1:如月由依の相談
「好きです、付き合ってください」
日が傾き始める時間。
誰もいない教室で、私はそう告げられた。
相手は校内一の有名人。
「私はーー」
グラウンドなどを使っているであろう運動部(所属の人たち)の声や吹奏楽部の音楽が聞こえてくる。
「君の気持ちに答えることはできません。ごめんなさい」
勇気を出してくれたのかどうかは分からないが、相手が想っているのに、こちらが何とも想ってないというのは、どうなのか。
私のことだから、罪悪感が湧かないわけがない。
「待っーー」
私はそのまま、彼の制止を聞かずに、その場を後にした。
冷たいと思われても構わない。
だって、私は彼を振ったのだからーー
☆★☆
「あ」
「あ」
それは偶然だった。
「今、帰り?」
「ああ。そっちもか?」
「うん」
ちょうど帰ってきたタイミングが一緒だったためか、こうやって話すのも懐かしく思えてしまう。
「何か、元気そうだな」
「そっちこそ」
さて、どうしよう。
……というか、もう迷ってる暇なんて無いのだろうけど。
「あの、さ。少し、相談したいことがあるんだけど」
「電話じゃ……駄目そうだな」
思わず、「あ、聞いてくれるんだ」と思ってしまう。
お互いに会わなくなってから、まともに話すことが減ったとはいえ、表情から判断できている辺り、まだ幼馴染みとしての名残ーー繋がりはあるらしい。
そのことに少し、嬉しく思ってしまった。
葉月梓乃。
それが、彼の名前であり、私の幼馴染みである。
「場所は……とりあえず、俺の部屋でいいか?」
「え、あ、うん……」
梓乃の部屋に行くのも、久し振りである。
「あら、誰を連れてきたかと思えば、由依ちゃんだったのね」
「あ、お邪魔します」
「気にしなくて良いのよ」
葉月家の玄関で靴を揃えていれば、私が来たことに気づいた小母さんがそう話しかけてきた。
「来ないのか?」
「あ、今行くよ」
それでは、と小母さんに頭を下げて、先に階段を上がっていた梓乃の後を追い掛ける。
「梓乃ー、後で取りに来なさいよー」
「分かってるよ」
そんなやり取りを聞いて、思わず笑ってしまう。
「何だよ」
「さっきのやり取り、久々に聞いた気がして」
梓乃は何も返さなかったけど、「あ」と何か思い出したのか、「少し、ここで待っててくれ」と言われて、少しだけドアの前で待つことになった。
待ってる間、中から凄い音がした気もするが。
「悪い、待たせたな」
「大丈夫だけど……途中、凄い音してたよね」
「やっぱり、聞こえてたか」
そう話しながら、部屋へと入る。やはり、高校生にもなったからか、少しばかり部屋の中も変わるらしい(私も人のことは言えないが)。
「で、単刀直入に聞くけど、相談したいことって、何だ?」
「その前に、確認したいんだけど、梓乃はさ。彼女とか、居たりする……?」
さすがに、内容が内容なだけに、彼女持ちに相談できるような内容ではないから、居ると返されると他を当たるしかないのだけど。
「居るように見えるか? この俺に」
「いや、意外と目立つタイプだから、もしかしたらと」
そう言って誤魔化すが、中学の卒業アルバムの『高校生になったら、彼女出来そうな奴ランキング』なんてものに、名前があったぐらいだからなぁ(というか、『彼女出来そうな奴』って何だよ)。
「『意外と』って、どういう意味だ。『意外と』って。……まぁ、お前の言い分には他にも突っ込んでやりたいところだが……」
梓乃が徐に立ち上がると、ドアを思いっきり開ける。
「逃げては……無いか。とりあえず、一回下に行ってくるから」
「あ、うん」
梓乃が、後で取りに来るように言われていたのは、私も聞いていたから、部屋を出ていく彼を見送る。
それにしても、ドアを思いっきり開けたのを見ると、小母さんに立ち聞きされてると思ったんだなぁ。
『好きです、付き合ってください』
「……」
今のうちに、言うべきことを纏めようと、今までの経緯を思い出してみるが、どこをどうすればああなるのか、分からない。
「……やっぱり、分からない……」
「何が分からないんだ?」
「っ、びっくりしたぁ」
戻ってきたことに気づかなかった。
そんな私の反応を特に責めることもなく、梓乃が対面に座る。
「で、さっきの呟きと相談がどう関係するんだ?」
どうやら、何か関係してることまで、お見通しらしい。
「その……」
私たちの間にある机の上に置かれた、梓乃が持ってきたお菓子と飲み物を見つつ、話を再開させる。
「うちの学校にね。注目を集めるっていうか、まあ、どちらかといえばの範囲でね、イケメンの男子が居るんだけど」
「何だ。自慢か」
「違うよ。その男子がさ。何を思ったのか、私に告白してきた」
「やっぱり、自慢か。しかも、イケメンとは」
「だから、違うって。どちらかといえばの範囲だって、言ったじゃん」
親友の牧瀬君からも話は聞いてるはずなのだが。
ちなみに、私と梓乃は通っている高校が違う。
私の親友、綾瀬瑠璃と梓乃の親友、結月牧瀬君は恋人同士なのだが、どういうわけか、私と牧瀬君、梓乃と瑠璃の組み合わせで高校が同じなのだ。
そして、それが発覚したときに、「由依に変な虫付けないようにしといてよ。こっちは、梓乃の奴に虫が付かないようにしとくから」と瑠璃が牧瀬君に、私たちが居る目の前で言っていたから、今でもよく覚えている。
だけどね、瑠璃さん。貴女の心配するべき所はそこじゃないと思うのは、私の気のせいかな。
閑話休題。
「分かりやすく言うけどさ。梓乃は、美人の隣に、片思いだろうが両思いだろうが、並ぼうと思う?」
「思わないな。思いの度合いとその人の影響次第だが、遠慮するだろうな」
「つまり、そういうことなんだよ。それに、彼ってタイプじゃないんだよ……」
学校中の女子たちを敵に回してまで、あんなにキラキラした人の隣を歩く勇気が私には無い。
「お前に好きなタイプがあったことについては驚きだが、好きになったら、タイプなんか関係ないだろ」
「それは、そうなんだけど……」
「で、肝心の返事はどうした」
「……断った。好きでもないのに、付き合うとか出来ないし」
でも、問題はそこからだった。
「何でだろうね。「如月さんに、僕のことを知ってほしいから」って、一緒に居る時間が増えたんだよ? 牧瀬君と話してるときも割って入ってくるし、お陰で女子たちには睨まれるし……」
だから、同じ中学出身者からは「頑張れ」って言いたげな目をされるんだよね。牧瀬君には、同情的な視線が多いけど。
「あー、あれはそういうことだったのか」
やっぱり、連絡はあったんだ。
「だからさ、梓乃にアイディアぐらい貰おうかと。そのアイディアでも駄目なら、彼の前で恋人の振りでもしてもらおうかと」
だが、『恋人の振り』は最終手段だと思っているんだけど。
「そう、あっさり言うけどな。つか、もう恋人の振りそのままで良いじゃねーか」
「それだと、最後まで梓乃に迷惑が掛かるじゃん」
相談したのも、『恋人の振り』という最終手段を言ったのも私だけど、やっぱり梓乃を完全に巻き込むわけには行かない。
「でも、お前は困ってるんだろ? だったら、牧瀬と瑠璃も巻き込んで、作戦会議するぞ」
「え、あの二人も巻き込むの?」
「この四人でなら、何とかなる。違うか?」
一緒に居るようになってから、四人でなら、大体のことは解決できた。
「そう、だね」
「だったら、次の休みに集まるぞ」
「うん」
そして、瑠璃と牧瀬君に『次の休みに、話したいことがある』とメールを送れば、すぐに『了解』や『OK』と返ってくる。
「休みまでは牧瀬と二人で、何とか頑張れよ」
「うん、頑張るよ」
そう話して、葉月家を出る。
みんな協力してくれる。
だからーーきっと、大丈夫。