ?」
同意を求めようとしたら、牧瀬だけではなく、由依にも困惑しているような視線を返された。
……あ、そうか。忘れてた。
「ただなぁ。最初に説明をしたと思うが、ウチにいる同じ中学の連中が梓乃が巻き込まれたことを、『由依争奪戦』に参戦すると思ったらしく、嬉々としているし、高校から知り合った奴らはあいつらが上げまくったから、どんな奴かって興味津々なんだよ」
「正直、カオスな事になりそうなんだよね。紅林さんなんか特に」
「もう、ネタのためなら、あいつが何処にいようと、不思議じゃなくなってきたな」
由依すら遠い目をしているのを見ると、どうやら、中学の時以上に精を出しているらしい。
「あの子。そのうち、どこかで出禁食らいそうよね。現状、どうなの?」
「出禁じゃない。門前払いだな。あいつが一緒だと、取材すら出来ないと分かってるからか、他の新聞部の奴らは一緒に行動したがらないんだよ」
そういうやり取りしているのを、部室の前を通りかかったときに聞いたらしい。うわぁ。
「紅林はともかく、対策事項については、確実に増えたな」
「そうだね。上郷君たちが、どんな行動してくるのかは気になる所だけど」
確かに逆上して、二人に危害が加えられたら、意味が無いんだけどーー二人が嫌がってるのを知っているのに、見て見ぬ振りをするのは出来ないから。
「よし、まだ時間もあることだし、昼食べたら、みんなで遊びに行こう!」
「対策は?」
「む。いくら私でも、すぐには思い付かないんだから、気晴らしぐらいさせてよ」
「でも、どこに遊びに行く?」
そうだなぁ……。
「確か、新しくショッピングモールが出来ただろ。何なら、見に行ってみるか?」
「あ、良いね」
そんな感じで行き先が決まれば、次は移動である。
「良かったな」
「ん?」
「あの二人にとっても、俺たちにとっても、ちょうど良い気晴らしになる」
確かに、そうだ。
いくら牧瀬が一緒に居るとはいえ、由依も大変だろうし、私たち側も神原さん相手に慌ただしい。
「牧瀬が、一緒に居てくれて良かったよ。もし、この場に居なかったら、あの二人に挟まれて居辛いしね。「用事がある」なんて言ってサボられたら、どうしようかと思ったけど」
「サボらねぇし、サボれねぇよ。あの二人の現状は、見て見ぬ振りも出来ないしな」
それには、同意だ。
前を歩く二人を見ながら、そう話す。
「それとさ。確認したいこともあって」
「確認したいこと?」
「神原さんはともかく、彼は由依のどこに惚れたのかな、って」
「……おい」
牧瀬も私の言いたいことが分かったのか、顔を顰める。
「神原さんみたいに分かりやすく来るならともかく、もしギャルゲー攻略のつもりで由依に手出ししたのだとしたら、私たちのことを相当嘗めてるって事だよね」
難易度が低いとか、そういう問題じゃない。
「つまり、いつも通りの表情をしながら、そのことを隠しているのなら、隠し方が相当上手いって事になるな」
「程度次第では、神原さんよりも、質が悪いよ」
ふむ、と牧瀬が立ち止まる。
「警戒レベルを上げるべきか?」
「梓乃が居るって、広まってるんでしょ? なら、牧瀬ががっちがちに警戒しなくていいよ。いつも通りで良いんじゃない?」
むしろ、梓乃がどう判断するかだ。
「なら、臨機応変に対応しておくよ。そっちはどうするんだ?」
「こっちは、神原さん相手に遊ぼうかと」
「遊ぶ?」
怪訝な顔をする牧瀬に、うん、と頷く。
「だって、リアル自称・ヒロインだよ? 観察しないわけにはいかないじゃん」
「そういや、お前の好みって、傍観系も含まれてたんだよな」
「否定はしませんよ?」
奴らの気を引くつもりはないし、興味持たれたらアウトだとは思うけど、神原さんって、見てて楽しいんだよねぇ。
「一応聞くが、対象者たちに絡まれたら?」
「牧瀬の良い所を言いまくる。惚れた弱みは武器にも出来る! ってね」
「お、おおっ。なら、こっちも『もしも』の場合でそうしとくか」
照れながら、そう言う牧瀬に、思わず笑ってしまう。
そうこう話している間にも、私たちはショッピングモールに到着するのだった。