20:如月由依は、葉月梓乃たちとともに話を聞くⅡ
偶然を装って、お姉ちゃんと上郷君を会わせることには成功した……はずだ。
「お前って、時々こういうことを企むよな」
「企むなんて、失礼なこと言わないでよ」
こっそりと、梓乃とそう話す。
どうやら、梓乃には何となくでバレてはいたらしいが、上郷君の反応を見ると、以前会ったのがお姉ちゃんであることに気付いたのか否か。
お姉ちゃんはお姉ちゃんで、上郷君たちの分の注文を聞いた後、仕事に戻った訳だけど、後でいろいろと突っ込まれそうだ。
「それじゃ、そろそろ本題に移ろうか」
由乃さんに会いに来たわけじゃないでしょ? とでも言いたげな瑠璃の言葉で、みんなの視線が彼女に移る。
「まず、前提条件の一つとして、二人は『ギャルゲー』と『乙女ゲーム』は知ってるかな?」
あ、そこからになるんだ。
「ええ、まあ……」
「それは良かった。知らないなんて言われたら、そこから説明しないといけないのか、と思ってたし」
「……科里さんがいまいちピンと来てないみたいだから説明するけど、『ギャルゲー』は美少女などの女の子たちを相手に、『乙女ゲーム』は主にイケメンな男の子たちを相手に恋愛をしていく恋愛シミュレーションゲーム。これで分かる?」
「わ、分かってるわよっ」
私が説明したからと、呆れた顔をするのだけは止めてほしい。
「こういう説明は、由依にさせた方が早くて助かるわ」
「完全版じゃなくて、得た知識によるものだから、独自解釈含んでますけど」
「それでも、大凡は間違ってないけどな」
梓乃、多分それフォローになってない。
「で、そのゲームがどうしたの」
「前提条件その二。もし、自分たちが生きている世界がシナリオに沿ったゲームの世界だとしたらーーどう思う?」
その問いを聞いたとき、私たちにも問われているような気がした。
「ゲーム転生系、か」
牧瀬君が呟く。
「それを抜きにしたとしても、だ。行動パターンなどのシナリオが決められているってことは、別世界に居るそれを作った奴は『創造主』ってことになるだろ」
「ちょっと待ってよ!? 何であっさり受け入れてるの!?」
「そうよ! この世界がゲームだったら、なんて信じられるわけが無いじゃない! それなのに……」
「だから、前提条件って言ってるんだろうが」
上郷君たちの言い分に、瑠璃が静かに告げる。
「この世界がどんな世界であれ、生まれたなら生きるしかないだろ」
「そりゃそうだ」
梓乃の言葉に、牧瀬君が賛同する。
「で、何でゲームが出てきた?」
「説明すると長くなるけど、しないと納得してくれないでしょ?」
質問を質問で返してきた。
「分かってるなら話してよ」
「なるべく掻い摘めよ?」
そうやって促された瑠璃が話した内容はーー確認することの出来ない私たちにとって、信じられないものだった。
☆★☆
そもそも、『綾瀬家』というのは、特殊な家系だった。
表向きは普通の、やや裕福みたいな家だが、裏では特殊な家系と言った通り、退魔師など誰かに話せば冗談混じりにでも笑われるような仕事をしていた。
そんな綾瀬家の跡取り(候補)である瑠璃に特殊能力である『異能』があると分かったことから、彼女に与えられた仕事は『世界の観測』ーー『傍観者』及び『観測者』となることだった。
ずっと、ずっとーー世界の行く末を見続ける。
それは、『傍観者』たちが死ぬまで続けられる。
幼いながらに、そんな大役を負わされた彼女が出会ったのがーー
「由依たちだった」
役目については口に出来ないとはいえ、瑠璃にとっては落ち着ける瞬間でもあった。
けれど、役目を全うしながら、瑠璃はある事実を知ることになった。
この世界の一部が、決められたシナリオを持つ『ゲーム』であることと、『変革者』の存在。
そして、使われるシナリオの『ゲーム』は『ゲーム』でも、『RPG』などではなく、『ギャルゲー』や『乙女ゲーム』の世界であること。
「その時は、どれだけ登場人物がいると思ってるんだ、って頭を抱えたけどね」
けどそれなら、とその『主人公』となる人物も、世界のどこかに存在しているはずだと考え、皆月叶ーー瑠璃と同じある意味名家の出の彼女と知り合ったことで、瑠璃は『傍観者』としての役割なども知ることとなった。
そして、皆月さんの協力も得て調べてみれば、分かった範囲で(自分たちにも)与えられた期間ーーつまり、『ゲーム』シナリオは最長で一年。
「『一年』?」
「その『一年』に関わっているのが、私たちの学校の方ね。時期としては、四月から三月」
主人公たちの高校受験シーズンにより、『ギャルゲー』と『乙女ゲーム』シナリオの結界が張られ、着実にシナリオが進むこととなった。
「けど、質が悪いことに、自身が主人公であることを自覚しない者と、主人公であることを良いことに好き放題する奴が現れた」
「前者は仕方ないよね。普通は自分が主人公だなんて思わないもん」
「で、その前者の『主人公』とやらが上郷か」
「え!?」
牧瀬君の言葉に、上郷君が驚く。
「でも、幼馴染みである科里さんなら、いきなりライバルが増えたようなものだから分かったんじゃないかな。上郷君の周りに他の子たちが集まってきたから」
「それは……」
言葉を詰まらせる彼女に、瑠璃が告げる。
「大半は結界の影響でしょうね。モテ期が来たとも言い換えられるけど、特に今、好きな子がいないなら、女子との交友関係を広げられるチャンスとでも思っておけばいいよ。期間が過ぎれば結界も自然消滅するし、最初の一ヶ月は影響が残るだろうけど、次第に消えるだろうし」
「つまり、俺はまだ解放されないってことか」
瑠璃の説明に、梓乃が溜め息を吐く。
「そうなるわね。で、上郷君が本来のシナリオと関わらない由依に惚れた理由だけど、『彼』も言っていた通り、理由は由依が『変革者』だから」
「イレギュラー?」
机の上に置いてあったナプキンを取って、瑠璃がカバンから出したペンで『変革者』と書く。
「『変革者』と書いて、『イレギュラー』ね。意図していようがして無かろうが、本来与えられたシナリオを別方向へ誘導など、することができる役割っていうのかな。そういう影響力を持つ存在ってことなんだけど」
一度、そこで切り、瑠璃は飲み物を口にしてから告げる。
「だから、『彼』も最初は悩み、困ったんでしょうね。ギャルゲー主人公同然の友人が惚れた相手が、自分としてはあまり関わらせたくない『変革者』だったんだから」
「そんなこと言われても……」
上郷君が何とも言えない表情になる。
上郷君にしてみれば、ここまでの瑠璃の話は突拍子もなく、遠回しに自分が主人公で、今は自分を中心に動いているのだと、言われているようなものなのだから。
「由依へのストーカー紛いの行動については、どうなんだ?」
「学校内でのみなら、十中八九『彼』の仕業だろうね。どうせ、いろいろと言われて嗾けられたんじゃない? 由依と一緒にいる率が増えれば、由依の方から声を掛けてもらえたり、気を回してもらえるし」
「ま、それぐらいのことなら、異能は使うまでも無いし、使ってもないだろうけどね」と瑠璃は言う。
「とはいえ、神谷君が言っていたことも事実で、影響力の観点から『観測者』は『変革者』の側に居ない方が良かったんだけど、私の場合は完全にタイミングを逃したんだよね」
お陰で面倒な仕事を押し付けられたと、瑠璃がケーキを食べながら言う。
「ねぇ、その『変革者』って、その子だけなの?」
「いや、由依だけじゃなくて、梓乃もそうだよ。こいつの場合は、乙女ゲーム側に作用してるけど」
科里さんの問いに、瑠璃があっさりと答える。
「牧瀬も『変革者』ではあるけど、見てる限りじゃ、二人とは作用するタイミングが違うんじゃないかな」
「進学後とか、就職後とか?」
「多分ね」
その言葉に、私と梓乃、牧瀬君が眉間に皺を寄せる。
「あやふやだな」
「そもそも、『傍観者』や『観測者』は世界の行方を見届けることが与えられた役割だから、予知的なことは一切出来ない。だから、私たち『傍観者』兼『観測者』には誰と誰がくっつくのかも分からない」
期間中のゲームシナリオは好きなだけ見られるけどね、って言う瑠璃だけど、結構大変らしい。
「バイトに『ダンクロ』、『観測者』としての仕事、か。本当に寝る時間、どうしてるんだよ」
「そこは上手くやりくりしてる。不眠不休になると、さすがに私でも無理だからね」
パキン、と瑠璃が加えたクッキーが割れる。
けどさ、瑠璃。瑠璃のことだから、話してないこと、多分まだあるよね?
「瑠璃。とりあえずは、これで全部か?」
牧瀬君が尋ねる。どうやら、三人とも考えていることは一緒だったのか、梓乃も瑠璃に視線だけ向けている。
「そっちに関わることに関しての大半については終わり。あと、全部を話すのは無理だよ。全部話したら、私ここに居られないし。牧瀬とも別れないといけなくなっちゃうからね」
「な……」
「こっちは結構、ギリギリのライン上を歩いている状態だし、最低でも高校を卒業するまでは、踏み外すわけには行かないんだよ」
驚きを露わにした牧瀬君に、瑠璃は小さくそっと息を吐く。
「それならーー由依たちについて話し終わったのなら、こっちについて話せ」
「は?」
梓乃の言葉に、瑠璃が嫌そうな顔をする。
「梓乃。あんた、さっきまでの話、ちゃんと聞いてた? 要するに、由依たちの方で起きていた出来事の乙女ゲーム版が、私たちの学校で起きている。だから、『彼女』は『変革者』である梓乃が、シナリオに存在しているキャラクターーーつまり、攻略対象者だと思い込んでる」
それに、と瑠璃は続ける。
「面倒なことに、あの子はこの世界が現実でありながらも、本当に乙女ゲームの世界だと思ってる。それに、設定上では隠しキャラとはいえ、梓乃と似たようなキャラクターが居るのも事実。だから、間違えたんだろうね」
「……」
瑠璃は似たような、と表現したが、その人が本当に梓乃と似ているのかどうかは、私たちには分からない。
それでもーー
「俺たちは何かした方が良いか?」
「そうだねぇ……」
牧瀬君の言葉に、少し考え込む瑠璃。
「……なら、二学期の始めにある学祭。それに来てくれると有り難いかな」
「学祭?」
「シナリオじゃ、ルートとかそろそろ決めないといけない時期みたいだし、傍観者としても、いろいろと見極めないといけないからね」
「ついでに勘違いも正さないと」って、瑠璃が笑みを浮かべる。
短い期間だったが、こちらのことは終わりに近いとは言え、作戦の件もあるので「分かった」と返しておく。
「良ければ、二人も来てね。日程とかは二人に教えておくから」
「……いいの?」
瑠璃の誘いに、顔を見合わせた上郷君と科里さんが尋ねる。
「話をする前に、口止めも兼ねてるって言ったじゃん」
「口止めじゃなくて、来客者数一位狙いだろ」
「狙って悪いか。来てもらわないよりは、来てもらった方が有り難いでしょうが」
「開き直りやがったぞ。こいつ……」
うわぁ、と言いたげに、梓乃が引くようにして距離を取る。
「同じ高校のせいか、前よりも息が合ってるし」
「まあまあ。高校については今更なんだから、妬かない妬かない」
梓乃と瑠璃のやり取りを見て、機嫌が悪くなった牧瀬君を宥めつつ、そっと息を吐く。
「それにしても、学祭かぁ」
「そういえば、話が出始める時期だな」
去年の場合、クラスの出し物が中々決まらず、決まったかと思えば当日まで準備に追われていた。
「あー、去年の再来にならなきゃ良いけど」
「かなりバタバタしてたもんな」
遠い目をしていたら、隣で苦笑された。
時折、様子を見に来ていた牧瀬君は、去年の状況を知っているからなぁ。
「さて、と。メインとなる話も終わったわけだが、そろそろ解散するか? それとも、このまま六人でどこかに遊びに行くか?」
牧瀬君がそう尋ねるので、時計を見てみれば、時間は午後になろうとしており、それなりに余裕がある。
「何なら、いっそのことトリプルデートでもする?」
……四人が盛大に噎せた。
「大丈夫?」
「……大丈夫」
「つか、由依が噎せるとか珍しいな」
「タイミングが合っちゃっただけ。他意は無いよ」
本当にタイミングが合っちゃっただけだ。
ちなみに、私以外で噎せたのは、牧瀬君と上郷君と科里さんの三人という同高組であるのだが……三人は噎せるほど、何を考えたんだろう?
「一緒に行っても良いのなら、行かしてもらうけど……」
「ただ、トリプルデートっていう言い回しは止めてくれない? 全員、恋人とかじゃないんだし」
私たちにはその予定が無いわけじゃないけど、と科里さんが小声で付け加える。
離れた場所にいる私にまで聞こえたって事は、多分、上郷君にも聞こえてるはずなんだろうけど……
「ん?」
本当に聞こえていなかったのか、振りなのか。分からない。
「それじゃ、どうするのかも決まったことだし、ショッピングモール辺りに行くか」
あそこなら、映画館とか、いろいろあるからね。
そんな梓乃の言葉で立ち上がり、会計を済ませ、店を出る。
上郷君たちとの件については、一先ずこれで終わりと言っても大丈夫だろう。
「由依?」
「どうかした?」
「ううん、今行くよ」
先を歩いていた梓乃と瑠璃に声を掛けられ、面々を追い掛けるように、私は駆け寄っていく。
そんな私たちの問題は、完全に片付いたわけではないけれどーー私たちの元へ、もうすぐ夏が来ようとしていた。
瑠璃たちの話に補足しておくと、この世界では『転移者』や『転生者』も『イレギュラー』に入ります。




