六十四話 機嫌
俺が彼女の前に立ち塞がったことで、レナの顔からは笑みが消えた。
「……ふーん。坊や、私に楯突くつもり?」
「そのつもりは無い。俺はあの子を守りたいだけだ。あんたとは戦いたく無い。……あんたは、娘に似てるから」
「………………娘?」
今にも襲ってきそうだったレナは、俺の返答に目を丸くし、やがて声をだし笑い始めた。
隙だらけだが、攻めたりはしなかった。
「はーー……。やっぱり面白いわね貴方。いいわ、許してあげる。その代わり詳しく聞かせなさい。貴方の娘と、貴方自身のことを」
争わないで済むなら逆らう理由はない。レイマリアとナスターシャの無事を祈りながら、俺はレナの提案に頷いた。
「んー。長くなりそうだし、腰掛けたいわ。……あの辺りがいいわね」
レナの視線の先には、大きな岩があった。
「付いてらっしゃい」
そう言ったレナの口元には既に、魔法光が集まっていた。
「なっ!?」
集中しなければ聞こえないか細い声と、とんでもない早口で、レナは詠唱を終えた。
途端に彼女の翼を舞い上げるよう、突風が吹いた。
突風を利用してレナは一気に空中へ舞い上がり、目的地である岩の上へと降り立った。
何度か方向転換のため空中でも詠唱していたが、どれも光ってはすぐに消えていた。
詠唱時間は、およそ三秒。
もしレナを止めるなら、三秒以内に口を封じなければならない。
「何をしているの? 早くなさい」
驚きで立ち止まった俺に対し、レナは急かす。
また機嫌を損なわれてはいけないと、小走りでレナの元へ向かった。
「まったく。飛んだ程度で驚くなんて、貴方だって飛んだのよ?」
「……飛んだ?」
レナが待つ岩に着くやいなや、彼女は脚を組みながら、とんでもないことを言い出した。
「本当に覚えてないのね。海洋の真ん中に居た貴方を助けたのは私なのよ」
……悪い冗談だ。一度は考えたことだが、目の前のレナはどう考えても、人助けをするようには見えなかった。
「あんたが、なんで俺を?」
「匂いよ」
「匂い?」
「貴方からは確かに、翼人の匂いがしたんだもの。人間である貴方からね。翼人の上に立つ天人としては、見過ごせないでしょう?」
胸が締め付けられた。
俺を直接助けたのはレナだが、助けられる元になったのは。
愛しい二人のお蔭だった。
「……ありがとう」
「……礼はいいから、さっさと説明をなさい。貴方と娘の、確か……フィオだったかしら?」
「なんで知ってるんだ!?」
レナは小さく笑う。
「貴方って分かりやすいわ。貴方ずっとうわ言で繰り返していたのよ? 私に抱かれていた間もずっとね。途中で動きだして揉んできたから、振り落としてしまったのよ?」
「……揉む?」
どうやってレナが俺を運んだのか想像し、何を揉んだか分かった時、体温はピークに達した。
「私の胸を見つめて、何を想像してるのかしら?」
「違う! やましいことは何も!」
慌ててレナに目線を合わせ、罠に嵌まった。
「これでいいわ」
魔法光のような青白い光が、レナの金色の瞳から俺の眼に入ってきた。
俺と座敷牢で、脳内で文字を交わしたフィオのように。
「ごめんなさいね。私、嘘が嫌いなの。これで貴方はもう丸裸よ。準備も整ったことだし、始めましょう」
やはりそうだ。フィオと一緒の能力をレナは持っている。
「フィオが、私と同じ?」
「ほんとに一緒なんだな……。そうだよ。フィオはあんたと同じように、俺の頭ん中が読める」
もう、こんな会話は出来ないと思っていた。
「何よそれ? それじゃあその子が、フィオが死んだみたいな言い草じゃないの?」
「そうだ。フィオは、死んだ。俺の大切な娘は! 殺されたんだ!」
熱くなる俺を見たレナは、高速で魔法を唱え冷ましてくれた。
本当に冷えるよう、水をぶっかけて。
「……貴方馬鹿なの? 隠そうともしないで、次々と過去を見せるなんて」
レナは少しだけ苦しそうに、頭に手を添えていた。
「ふぅ……。貴方とフィオのことは分かったわ。次は貴方の番。貴方何者なの? 人族のくせに、貴方のフィオに対する愛情は本物、いいえ。それ以上だわ。貴方は異常よ、他人を、しかも他種族の人間を自分より大切にするなんて……。貴方のこと、全て教えなさい」
人間、考えないようにしたほうが、余計に考えてしまうものだ。
「貴方……。訳がわからないわ」
しばらく黙りこんだレナは、開口一番にそう告げてきた。
「異世界から来たというのはまだしも、二重人格? なによそれ? 全く理解出来ない」
かなりことを知られてしまったようだ。
「だからこそ、貴方はとても興味深いわ」
レナは岩から飛び降り、俺の前に立つ。
俺の前に立ったレナは、艶やかな手を優雅に差し出し、こう告げた。
「シュウ。私のものになりなさい」




