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悪魔と天使のモノローグ  作者: 無名凡才
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六十六話 命令


 炎に包まれたら……。

 あの一件以来、何度も想定した。

 だが実際……。

 

 想定以上。想定を下回ることは、絶対に無い。


 熱痛苦の三文字。

 この三文字が脳内を制圧してしまった。

 酸素は燃やされ吸えやしない。

 耳だってそうだ。音は空気の振動。炎が邪魔で音も拾えない。

 困るのは視界。炎に埋め尽くされ、太陽を直視したように何も見えない。 

 ……もしあの時、一度燃やされていなければ……。

 ……もし事前に、焼け野はらの情報がなければ……。


 行動すらままならなかった。

 

 決めていた。

 決意していた。

 燃やされたらどう動くか、身体の細胞に刻んでいた。

 アーツに腕を燃やされた、あの日からずっと。

 エルバさんの話を聞いた、あの時からこうと。


 身体にずっと、命じていた。 


 熱いし痛いし苦しい。

 それでも身体は疾走する。

 見えも聞こえもしない、閉ざされた世界で、直前の記憶だけを便りに……。




 ……水、だと思う。

 皮膚の感覚は鈍く。炎が消えたということしか分からない。

 熱さだけは取り除かれたが、中途半端に呼吸が出来る分、痛みと苦しみは倍増している。

「あり得ないあり得ないあり得ないあり得ないあり得ないあり得ないあり得ない!!」

 空気の振動が伝わり、耳は彼女の声を拾う。

「何なの!? 何なのよ貴方は!?」

「……ぁッ!」

 痛覚しかないかのような身体。その身体を蹴られ転がされ、仰向けに寝かせられる。

 片眼から(わず)かに見える視界には、歯を食い縛りながら顔を歪め、とどめを刺そうとするずぶ濡れのレナが映った。


 誓約がなければ殺されていた。

 

 レナの口元には何度も魔法光が(とも)っては消える。

 殺せないという事実が余計にレナを苛立たせる。妖艶な美しさは欠片も残さず消え失せ、その顔は般若の面のように変わっていた。

「……何よ。何なのよその眼は!! そんな死にかけの身体の貴方が何を考えてるのよ!?」


 可哀想。


 真実俺は、彼女に対しそう思っていた。

巫山戯(ふざけ)んじゃないわよ!!」 

 怒り狂ったレナは能力の制御をミスった。俺の思考がレナに流れるように、レナの思考もまた、俺に流れ込んできた。 


 俺は、レナの過去を知った。

 

 可哀想と思うのは、彼女の過去を知ってしまったから。

「憐れみなんて、人族ごときが抱いてんじゃないわよ!!」

「!!!」

 レナのハイヒールのような靴が、手の平を貫通する。 

 酷い女だ。でもそれも全て、彼女が優しすぎたから起こったこと……。


 俺はもう、レナを憎めない。

 

「貴方何なの、何でそんなことを思えるのよ! 貴方は狂ってる! 私より遥かに狂ってるわ!! 何よ――助けたいって……。貴方一体、何なのよ……」


 レナは俺に覆い被さり、首を絞めようとしてきた。たぶん、無駄だということを知りながら。

 その証拠にレナの手は、パントマイムでもするように、俺の首の手前で止まり何もない空中を握り締めるだけだった。

 般若の面もいつのまにか無くなり、素顔に戻った彼女はポロポロと涙を落とす。

「……殺す。私の事を知った貴方は、生かしておけない……」

 ……レナは反則の固まりだ。彼女の泣き顔はあまりにもフィオに似ているし、叶わぬ夢を追う少女のようだから……。

 だからつい、彼女の頬に手を伸ばし、その涙を(ぬぐ)ってしまった。

「……いい加減になさい」

 脳内で何かが熔けた、ような気がした。

「これでもう貴方の声は聞こえない。……私ったら何を熱くなっていたのかしら。貴方なんて放っておけばいいんだわ。それだけ火傷なのだから、死ぬに決まってるのにね……」

 そう言いながらも、レナの表情は優れない。

「さようならシュウ。少しでも早く死になさい」

 その言葉を最後に、レナは漆黒の翼を羽ばたかせ空へと消えていった。

 

 レナの姿を見失った頃、彼女たちが駆けつけてきた。

「シュウ様~!!」

「生きてるかいシュウ!?」

 返事が出来ない俺は、手を動かして二人に位置を知らせ、ゆっくりと眼を閉じた。

「ナスターシャ様! ど、どうしましょ~う」

「落ち着きなさいレイ! 繰り返し法術を掛けていきなさい。一度では治らないかも知れ……」

 二人の手際に安心した俺は、意識を手放し夢を見た。



 今日の生死の明暗を分けた、あの日を。

 二週間くらい前のあの日。天気が良かったからなんとなく、マスケラ邸の庭を散歩していた時だった。

「あっいた! なぁシュウ? あたしたちの連携力が高まることを何でもいいから教えろよ」

 ローマリアことローが、珍しく一人でやって来て急なお願いをしてきた。

「……俺は構わないんだけどさ。そんな口調で他人に接してたら、マリアさんに怒られるんじゃないのか?」

「シュウにしか言わないから大丈夫だ!」

 えっへんといった感じで、何故か胸を張っていた。

「ふーん……。じゃあ他人様(よそさま)向けの口調を披露(ひろう)してくれ。そしたら教えてやる」

「そんなんでいいのか! 約束だからなシュウ!」

 ……嫌がると思っていたが、何ともなかったローはスカートの両端を摘まみ、お辞儀をしながら演技をスタートした。

「……ではシュウ様。このローマリアにお知恵をお授けください」

 誰だこのメイド? そう思うほどの変わりようだった。約束通りローには、連携力を高めるための、軍隊式ハンドサインを教えた。


 レナに立ち塞がったあの時、レイマリアなら分かると信じて送ったハンドサイン。

 今回はサンマリアのお(かげ)で、俺は一命を取り止められた。

  

 世の中何が役に立つか、分かったもんじゃない。

 

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