21:葉月梓乃は綾瀬瑠璃とともに危惧する
「梓乃くんっ! 綾瀬さんを知らない!?」
今日も今日とて、神原は瑠璃を探し回っている。
「知らないが……何だ。また逃げられたのか」
嘘である。俺より背の低い瑠璃が俺の背後に隠れつつ、異能で姿を隠すという二段構えで今も隠れている。
理由は分からないが、そもそもこいつは何を言ったのか、何をしたんだか。
後、あまり使えないとか言っていた異能を、こんなことに使うな。
「う……そうなの。でも、聞きたいことを聞き終えるまでは、頑張って捜してみるよ。綾瀬さーん!」
「……」
別の所へ瑠璃を捜しに行った神原を見送り、戻ってこないのを理解すれば、背後に「行ったぞ」と声を掛ける。
「あーもう、マジでしつこ過ぎ」
「つか、あそこまでマジで追い掛けられてるとか、本当に何したんだよ」
異能を解除して、瑠璃が現れたので聞いてみる。
ちなみに、異能を使っても大丈夫なように、学校全体を覆う形で結界を張ったらしい。
そんな結界を張れるなら、異能で『ゲーム結界』ーーゲームの期間中に張られる結界、だと長いのでーーを壊せって言ったら、「自然消滅する結界を、何で異能を使ってまで壊さなきゃならないの」と返してきた。
まあ確かに、俺も逆の立場なら、同じことを思ったかもしれないが。
ーー何をしたのかは知らないが、逃げ回りたくないのなら、さっさと『ゲーム結界』を壊してしまえば良いものを。
「『転生者』だからって、もう……っ!」
瑠璃はイライラしているのか、がしがしと頭を掻く。
最近の瑠璃は、こんな感じである。
あの日。俺たちに暴露したからか、肩の荷が下りたような顔をしていたはずの瑠璃の表情は、休み明けにーーというか、休み前からーー自身を探し回る神原を見て、瞬時に無表情に変わった。
瑠璃と一緒に居る率が高いためか、最初に俺の所に来る神原も神原だが、さすがの俺も(選択などの被らない)移動教室とかがある時は匿うことは出来ないので、その時はもう(瑠璃の)姿が見えなかったりする。どこに行っているのかは不明だが。
「由依たちが羨ましいわ」
「まあ、意外にも向こうは、割とあっさりしていたからな」
とはいえ、だ。いくら『ゲーム結界』の影響もあるとはいえ、由依に振られても『好き』という感情を抱いていた上郷がどうするのかは、本人以外、知る由もないことで。
それでも、由依と牧瀬からは異常があったという知らせはないので、大丈夫なのだろう。
「そういえば」
「ん?」
「ゲームキャラクターに、俺と似たような奴が居るって、言ってなかったか?」
「ああ、うん。居るよ」
確認も含めて聞いてみれば、あっさりと返された。
「名前は『木場結人』。黙ってればイケメンなのに、口を開けば主人公を含む誰に対しても罵詈雑言。ツンデレレベルはほとんどツン状態で、一瞬だけデレたのを見逃すと、この先も見れなくなる可能性大。尚、リセットしても無意味なランダム式」
何か関係ない上に、不必要な情報まで渡された。
「ゲーム情報は良いから。もう少し分かりやすく」
「はっきり言って、梓乃よりも質が悪く、由依や神原さんみたいなタイプを虐めたりするのが好き」
あ、理解。
「冷静時の由依なら受け流せるかもしれないけど、通常時の由依だと難しいかも。攻略レベルは難しい方に振り分けられていたから」
ゲーム情報を淡々と告げる瑠璃の視線はどこへやら。
「この前も言ったけど、二人の『変革者』としての役割が、どんな風に作用するのかは分からないから、気をつけておいて」
「せめて、由依は守ってあげて」と瑠璃は言う。
「無いとは思うけど、ここまで関わり合いにならなかったんだ。もし、乙女ゲームサイドの攻略対象者たちが、由依に接触したり、興味を持ったりなんてしたらーー」
どうなるかを考えただけでも恐ろしい、と付け加えられる。
「しかも、攻略対象者次第で予想されるシナリオの中には、こちらをひやりとさせるものもある。それはもうーー最悪、度を超せば、男性恐怖症にもさせることの出来るレベルのものもね」
「冗談……じゃないよな」
この事について、瑠璃が冗談を言った回数は少なく、真剣なのか冗談なのかどうかを見抜けないほど、付き合いが短いわけでもない。
けれどもし、冗談抜きでそうなれば、もう俺たちとはーー
「もし、危惧したことが起きたりすれば……もう今まで通りに、みんなで遊んだりは出来なくなるだろうね」
俺の考えを先読みしたかのように言われる。
『梓乃』
学校が違うこともあり、一ヶ月前に久しぶりに会ったにも関わらず、久しぶりであることを感じさせないかのように、由依は俺の名前を呼んできた。
再び話せたきっかけが上郷や神原の件だとはいえ、牧瀬とも直接会う回数も増えてきたのだから、以前と同じように接せられているはずだ。
「梓乃」
「何だ?」
これまでの経緯を簡単に思い出してみていれば、瑠璃に話し掛けられる。
「難しいこと、厄介なことは気にしないでいいよ。それはーー『傍観者』であり、『観測者』である私の仕事だし、私はチームの参謀ですから」
ーーああ、そうだ。
すっかり忘れていた。
「『変革者』であることを気にせずに過ごしなさい。たとえ、どんな影響が有ろうとね。全て、綾瀬瑠璃がどうにかしてあげるから」
「……」
由依たちが居る時に言わないのは、あの二人を不安にさせるからだろうか。
「だから、私たちを今まで通りに纏めてくれれば良いよ。梓乃」
けれど、俺を『リーダー』と呼ぶ瑠璃は、どこか無理しているようにも見えて。
こいつを慰めたり、落ち着かせられるのは牧瀬だけで、何でこの場に居るのがあいつじゃなくて、俺なんだと思ってみたり。
「信じるぞ? その言葉」
「ええ、思う存分信じてください。我らがリーダーよ」
「……」
真面目に聞いたこちらが馬鹿だった。完全にノリで返された。
「おーまーえーはー、人が真剣に話してるときに茶化すんじゃねぇ」
「ひひぁいほぉ。ふぁなふぃてぇ」
イラッとして瑠璃の頬を引っ張ってやれば、痛い、放せと訴えてくる。
だが、こちらもずっとやってるわけにも行かないので、あっさりと放してやれば、一瞬驚いた後、引っ張っていた部分を擦りながら、恨むような目を向けられた。
「くそぉっ! 由依にはやらないくせに、私にはやるのか!」
「いや、由依よりはキャラ的にどう考えても、お前の方が良い反応するだろ」
「酷い。牧瀬にチクってやる」
「何で牧瀬なんだ。あと、似たように返されるのがオチだぞ」
本人も自覚があるのか、むぅ、と納得できなさそうにそっぽを向く。
「それに、由依にやったこともあるぞ?」
「なにぃ!? 由依の頬っぺを引っ張ったのか!」
「いや、どういうタイミングかは忘れたが……お前、結局どっちなんだよ」
先程まで、由依にしないことをズルいとか言っていたくせに、やったことがあると告げてみれば、ぎょっとして「何でやったのー」と悲鳴じみた声を上げている。
「それと、そんなに声を上げてると……」
「綾瀬さん、やっと見つけた!」
どうやらーー俺の忠告は遅かったらしい。




