六十三話 黒妃
黒妃レナ・シエッロ。
彼女は反則の塊だった。
魔法の詠唱は早く、威力は絶大。
敵に容赦はなく、相手が誰であろうと関係ない。
何よりも反則なのは。
その外見。
革製の黒い服に黒い大きな翼。そんな黒ずくめの全身に対し。
彼女の髪は銀で、その顔は、――フィオに似ていた。
遡ること二時間前。
マリアさんの要請を受け、俺は首都シアットから真北に位置する町、オランドリアに移動を開始した。
案内役の強者と、法術使いを連れて。
強者の名は、ナスターシャ。
普段のメイド服を脱ぎ、今はネクタイの無いバーテンダーのような格好をして馬を操っている。
以前彼女とも手合わせをしたが、俺は負けた。
ナスターシャはかなり武術に精通していて、俺の手加減を見抜き、そこ徹底的についてきた。
手合わせを終えたあと、女性を傷つけたくないという俺の理由を知ったナスターシャは、ぶちギレた。
「それで何を守るつもりだ!? 暴力と武力を履き違えるな!!」
そう言ってもう一度ボコボコにし、レイの法術で無理矢理治療し、再度手合わせをさせられた。
そのお蔭で今は、女性に対しても制圧目的なら、かなり攻撃出来るようになった。
殴ったり蹴ったりは、まだ難しいが……。
そんな強者、ナスターシャを先頭にオランドリアを目指している。
そしてもう一人の仲間、法術使いは、俺の背中に張り付いている。
目を閉じ、落馬の心配ばかりして不安になってる。
レイマリアである。
マリアさん曰く、法術師は絶対必要ということで、レイが選ばれた。
「シュウ様~、もう着きますか~?」
「まだまだだろうな……」
「ふえ~ん。お尻が壊れちゃいますよ~」
……レイは戦闘向きではない。
それでもレイしかいないと、マリアさんは言い切った。
「黒妃の対応において、交渉は何より大事なのよ。ローとリトではおそらく、彼女の逆鱗に触れてしまうわ」ということで。今回の目的はつまり、交渉だ。
黒妃と戦うには、魔術師が圧倒的に足りず、集まるまで数日は掛かるそうだ。
俺たちに下された指令は、黒妃に接触し、その意図を知ること。
その上で可能なら、黒妃に退いてもらうことだった。
決して戦うな。それが何よりの、マリアさんからのオーダーだ。
首都シアットから二時間馬を走らせ、辿り着いたそこは。
何もなかった。
「……ナスターシャ。これはどういうことだ?」
「……遅かったのでしょう」
「本当に、一人でこれを?」
静かに頷くナスターシャを見て、この焼け野はらこそが、目的地なのだと知った。
町は焼かれ、些細な名残しか無かった。
町を囲んでいたであろう、煉瓦の跡と、家を形作っていた柱の跡。骨や死体が分からないのが、せめてもの慰めだった。
「シュウ様。ナスターシャ様。……町の人達は、どこに消えたのですか?」
レイの質問に、俺とナスターシャは顔を合わせ、分からないと伝えた。
焼け野はらのそこかしこには、黒い跡が無数にあった。
俺とナスターシャは分かっていた。住民は誰一人、生きてはいないと。俺たちは、間に合わなかったんだ。
そうして悔やみながらも、生存者を探している俺たちに。
「遅かったわね」
と声がかかった。
その声の主は、空中にいた。
声が聞こえたその方角の上、五メートル程の高さに彼女は浮いている。
一目で分かった。
分かってしまった。
彼女。レナは間違いなく。
――ルナの血縁者だと。
彼女の容姿はフィオに、よく似ていた。
「三大国の一つにしては対応が悪いのではなくて?」
彼女はつまらなそうに、俺たちを見下しながら言う。
ナスターシャから順に、楽しいおもちゃでも探すよう、じっくりと品定めをして。人差し指で唇をポンポン叩きながら、ナスターシャからレイマリア、そして俺へと来て。
レナの表情が一変した。
「あら坊や。久しぶりね」
俺を見るなりレナは、嬉しそうに微笑んだ。
「シュウ! どういうことだ!」
「俺にもさっぱり……」
レナの発言を聞き、俺に向き直ったナスターシャ。
俺が返答した直後、彼女は吹き飛んでいった。
「……私と坊やの会話を邪魔するなんて、品が無いにも程があるわ」
「…………何をした?」
「何って……。ああ、彼女のことね。大丈夫よ。風魔法で吹き飛ばしただけだから」
「……いつ、唱えたんだ?」
「簡単じゃない。貴方が私から目線を外した、直後よ」
背筋が凍った。
そんな俺を見てレナは、楽しそうに笑った。
「安心なさい坊や。私は坊やを殺したりしないわ。――質問に答えられればね」
そう言うとレナは、辺り見回しゆっくりと降りてきた。
下から見上げても分かっていたが、降りてきたことで彼女の妖艶さが際立った。
百七十センチの高身長で、出るところ出ていて女性らしい。立ち居振舞いは高貴さを漂わせ、見た目以上の年齢を思わせる。
レナは三十歳程度にしか見えないが、マリアさんが教えたてくれレナの年齢は七百歳だった。
レナが起こした戦闘の記録だ。間違いはない。
少なくともレナは、七百年以上生きているんだ。
「質問の前に。坊や、名前を教えてくれない?」
走れば届きそうな距離に、レナはいる。
けれど。
俺の足は、動いてくれなかった。
代わりに背後で、誰かが倒れる音がした。
「あ」
腰を抜かしたのだろう。レイマリアは小刻みに震え、動くこともできなさそうだ。
「……お嬢さん、どんな躾をされてきたの? 男性の前でお漏らしなんてしちゃだめよ?」
ため息混じりの笑みを浮かべ、レナはゆっくり歩き出した。
「やめろ」
怯えるレイマリアを見たことで、俺はようやく動けるようになった。
レイマリアを守る。
そのために俺は、レナの前に立ち塞がった。




