15:上郷光幸が話した事と如月由依が気付いたこと
「如月さんは覚えていないかもしれないけど、僕たちは前に一度会ってるんだよ」
そう前置きして、目の前に居る如月さんに話し始める。
「前に……?」
「うん。その時の僕はまだ小さくて、泣き虫だったんだ」
当時のことを思い出す。
遠くで同年代の子たちが遊ぶ声を聞きながら、僕はかなり隅の方で蹲って泣いていたはずなのに、一人の女の子がかくれんぼか何かをしていたのか、僕と目が合うと驚いたかのように目を見開いた。
「えっと……今、一人?」
首を傾げるその子は、戸惑う僕を余所に、隣に座り込んだ。
「あのさ。少しだけ、ここに居させてくれない? かくれんぼの最中だから」
やっぱり、かくれんぼをしていたらしい。
そして、僕は一対一で身内以外の女の子と話したことがなかったから、ぽつぽつとだけど少しずつ話していった。
「あれ? ケガしてたの?」
「え? あ……」
怪我が原因で泣いていたはずなのに、彼女と話していて忘れていた。
「いつからこのままなの?」
「あ、いつからだろう……」
あれから、どれぐらい経ったのか分からないから、何とも言えない。
「ダメじゃん。ばい菌が入ったら、どうするの!? せめて、水で洗い流すぐらいはしないと」
「でも、染みるだろうし……」
「男の子なら、染みる一瞬ぐらい、我慢してみなよ」
やんわりと拒否しても、どうやら逃がしてもらえないらしい。
「もう、しょうがないなぁ」
僕が渋っていたからか、ポケットからハンカチを取り出すと、怪我した場所に巻いてきた。
「汚れちゃうよ」
「巻いた後に言わないでよ。それとも、これ以上、ばい菌を傷口に入れたいの?」
「う……」
ハンカチの柄がやっぱりというか、女の子っぽいのが気になるけど、「気になるなら、早く家へ帰ること」と言われてしまった。
「ハンカチは、また次会ったときに返してくれればいいから」
そう言って、彼女はさっさとその場から去っていった。
結局、家に帰って、母さんに事情を説明しながらも、あの子の名前を聞いてないことを思い出すのだが、あれ以降、会うことは無かった。
中学生になってからも、会ったら返さないといけないハンカチを持ったり持たなかったりしながらも、彼女を探すことだけは止めなかった。
そして、高校の入学式。
「居た」
やっと見つけた。
「誰か居たの?」
隣から幼馴染みが声を掛けてる来るが、僕はそれ所じゃなかった。
見つけた彼女は、隣に居た奴ーー(今なら誰なのか分かるが)結月であるーーと何か話していた。
「ーーそれからずっと、何とか会えないかと思いながら、出来る限りの情報を集めたんだ」
名前とクラスを知ることから始めたわけだけど、その時の幼馴染みの不服そうな顔は見て見ぬ振りをした。
「そして、そうこうしている間に二年生になって、同じクラスになって、今に至るわけ」
正直、いつから恋愛感情に変わっていたのかは分からないけど、告白して振られたのも事実で。
それでも今、彼女から話しかけてくれたのは、僕が諦めずに話し掛けたからだろう。
「でも、それを聞くためだけに、今まで残ってたの?」
「んー……先生からの頼み事があったっていうのもあるけど、上郷君、何だか諦めてないみたいだし、きっかけぐらい、一度聞いておかないとと思って」
「そっか」
でも、こうして邪魔されることなく話せているって事は、これは諦めなかった結果、なのかな。
「彼氏さんは元気?」
「あー……」
何故か目を逸らされた。
「……何かあったの?」
「いや、無いよ。うん」
「なら、良いけど……」
苦笑いしているのが気にはなるけど、彼女が大丈夫だと言うのなら大丈夫なのだろう。
☆★☆
「……」
現在進行形で嬉しそうに話してくる上郷君の(過去)話を聞いて私が思ったのは、牧瀬君が言った「彼氏がいる」という嘘から来る妙な後ろめたさと「多分、それ私じゃない」というものだった。
さて、後者に関してだが、私には「由乃」っていう姉が居り、大人たちには似ているように見えていたのか、小さい時はよく間違えられていた。
ある日ーーというか、数年前のとある日。お姉ちゃんが珍しくハンカチを誰かに貸したと言っていた。
「多分、由依と同い年じゃないかなぁ。ケガしていたから、思わず持っていたハンカチ貸しちゃった」
お姉ちゃんは頭が良くて、優しい。
だから、怪我をしていた彼を、無視は出来ずに手を差し伸べたのだろう。
けれど、それを今、彼に言っても良いのだろうか? だって、上郷君は今まで自分を助けたのがお姉ちゃんではなく、私だと思っているのだから。
「上郷君」
「何かな?」
お姉ちゃんと会わせれば、彼は自分の勘違いに気付くだろうか。
「君に、会ってほしい人がいるんだけど」
「会ってほしい人?」
不思議そうに首を傾げられる。
「そう。まあ、今すぐに、っていうのは無理だけど、日程が決まったら教えるから」
「そっか。分かったよ。待ってるから」
「ん」
そう話し合って、時間が時間な為、帰るために置いてあった荷物を取ろうとすればーー
「お前が抱いた想いは、その程度か? 上郷」
「神谷?」
「神谷君……?」
いつからそこに居たのか、上郷君がよく一緒に居る友人の、制服ではなく黒装束を身に纏っていた神谷君が意味深に問い掛けてくる。
「お前が如月を好きだって言うから協力してやっていたのに、その程度の会話で満足なのか?」
「いやいやいや。何言ってるんだよ。つかお前、何かキャラ違くないか?」
「お前こそ、何言ってるんだよ。俺は最初からお前の味方だっただろ? 上郷」
……何だろう。私の知る神谷君じゃないみたいだから、何だか怖い。
「味方って……確かにお前は友人だが、如月さんを怖がらせるなよ。今のお前、本気で怖いぞ」
「友人。友人なぁ……」
くっくっと笑みを浮かべていた神谷君の表情が、次第に消えていく。
「別にハーレム状態のお前が羨ましいわけじゃない。誰にだってモテ期はあるし、お前は『如月由依』という存在に好意を持った」
「それは……」
「違う!」
あ、思わず『違う』って言っちゃった。
「如月さん?」
「あ、いや……」
まだ確定事項じゃないのに、やってしまった。
「なぁ、如月よ」
「何かな」
「お前は上郷に『よく知りもしないで付き合うわけにはいかない』って言ったみたいだが、知っていたら付き合っていたのか?」
「さあ、どうだろう? でも、それは一つの可能性の話だよ。私は思ったことを言ったまでだし」
せっかく伝えてくれた彼の『想い』を、私はあっさりと振ることはできない。
だからこそ、私はあの様な『回答』をした。
「まあ、如月はそういう奴だよな。あの『傍観者』の仲間なだけある」
「『傍観者』……?」
神谷君は何を言っているのだろうか。
そして、どうやら友人である上郷君にも、彼の言いたいことは分からないらしい。
「全く、『イレギュラー』の介入で、シナリオその物が役立たずになるし……やっぱり、『イレギュラー』は不用意に加えるべきではないよな」
「ーーッツ!?」
ああ、マズい。もの凄く嫌な予感がする。
「そうは思わないか? 『如月由依』」
彼はーー神谷君は、私の方に目を向けながら、そう言った。




