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悪魔と天使のモノローグ  作者: 無名凡才
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六十七話 成長

 

 六年前の記憶。血も繋がらない、どころではない。あたしが思い出すあの人は種族すら違うのに、あたしとお姉ちゃんに変わらぬ愛を与えてくれた――。


 憧れの『英雄』


 あたしの鍛練はまず、心の奥に刻まれている『英雄』を思い出すことから始まる。

 英雄の名はシュウ。あたしの――お兄ちゃん。

 あたしはお兄ちゃんが戦っている姿を思い出しながら、森の奥深くでタイガ相手に決闘をする。

 あたしの相手は、いつだってタイガしかいない。だってもう、エルバ村の人たちじゃ相手にならないんだもん。

 あたしは強くなりたくて、記憶に刻まれたお兄ちゃんを追いかけ続けた。そうしたら決闘であたしに敵う人は、エルバ村にはいなくなってしまった。

「ホーディもあんまり相手してくれないしなー……」

 ため息をついたあたしの隙を、タイガは見逃さず襲ってくる。


 正直、タイガにも飽き飽きしている。


「遅いっていってるでしょ!!」

 タイガが前肢で殴る前に、あたしは三回の攻撃を仕掛ける。

 地面を蹴って避けるための、左足以外の全部を使って。

 ドドドンって感じで、頭と肩とお腹辺りを避けながら攻撃した。

 でも、タイガには効かない。頑丈な筋肉と森みたいな毛皮があたしの打撃を防いでしまう。だからあたしとタイガの決闘はいつも決着が着かない。

 あたしにタイガの攻撃は当たらないし。タイガにあたしの攻撃は効かない。

 毎日引き分けの繰り返し、あたしはつまらないと思ってしまう。

 でもここにお兄ちゃんがいたなら……。

 毎日同じ筋とれを繰り返していたお兄ちゃんを思うと。つまらない何て絶対言えない。 

 あたしの心に刻まれたお兄ちゃんは、タイガと同じ森獣(しんじゅう)をやっつけている。

 首を(ひね)ってやっつけてたけど、あたしじゃタイガの前肢だって捻れない。

 あたしはまだまだ、あの背中に届いていない。

 そう思うとつまらないことでも、もう一度やらなくちゃと、何度だってやり直せる。


 


「はぁー、疲れたねタイガ」

「ヴォフ」

 真っ赤に染まった林道を、タイガと並びながら歩いて思う。

 綺麗に咲いた花たちはあたしの悩みとは一番遠い。

 タイガの思いがいつも見えないのは、ちょっとだけ不便だなって思った。


 あたしはもう、他人(ひと)の心が見れない。


 タイガとか赤飛(せきと)の声は時々分かることもあるけど、人となると全然だめ。色もなにももう分からない

 あたしとしては嬉しいけど、お姉ちゃんとじっちゃ……アルテ様は残念がっていた。

 人の心が分かったって、良いことなんてなにもないのに……。

 二人とも分かってない。

「あっ。……どうしようタイガ」

 考えながら歩いていたせいだ。

 あたしとタイガは、かなり早く帰ってきてしまった。

 お兄ちゃんとの思いでが詰まった、あたしの家に。

「失敗したなぁ……」


 家にはもちろんお姉ちゃんがいる。あの儀式をしているであろうお姉ちゃんが……。

 

 あたしが大きくなったように、お姉ちゃんも大きく……てっいうか大人になった。

 妹のあたしがいうのもなんだけど、お姉ちゃんはあたしが知る人のなかで一番綺麗。

 ベラよりも誰よりも、物語に出てくるお姫様なんかよりも絶対に綺麗だ。


 でも、――変わってる。


 あたししか知らないことだけど、お姉ちゃんは変。

 家に一人でいると可笑(おか)しなことをしている。今だってきっと可笑しなことをしているに決まっている。

「……邪魔したら悪いよね。よし!」

 そう言ってタイガと別れたあと、あたしは玄関の戸口を開ける。お姉ちゃんの儀式の邪魔をしないよう、音を立てずにゆっくりと。

 小声で「ただいま」と言い、怒られないようにしてお姉ちゃんを覗きに行く。

 あたしの予想通りなら、お姉ちゃんは自分の部屋にいない。

 お兄ちゃんの部屋にいる。

 物音を立てないよう気配を消しながら廊下を歩き、お兄ちゃんの部屋の前で聞き耳を立てる。

「……シュウさん……もう我慢出来ないよぉ……」


 うん。居る。 


 ちゅぴと人差し指を口で濡らし、その指で障子の紙を突く。突いた穴からお姉ちゃんを見て、やっぱりと落胆した。


 お姉ちゃんのだめな姿に。


 お姉ちゃんはいつも一人になるとこっそり。

 ――お兄ちゃんの匂いを嗅ぐ。

 お兄ちゃんが使っていた布団の上で、お兄ちゃんが着ていたぼろぼろの服を抱き締め、匂いを嗅いで泣いたり笑ったりする。

 普段はあたしを子ども扱いするくせに、今のお姉ちゃんは誰よりも子どもに見える。

 ……まあ、族長のお姉ちゃんが大変なのは分かるから許してあげるけど……。 

「……シュウさん。会いたいよぉ」

 ……あたしはお姉ちゃんの気持ちが分からない。お姉ちゃんの気持ちは間違いなく、お兄ちゃんを一人の男性として(おも)っているから。

 あたしは違う。

 会いたいし帰ってきてほしい。愛してるかと聞かれれば即答でうん! と言える。

 けどそれは家族としてだ。

 お兄ちゃんは人族だもん。今日帰ってきたとしたってお兄ちゃんはもう三十六歳。シャイタンに行くから分かる、人族の三十六歳は老けてる。

 悪いけどあたしは男性としては好きになれない。お兄ちゃん、またはお義兄ちゃんとしてしかみていない。

 お義兄ちゃんか……。

 お姉ちゃんとお兄ちゃんが結婚した姿を想像していたら、お兄ちゃんの想いを思い出した。

 あたしはお兄ちゃんを信じている。必ず帰ってくることは分かる。

 でも、それだけなんだ。

 お兄ちゃんはたぶん、結婚するとなると相手があんなに美人なお姉ちゃんだろうと断る。

 

 これじゃあお姉ちゃんの未来が危ない。 


 障子の穴から覗くのをやめて、思いっきり障子を開けた。

「お姉ちゃん大変!!」

「……フィッ! フィオ!! どうしたの急に! っていうかいつ帰って来てたの!」

 お姉ちゃんは大慌てで、お兄ちゃんの服を自分の服の中に隠した。

 そのせいでお姉ちゃんの服は乱れ、淫らな感じになっている。

 ……姉妹なのに……この差はなんだろう。

 あたしは思い出したことを忘れかけ、お姉ちゃんの胸を見ていた。

 …………そうじゃない。

 ほっぺたに気合いをいれ、忘れかけそうになった伝えるべきことを言う。

「あたしのことはいいから! お姉ちゃん、あたし大変なことを思い出しちゃった!」

「大変なこと?」

 首を(かし)げ、翼を(たた)むお姉ちゃん。

 胸もそうだけど、翼もすごく大きい。

 お姉ちゃんとお揃いで白い翼の分、あたしはよく比べられる。平均的なあたしと違い、飛べそうなくらい大きい。

 そうやって胸と翼を見比べ、また少し言葉が詰まってしまう。

「…………うん、大変なこと。お兄ちゃんのことだからよく聞いてね」

「シュウさんのこと!?」

 お兄ちゃんのこととなると、お姉ちゃんは眼の色が変わる。

「うん、お兄ちゃんのこと……。でも話を始める前に、お姉ちゃんがお兄ちゃんとどうなりたいのかを聞かせてよ」

「えっ、えっ? えっ!?」

 気づいていないとでも思っていたのだろうか?

 お姉ちゃんがお兄ちゃんを待っているなんてことは、村中の誰もが知っている。

 もちろん。愛してるということも!

 でもそれは想像しただけ。誰もお姉ちゃんの口から、お兄ちゃんとどうなりたいのかを聞いたわけじゃない。

 だから確認をする。

「ほら、早く言って!」

 十八歳になって誰よりも綺麗になったお姉ちゃんは、妹のあたしでさえ惚れてしまいそうなくらい、恥ずかしそうにお兄ちゃんのために伸ばし続けた長い髪の毛をいじりながら。


「……結婚……したいよ……」


 と言った。

 ……ずるい。

 すごく色っぽい。

 姉妹なのにこの差はなんなんだろう。

「う、うん! お姉ちゃんの気持ちも分かったし、大事なことを言うね」

 お姉ちゃんは顔を真っ赤にしながら真剣な表情で耳をかたむけてくる。

 お姉ちゃんでも知らない、お兄ちゃんが想っていたことを聞くために。

「お兄ちゃんはね……、結婚を望まないんだよ」

「……何それ? 何を言ってるのフィオ? 根拠は何!?」

「もちろんお兄ちゃんの心を見たからだよ。お兄ちゃんってもてもてだったよね? なのにお兄ちゃんは女の人を避けてたよね? その時お兄ちゃんが想ってたことを、あたしは思い出したんだよ」

「避けて……」

 お姉ちゃんはすごい力であたしの肩を掴んできた。

「詳しく教えなさい!!」

 必死になったお姉ちゃんは、怖かった。



「……シュウさんはそんなことを考えてたのね」

「うん。お兄ちゃんは自分の子どもを望まないから、女の人を避けてたんだよ」

「でもどうしてなんだろうね?」

 お姉ちゃんの疑問は当然だけど、あたしは答えられなかった。

 あたしに対して簡単に心を見せたお兄ちゃんでも、見せない部分はあったから……。

「分かんない。でもこれで分かったでしょ?」

「……何が?」

 お兄ちゃんのこととなると、この人はぽんこつになる。

 いつもはマスケラ先生に褒められるくらい、頭がいいのに……。

「もう! つまりお兄ちゃんは、お姉ちゃんとの結婚も考えてないってことでしょ!!」

 言った途端お姉ちゃんは、凍ったように動かなくなった。

 表情もなにもかも微動だにしないけど、瞳からは大粒の涙がこぼれていた。

「やだ」

「…………お姉ちゃん?」


「そんなのやだぁ!!」


 族長を勤めアルテ様からも信頼されていて村からも街からも評判のお姉ちゃんは、幼い子どものように泣いてしまった。

「落ち着いてお姉ちゃん。方法ならあるでしょ?」

「……方法って?」

 涙を両手でこすりながら、お姉ちゃんは尋ねてきた。

 

「襲えばいいんだよ」

 

「……襲う?」

 なんでかは分からないけど、お姉ちゃんは真っ赤になって怒ってきた。

「な、な、な、な、なんてことを言うの!!」

「なんで! いい方法でしょ!? 襲うしか無いよ!!」

 お兄ちゃんなら、勝負を挑まれて断るようなことはしない。

 その上で約束すればいいんだ。お姉ちゃんが勝ったら、結婚してくださいって。

 真っ赤な顔でお姉ちゃんは、しばらく考え込み。

「……フィオがそこまで言うなら……私も頑張る! でも一応ベラさんに相談してみるね……」

 と言い残し、ふらふらと外出してしまった。

 あたしは改めてお姉ちゃんの怖さを知った。

 マスケラ先生の言う通り、お姉ちゃんは策士だ。あたしはお姉ちゃんとあたしで、十お兄ちゃんに勝てると思っていた。なのにお姉ちゃんは、ベラさんも加えて三人でお兄ちゃんと戦うつもりだ!

 

 あたしはエルバ村で一番強い。でもそれは、魔法を使わない決闘での話だ。

 もし魔法も使って全力で戦うんなら、あたしはお姉ちゃんにだけは絶対勝てない!

 あたしは一人、お兄ちゃんの部屋で笑う。無敵のお兄ちゃんと、最強のお姉ちゃんが戦うんだもん。

 

 あたしはお兄ちゃんの帰りが、楽しみでしかたない。 

   

 

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